23.電脳世界〈私は変わらずにいられるだろうか?〉21時〜

 心を亡くすと書いて忙しいと読む。それは言い過ぎだと思うが、多忙は明らかに私を蝕んでいた。もちろん、それは私が望んでいたことでもあった。警察の事務は明らかに私の能力に見合った仕事ではないし、こういった自分の能力が試せる場が欲しかった。

 しかし、今私は仕事を抱えすぎている。〈ユダ〉への侵入。彼の同僚の捜索。そして、これは終えたことだが経産省へのサイバー攻撃。

 私は今〈ユダ〉から情報を得ようとしているわけだが、一方彼の銃と同じ周波を探すプログラムを作らなければいけない。

〈ユダ〉から情報を得るというのはおそらく無理だろう、と私は思った。正確にいうのなら、有益な情報を、という意味だが。おそらく、彼らが集まる程度の情報は彼が自然に知ることのできるくらいの情報なのではないか、と私は思っていた。

 なら、何故私はそう思いながらもここに身を置いているか。それは、彼らに資金と技術を援助した者と、警察に武器を流した者は同一人物であるという可能性が高いと思ったからだ。もちろん、この考えは彼に話していない。私がそう言えば、彼は私が〈ユダ〉に侵入することをやめさせるんじゃないか、と考えたからだ。

 なので、私はここである程度情報を盗みつつ、資金と技術の提供者を捜す。そいつを発見すれば、私たちの見えないところで動く影を捉えることができる。見えない敵は殺せないが、見える敵であるならば、それがなんであれ殺す手立てはあるはずだ。

 今、ようやくその影の輪郭が見え始めた。いや、輪郭があるということがわかった、ということに過ぎないのかもしれない。それはあまりに存在があやふやすぎるのだ。まるで、度が強すぎる眼鏡をかけて人の顔を見た時のように、その存在はぼやけて見えた。

 しかし、存在するということを確信できたのは良い兆しに違いない。今までは漠然とした不安に駆られていたに過ぎなかったのだ。

〈ユダ〉の定期的な会合は明日だ。明日おそらく集めた情報を提供し合うのだろう。〈ユダ〉のアジトに入り、情報を盗みつつそこから影の正体を探ることができるのは明日ということだ。私はまだ入ったばかりなので情報を集めることができていない、とその場では言えばいい。つまり、彼の同僚捜索を進めるのなら今日だ。

 ある程度プログラムは出来てはいた。しかし、その作業を進めるにあたって、一つの疑問に当たった。

 それは、これをどうやって後天的に彼に対して付与したのか、ということだ。その銃は、ほとんど彼の身体を構成するプログラムの延長線として存在していた。そのような状態になった銃を後天的に付与する方法が私にはどうしてもわからない。接木のような要領なのだろうか、と私は考えた。彼の身体の一部を切り外し、そこに銃を付与させた身体を付けるようなイメージだろうか?

 しかし、それを行っているのはユートピアというある種の世界を作っている人間達だ。私個人では想像つかないことも、あるいはできるのかもしれない。

 ユートピアはもはや、フルダイブ型のSNSという当初のキャッチコピーを超えて、一つの世界としてそこに君臨している。世界の創造主...と言うと大袈裟なように思えるかもしれないが、現にユートピアの土台を開発したハリスンという男はそういう存在として崇められているのである。そうして、彼は莫大な金を手に入れたわけだが、それだけ金を貰ったら人生に張り合いなんてあるのだろうか? おそらく無いだろうな、と私は考える。きっと金だって適度に存在する方がいいのだろう。

 私は作業をしながら、そのようなことを考えていた。作業はわりに単調だったので、余計なことを考えながらでも出来た。思えば、私は何か一つの物事に集中するというのが苦手だったような気がする。大学受験の時も、私は必ずラジオを聴いていた。

 ラジオという文化は時の洗礼にも削り取られず、未だ残っていた。きっと、映像無しに音声だけで放送する媒体が人の心に求められることもあるのだろう、と私は思った。

 小説だってそうだ。電子書籍というのが現れても尚、紙の小説は主流であり続けた。人々が営んできた娯楽は、かつての姿のまま今の時代に存在している。

 ならば、私という人間は変わらずにいられるだろうか? 形を変えず、心を変えず、愛するものを変えず。

 作業は思ったより捗った。少なくとも、湧き出る疑問について考えなければ、明後日にでもとりあえずの形としては完成しそうだ。これを使って彼の同僚を見つけることができれば、事態は良い方向へと進んでいくはずだ。もしかしたら、疑問もなんらかの形でアンサーが見つかるかもしれない。

 影の輪郭を捉え、彼の同僚を捕捉する術が手に入る目前まで行った。事態は確実に光の方向へと進んでいるのだ。

 彼は今何しているだろうか? おそらく、彼なりに活動を続けているはずだ。危険なことはしていないだろうか? いや、無駄な心配はよそう。彼は私が協力する前から、一人で暗殺稼業を引き受けていたのだから。

 私はモニターとキーボードを非表示にして、それからベッドに身を投げた。ベッドに私の体が沈んでく。まるで、ベッドに私が吸収されているみたいに。それはとても心地よい感覚だった。

 しかし、それも五感を操られているに過ぎない。この世界にあっては、何が本当で何が嘘か分からなくなる。私が私であるということ以外に、本当だと言い切れることなどこの世界にあるのだろうか?

「我思う故に我あり」

 私はそう呟いて、それからログアウトした。

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