10. 魔王以上の非常事態
結局、
豪勢な客間、それも見るからに城の中で一番良い部屋に俺は通された。
天蓋付きのベッド。深々とした絨毯。壁にかけられた美しい絵画。
贅の限りを尽くした一室で、俺は所在無く椅子に腰掛けている。
ようやく、今日初めて落ち着ける時間がきた。
考えてみれば、どうかしている日だった。
何しろ気づいたら死んでいて、気づいたら異世界で勇者になっていて、気づいたら魔王を倒していて、気づいたら世界を救っていて、気づいたら偉人として賞賛されながら美しい姫君との婚姻が確定していたのだから。
色々起こり過ぎなぐらいである。
総合的にいえば、前の人生とは比較にならないくらい良い感じだ。
なにせ前世は、楽しいことといえば帰りの満員電車の中で読むウェブ漫画ぐらいで、帰宅後は疲れて眠っているばかりだったのだから。
さらに、こっちの世界で辛いこと……世界各地を回っての大冒険とか、中ボスとの戦闘とか、地味なレベル上げとか、なんかわからんけど多分起こったであろう様々な悲劇とか、そういうのは全部「先代勇者」様が乗り越えてくださっているのだから。
こんな美味しい話はなかなかない。美味しすぎるくらいだ。
うまい話には裏があるとよくいうが、今の所、精神的にしんどい以外は特に問題ないし。
ふと、俺は思い出した。前の世界で、最後にプレイしたRPGの、印象深いセリフだ。
「勇者とは、最後まで決して諦めない者のことです」
その言葉は、仕事で疲れ果てた帰り、どうしても遊びたかったゲームの中に突然現れて、ずっと俺の胸の中に残っていた。
最後まで諦めなければ、俺も勇者になれるのだろうか?
その後、俺は仕事が更に忙しくなり、ゲームなどやっている暇がなくなってしまったのだが。
言葉だけは時折、脳裏をよぎっていた。
なんで俺が勇者に転生したのかは、さっぱりわからないが。
俺はベッドにゴロンと横になりながら、にんまり笑って、ま、なんとかなるだろ、と珍しく楽観的な考えに満たされていた。
コンコンというノックの音で俺は目覚めた。どうやらうたた寝していたようだった。
ドアが静かに開いて入ってきたのは、女剣士・ジゼルだった。ひどく控えめな表情でこちらを見つめている。
「……寝てたか?」
彼女にそう聞かれ、俺は頷く。
すると彼女は、音を立てないようにドアを閉めてから、こちらに近づいてきた。
先程までのお堅い調子とは打って変わって、口元には微笑すら浮かべている。
服装も、ビキニアーマーはもちろん着替えていて、室内用のおそらくは城の召使いに用意してもらった軽装だった。
こういう服を着ていると(バキバキの腹筋が見えないと)、ちゃんと年頃の女の子なのだとよくわかる。
「全く、危ないところだったな……勢いで姫との婚姻を進められてしまうところだった。お前の口が利けないのを良いことに、何でもかんでも押し付けてしまおうとしているんじゃないか? あの大臣。お前も呪いは災難だったが、困ることはきちんと伝えねばならんぞ」
ジゼルはそう言いながら、ベッドの端に座っていた俺の隣に腰を下ろした。
しかも、やけに距離が近い。具体的には五センチくらいしか間が空いていない。相手の息も感じられるくらいだ。
なんだ? この距離感。
ジゼルは俺をちらりと横目で見ると、クスリと笑って言った。
「はっきり言ってしまった方がいいのではないか? 私たちが結婚することを」
……は?
?????
頭の中には疑問符が林立していた。
結婚?
沈黙の魔法がかかっていてよかった。そうでなければ「は?」と口に出していただろう。
何言うとんねん、と突っ込んでいたかもしれない。
結婚? 俺は姫様と結婚するんじゃなかったの?
冗談なのか。もしかしたらこの世界では腕相撲のことを「ケッコン」と呼んでいるのだろうか。それなら特に問題はないのだが。
しかし、目の前でほのかに頬を染めて嬉しそうな表情を浮かべているジゼルを見る限り、そんなすれ違いコントのような真実はなさそうだった。
「姫にもいずれ話すのだろう? 早くしないと、期待を抱かせ過ぎた後では気の毒だからな。呪いが解け次第、急いで話した方が良いぞ。実際、私たちが交際していることを皆に隠し通していたのも悪かったわけだし」
隠してた?
「しかし、ココやトリスタにも隠し通せたのは
いやいやいやいや。え? じゃあ誰も、この真実を知らないわけ?
話しているジゼルは、今まで見たことがないほど嬉しそうな顔をしていた。
精一杯好意的に解釈すれば、先代勇者殿は周囲の勧めを断りきれず、姫との結婚の予定を進められてしまっていたが、実際にはジゼルと愛を育んでいて、やっベーないつほんとのこと話そう、状態だったってこと?
そういうことも絶対ないとは言わないし、確かに王様からあの迫力で「姫との婚姻を!」とか迫られてたとしたら断るに断れなくても無理ないという気もするが。
だが、実際宴席で真横に座って姫と視線を交わしていた俺にはわかる。
あの時の姫の表情は、すでに恋愛関係にある人間のそれだった。
単に親のパワープッシュに負けて結婚の約束をした女の子ではなく、ちゃんとお互いの気持ちを確かめ合った後の女性の顔……だったと思う。
無論俺自身も前世で女性とそんな深い関係になったことは残念ながらないので確証はないが、それにしたって本気の気持ちがこもっている表情かどうかくらいは判断つく。
ということは、つまり。
この身体の元持ち主である先代勇者様は。
ジゼルとフィオナ姫と二股をかけていた、という事になる。
……クズじゃねえか。
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