9. ハッピー極まりない転生ライフ

 ……やっぱりそうだったか。


 俺は気づかれないよう、ゴクリと生唾を飲み込んだ。棚からぼたもちとはまさにこのことである。勇者に不可欠の当然のイベント。


 お姫様とのご婚姻。

 大臣殿は話を続ける。


「お約束では魔王との戦からお戻りになられ次第、婚約の儀を執り行うというお話でしたが……」


「うむ! それが良かろう! ようやく手に入れた安息の時間じゃ。姫も待ちわびておる! のう、フィオナ?」


 髭面の王が馬鹿でかい声でそう言い、ガハハハハと笑った。この人はヴァイキングか何かなのか。


 姫を見ると、控えめな性格の姫はカーッと顔を赤らめ、ちらりと俺を見た。そして耳まで赤くなるや、席から立ち上がり、そのまま小走りにどこかへ去って行ってしまった。


 いやあ、参ってしまう。そう、俺は「冒険を終えたばかりの勇者様」なのだ。

 なんて素晴らしい響き。


 はっきり言うが、この世で一番理想的なポジションと言っても過言ではないのではなかろうか。


 ゲームをプレイしていてもいつも感じていた。ラスボスをなんとかかんとか撃破した後。勇者に与えられるのはもう、ご褒美オンリー。なんとか、ここだけ味わえないものか、と。


 世界中の人から感謝され、仲間たちは勇者のことを誇りに思い、フィールドを歩いていても余計な戦闘をする必要もなく、そして、何よりお姫様との結婚式が控えている。半端ない満足感。


 何がありがたいって、今回の俺の場合、ここにたどり着くまでの大冒険での艱難辛苦は、全てこの身体を所有されていた先代勇者様が全部やり遂げてくださっている、ということだ。「棚からぼたもち」どころか、「棚から悠々自適の余生」というものすごい状況。


 言ってみれば、畑を耕し種を植え、水と肥料をやって日々、虫がつくたび手入れしてやるような作業は全部他人がやってくれて、俺は収穫して美味しくお野菜をいただけばいいだけ、という状況に近い。ハッピー極まりない話である。


 まあ……なんで先代の耕作主は、そこまで育て上げた畑を放棄したのか、という根本的な疑問は残るが。


 まあ、それはそれ。

 前世でそれなりに不幸な生活を送っていたからか、こんなありがたい身体に転生できたのだ。これからは愉快に幸せに暮らしていきたい。


「陛下……一つよろしいでしょうか」


 俺が幸福な妄想に浸っていると、ジゼルがわざわざ挙手して発言した。


「うむ。勇敢なる女騎士よ。どうした」


「僭越ながら申し上げます。姫様とのご婚姻、確かに大切ではございますが……今すぐにというのは難しいかと」


「む!」


 王は不機嫌そうに眉をひそめる。俺だって同じ気持ちだ。なぜ水をさす。

 だが、流石にジゼルも歴戦の戦士だけあって、一向にひるむ様子はない。まっすぐな目をしてこんなことを語る。


「まだ勇者殿は戦から戻られたばかり。お疲れの上、先ほど申し上げた魔王の最後の呪いがその身体に残っておられます。治られてからの方が何かと具合もよろしゅうございます。それに、まずは一度、故郷の村に戻らねばならぬでしょう。母上殿が心配しておられます」


 う。

 立て板に水、といった調子でジゼルは述べた後、なぜか意味深な表情で俺の方を見つめてきたが、それはともかく。母親のことを言われてしまっては王様も強く否、とは言えないだろう。


 というか。

 言われてみれば当たり前だが、この世界にも「家族」はいるのだ。

 どんな人なのか全然知らないけれど。

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