27.電脳世界〈会議は踊る、されど進まず〉22時〜
煌びやかな会議室は、円卓のようになっていた。しかしその円は真ん中で二つに分かれていた。私は、それを民主主義の批判なのかと解釈した。あるいは意味なんてないのかもしれない。そういうデザインと言われても、別に不思議じゃない。
会議は至って退屈な内容だった。私の人生の方がよっぽど波乱に満ちている。いや、そもそも私の人生は最近波乱に次ぐ波乱ではないか。
皆が順番に、自分が仕入れた情報を発表していった。しかし、そのほとんどは噂程度のもので信憑性は皆無だったし、憶測の域を出なかった。奇抜な意見もあったが、それは少々奇抜すぎた。
会議中、終始時間が死に絶えていく感覚が頭の中から離れなかった。時間が死にゆく中で、私はそれに意味を見出そうと努力をした。時間を犠牲にしてまでここに身を置く意味を。
私は〈ユダ〉に援助を行った者を特定しなければならない。しかし、それはとても難しい仕事になりそうだった。正直徒労で終わる可能性が高いような気がした。試す価値はもちろんあるが、結果的に何も得ることができなければ、それは時間の無駄に他ならない。時間は有限であり、簡単にそこなわれるものだ。だからこそ、私たちはそれを慈しみながら生きなければならないのだ。
しかし、今私がやっていることは時間の無駄な殺戮に他ならなかった。有益な情報など得られないのに、時間だけは無くなっていく一方だった。まるで人生だ。有益なものは得られないのに、時間だけは過ぎ去っていくのが人生というものである。
次が私の番だった。情報を集められなかった者は、その旨を正直に伝えていたし、むしろそういう人の方が多かった印象だった。なので、私もそれに倣ってそうすることにした。
情報を集められない人の方が多いほどなのに定期的にこういったことをするというのは、素晴らしい発見があるからなのだろうと予想した。しかし、少なくとも今日の雰囲気からは、そのような空気を感じなかった。
私の番になった。私は適当に意見を述べた。私が発言して初めて私という存在に気づいたのか、数人が目を大きくした。ギョッ、という効果音が聞こえるかのようだった。
私が発言をしても、会議はまだ終わらなかった。大抵は同じことの繰り返しで、なんだかシャトルランをしているような気分になった。時には会議の本質と別のところで議論が巻き起こり、その度に会議は停滞した。まるでウィーン会議の風刺画みたいだ、と私は思った。会議は踊る、されど進まず。
始まったのは22時過ぎくらいだったが、結局その日の会議が終わったのは午前の1時だった。「タイタニック」を見たってこんなには時間がかかりはしない。
皆が帰っていく中私は、少しオフィスを見学して回ってもいいでしょうか、とリーダーらしき人物に尋ねた。彼は「構わない」と言った。
私はこのオフィスの中枢と思われる、最上階の部屋に行った。そこには鍵がかかっていてが、私の前ではそんなものは無力である。入り口が存在する限り、どんなセキュリティを張っても開けることは可能だ、というのが私の持論だ。
私は監視カメラにアクセスして、何も起こらない風景の映像を差し込んだ。これでとりあえず1時間はここで作業しても、足跡は残らない。
私はそこでモニターを開き、〈ユダ〉の管理するファイルを開いた。そこにはログ改竄のプログラムを付与することができるものがあるはずだ。
案の定、それはあった。しかし、それはただあるだけだった。こちらから送信先はわからなかった。私は逆探知をしようと試みたが、それは敵わなかった。それはあまりにも厳重にロックされていた。まるで道など無いのだ、と告げるようだった。最初からそこに存在するかのように。
送信などしていなく、内部からここに入れた?それなら、あるいは説明がつくのかもしれない。しかし、彼らは「与えられた」と表現した。そこには、外部からという意味が含まれているのではないのか?
やつらは私でもできないような芸当を可能とする人物(あるいは組織)だ。そのくらいのことはもしかしたらできるのかもしれない。しかし、それはとてつもなく難しいことなように私は思えた。
私はあまりにも厳重にロックされていた、て表現したが、厳密に言えばそれは違った。そこには、そもそもドアがなかった。私だって、誰にも入られないような鍵をかけることはできなくはない。しかし、ドアを無くすことは不可能だ。部屋が存在する以上、ドアは必ずある。ドア無き部屋はないし、部屋無きドアはないのだ。
しかし、現実としてそこにドアはなかった。それは、この世界のシステムにそもそも存在するものだ、と言っているようなものだった。私にはこれをどうやって解釈していいかわからなかった。
頭がクラクラした。まるで、テキーラをショットグラスで飲んだ時みたいに。あるいは、予測してなかった恋に落ちたみたいに。
さて、どうしたものかしら。私は、心の中でそう呟いた。茨の道を進む覚悟ならあったが、まさか茨の道すら存在しないとは思わなかった。それはまるで、真っ白の壁に囲まれた無機質な部屋にいるようだった。目に見えない白い壁(あるいはそのように見える光)が私たちを囲み、現実と虚構の境目を曖昧にしているような、そんな感覚だった。
この世界にあっては、あるべきものが無く、本来ないものがあるのだ。部屋にはドアが無く、ドア無き部屋という有り得ないものが存在している。嘘とは真実であり、真実とは嘘なのだ。
ありきたりの表現をするならコインの裏表だ、と思った。すぐにクルクルと面を変える。背中合わせの、という意味では無く。
あるいは、と私は考える。あるいはこちらが表なのかもしれない。普通の世界の現象が表であるなんて、一体誰が決めたのだろう?
しかしまぁ、表だろうが裏だろうが、生だろうが死だろうが、右だろうが左だろうがどうでもいいのだ。とにかく、ドアがないという事実が重要だ。
この事実をどう彼に報告すべきか。しかし、ありのままの旨を伝えるしかあるまい、と私は思った。ドアのない部屋をどう開けるかは、二人で考えよう。私はそう思って、〈ユダ〉のオフィスを出た。
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