12. 妹との再会

【悲報】俺の身体の前の持ち主、壮絶なクズ【四股】。


 一言でまとめればそんな感じ。希望も何もない。


 せっかく勇者様に転生して、苦労一つない悠々自適の余生を送るつもりだったのに。


 魔王討伐の大冒険と並行してパーティの女子3名+姫様を股にかけての大冒険も執り行っていた生粋のろくでなしこと、先代勇者様の尻拭いを、俺はこれから血眼になってやらなければならない。


 ハリウッドのお気軽ラブコメ映画でももうちょっと良識的なストーリーにするだろう。


「どうなさったのですか、勇者様? ずいぶん神妙なお顔でいらっしゃいますが」


 昨日の夜とは打って変わって、再び生真面目で他人行儀な態度に戻ったココが、何事もなかったかのようにそう尋ねた。もちろん(幸いにして)俺は答えることができない。


「全く……これから故郷へ凱旋だというのに、暗い顔をしているようでは困るぞ」


 昨日の夜の甘えた様子から一転して、お堅い剣士の顔になったジゼルもそう言う。

 しかし今更こんな態度に戻られても、昨日のデレデレの表情を見た後では、うまく化けてるなあ、としか思えないから困る。


「ま、故郷なんてのは離れていると恋しいもんだが近づいてくれば面倒なだけのもんだ。気持ちはわかるよ」


 飄々とした女盗賊はククっと笑う。

 実のところ、一番得体が知れないのが彼女、トリスタだった。彼女だけは態度が表裏変わらない。


 常に何もかも見透かしたような様子で、しかも「私は2番目で良いから」などと男の妄想みたいなことを自分から言っていた。


 この身体の前の持ち主とどこまでディープな関係だったのか判然としないが、全てを知った上で言っているのだろうか?


 しかしだとすると「四人中二番目ならいい」ということなのか?

 なんだかこう言うと、意外に上位狙いにも思える。


 俺がついジロジロ見ていると、トリスタは目を細め、それから薄い服の布地を寄せ集めて豊かな胸元を隠した。


「ちょっとちょっと。魔王退治が終わったからって色気に向かうのが早くないかい?」


 彼女がそう言った瞬間、俺たち四人の間にピリッとした空気がほんの刹那、流れた……気がした。気のせいかも知れない。気のせいであってほしい。


 しかし、ココの笑みは引きつった気がしたし、ジゼルの視線は泳いだように思う。

 なんか……転生二日目にして、もう何もかも投げ出してどこかに旅に出たい。


「……あ。ついたみたいですよ。あれが勇者様の故郷、ティモール村ですね」


 少し身を乗り出して地上を指差しながら、ココが言った。まるで無理やり、話を切り替えるように。

 そのまま、俺たちを乗せた大フクロウのネルバは、村の入口へと降下していった。


「イネル! よく生きて帰ってきたね……」


 母……として紹介された年配の女性が、ネルバから降り立つや否や、すぐに俺に駆け寄ってくると、そう言いながら優しく抱きしめてくれた。


 さすがに……胸が痛んだ。

 本当は正直に言いたかった。ごめんなさい、俺は実はあなたの息子ではないんです。


 でも物理的にも言えなかったし(魔力込めて呪文使いすぎたせいでまだ沈黙魔法の効果が切れない)、たとえ口が開いたとしても絶対に言えなかった。


 その後は続々と現れる村の男連中(男友達とか親戚のおじさんとか神父さんとか酒場のマスターとか)が口を揃えて「お前は子供の頃からしっかりした性格で他人とはまるで違っていて、いつか何かをやり遂げると思っていた」的な賞賛を繰り返し、さらに三十歳以下の女性陣(未婚既婚問わず)は男どもとは違うキラキラした眼差しで俺のことを見つめていた。


 しかし、そうした言葉を聞くほどに、俺はますますこの「勇者様」への疑心を強めていった。


 彼らの言葉の通りだとすればおそらく、「こいつ」は子供の頃から内面の邪念を表に出さずに、立派な人間のふりをして過ごしていた、ということだ。

 四股なんて悪行を平気でする奴が、子供時代まともだったとは到底思えない。


 村の人々と共に村のあちこちを回りながら、「勇者様」の過去のご立派エピソードを聞かされるにつれ、次第に俺は、この先代勇者のことが強く気になりだしていた。


 いったい、こいつは何者だったのだろうか?

 今回のこの村への滞在で、少しでもそれがつかめれば助かるのだが。


 そんなことを考えながら村人と歩いていると、不意に目の前に、小さな布人形を大切そうに抱きかかえた、十歳くらいの愛くるしい少女が姿を現した。

 少女はじっと、俺のことを見つめていた。


 そして、言った。


「お帰りなさい、兄様」

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