24.電脳世界〈僕は変わらずにいられるだろうか?〉21時〜
「それで」とディックは言った。「話ってのは何?」
僕とディックは、ホテルの一室でお互いに向き合って座っていた。男同士でホテルに泊まるというのは何かしら人に怪しまれるものがある。それが例え電脳世界にあっても。
しかし、僕は今日彼とそういうことをしに来たわけではない。
「僕の仕事の話だ。僕が警察だってことは知っているよね?実は、僕は今警察の中で、電脳世界について捜査しているんだ」
「へえ」と彼が言った。
それから僕は、ある程度の経緯を話した。彼はそれを、真面目な顔で聞いていた。
「捜査にあたって、知りたいことがあるけど、それについて知る手立てがないんだ。だから、君にそれを知らないかどうか聞きにきた。というのも、僕は今回上の人間に武器を与えられた。それも、AKなどの元々共産主義国の中で出回ったやつだ。そんな武器をこの国が持っているのはおかしい。国ではない何かがその武器を流したとしか思えない。その武器を流した人物が、今回の件に密接に関わっているんじゃないかと僕は思っている」
彼はそれを聞き終えて、少しため息をついた。そして、頭の中で聞いたことを咀嚼するように、目を瞑った。それは、頭の中でどんな定積分も計算してしまう高校の同級生を思い出させた。遠い記憶の話だ。
「俺も電脳世界について捜査しているんだ」と彼が言った。
「君も?」僕は驚いてそう言った。
電脳世界についての捜査は全国的に展開されている。なので、知り合った警察が電脳世界を担当していた...というのは珍しい話ではない。しかし、よりによって彼がそうであるなんて誰が思うだろう? 何かの因果がそうさせたのだ、きっと。
「うん、だから俺も武器を与えられた。それが共産主義国で出回った武器だったことにも気付いたし、ならばその武器を警察に売ったのは誰だろうと思ってはいた」
「つまり、君も同じように疑問を抱いていた」
「そういうことになる」
「だから」と彼が言った。「俺も実は何もわかっていない状態なんだ。情けないことだけどね」
しかし、それでは事態が進展しない。
「何かわかったら僕に教えて欲しい」
僕がそう言うと、彼は黙って頷いた。どうやら、彼もそれなりにその謎について思案を重ねていたらしかった。彼の目は、その先に広がる深淵を覗くように虚空を見ていた。あるいは、そこに何かがあるのかもしれない。僕はそういう風に思った。
「物事に暴力的な影が作用してきた。これじゃあまるでハードボイルドの小説だ」
彼はやれやれ、とでも言うようにそう言った。確かに、僕はもう既に数々の危機を暴力で解決していた。
「アーネスト・ヘミングウェイのように?」と僕は尋ねた。
「あるいは」と彼が言った。
「でも、彼の著書には所々戦争がテーマになっている。俺に言わせれば戦争ってのはハードボイルドじゃないと思うんだ。何故なら戦争は暴力そのものだからね。物語に暴力的なものを作用させるのがハードボイルドであって、暴力そのものはハードボイルドじゃない。言いたいことはわかるかな」
「わかると思う」と僕は言った。
ならば僕の今の状況はハードボイルドと言えるだろうか? 彼から見れば、今の状況は後天的に暴力性が与えられたものなのだろう。しかし、僕の場合はそもそもユーザー狩りという暴力が巡り巡って今に至っているのだ。そこには、明確な違いがある。
僕は今、警察として自分を追うようなことをしている。しかし、それはいずれ来る警察との対決を意識した行動に過ぎない。少なくとも僕は、そう思っている。警察としての僕に正義感が備わっているかどうかは、自分でもわからない。全て記憶の歪みがそういったことを吸い取って、僕というものをわからなくさせてしまうのだ。
僕が警察という職業を暴力のためにこなしているのなら、それは先天的な暴力と呼ばれるべきものだ。
そのように考えていると、彼は時計を見て言った。
「今後の仕事の方針をまとめたいんだ。今日はもう戻るよ。何かわかったら連絡する」
「ありがとう、恩に着るよ」
「俺たちの中にそんな感謝の言葉はいらないよ、そうだろう?」
彼はそう言って、部屋を出た。
やるべきことはやった。それがどのように結果に結びつくかどうかは別にして。
彼女は今何しているだろう? おそらく、彼女なりに活動をしているはずだ。危険なことはしていないだろうか? おそらくしているのだろう、と僕は思う。しかし、それをやらせたのはきっと僕なのだ。彼女が望んだにせよ、望んでいなかったにせよ。
ハードボイルド的な世界にあっても、僕という人間は変わらずにいられるだろうか?いや、変わらずにいるしかないのだ、と僕は考える。
僕も彼を追うように、部屋を出てやがてログアウトした。
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