21.電脳世界〈賽は投げられた〉23時〜

 今頃彼女は何をしているだろうか、と僕は考えた。〈ユダ〉で上手く情報収集はできているだろうか。もしかしたら、今日は彼女はログインをしていないかもしれないが。

 彼女が活動をしている間、僕は僕でしなくてはならないことがある。僕は資本主義を共産主義から守ることについて考えなくてはならない。もちろん、僕の推理が当たっていればという話にすぎないのだが。

 考えすぎなような気もしていた。しかし、この一連の流れの裏には何か強大な影が蠢いていることは、確固たるものなように思えた。少なくとも、それに関しては確定した事実として扱っていいだろう。

 武器の輸出源、というよりは、輸入をしてそれを警察に流した人物の特定をしなくてはいけない。そして、その人物こそが〈ユダ〉に援助を行なっている可能性がある。それは技術提供と資金という形で、だ。

 その武器を流した人物を特定できれば、全ての暗躍者が明るみに出る、というのが僕の結論となった。しかし、その後はどうすればいいのだろう。僕にはわからない。

 その人物は、(僕の推理では)資本主義から共産主義への変遷を狙う過程で、僕たちの存在を消そうとしている。僕たち〈ブレード・ガンナー〉は彼らとユートピアを繋げる〈ユダ〉を排除する立場だ。僕はどう考えても彼らにとって都合の悪い人間なのだ。だから武器を警察に流して、捜査にはっぱをかけたのだ。

 僕は国のために彼らと戦おうとなんて全く思えないが、少なくとも自分の身が危ないとなれば別だ。彼らと戦うことは、とりあえず僕の中の功利主義には反していないはずだ。

 彼らは僕を直接襲うようなことはないだろうか。多分ないだろう、と僕は考えた。彼らには僕を倒す手立てがない。〈ユダ〉が僕らの情報を集めているというのは大方、自衛の為と警察にその情報を流す為だろう。ならばとりあえず直接僕を害する恐れがあるのは、警察だ。警察に気をつけながら行動すればいい。

 僕は近いうちに、〈ユダ〉を殲滅せねばならないかもしれない。彼らが嗅ぎ回って得た情報は警察に流れ、少なからず僕に害をもたらすはずだ。それが例え、〈ブレード・ガンナー〉に関する真実を暴くという、僕の最終的な目標に近づくことができたとしてもだ。

 来るべき警察との対決の為には、真実は必要かもしれない。しかし、その真実を手にする為に警察が僕に近づくというのは、本末転倒だ。僕は自分なりの行動の末に、真実を掴み取らなくてはいけない。

 しかし、その為にどうすべきかがわからない。僕には、その武器を警察に流した人物に全く心当たりがない。〈ユダ〉は彼女が調べているので、〈ユダ〉の人物から何か聞くのも無理だ。

 そうなると、僕には道がないことになる。まるで、そこには石でできた壁があり、僕が通るのを拒んでいるようだった。いや、石なんかよりもっと強固なものかもしれない。

 僕は茨の道を進むのも悪くないような気はしていた。現に、僕はそうやって生きてきたのではないか、と思う。違うだろうか? しかし、状況が状況なので、僕には冒険している暇がないこともまた、事実だった。道を作る時間はない。もちろん、そこに道ができるのを待つ時間も。

 もしかしたら、と僕は思う。もしかしたら、ディックなら知っているかもしれない。彼は警察だし、そっち方面の情報は入っているかもしれない。電脳世界について捜査している可能性だって、ある。大いに。

 それについて僕が尋ねることは彼にどのような印象を与えるだろう。もしかしたら、僕が〈ブレード・ガンナー〉であることに気づくかもしれない。何しろ彼はとても賢いのだ。

 しかし、手段を選んでいる余裕など僕には無いのかもしれない。彼が僕にどういった印象を抱くかどうかは、とりあえず置いておくべきだ。

 得るものと、失うものを比べるのだ。僕が得る(可能性がある)のは、情報だ。その情報とはやがて僕の身を守るものとなるかもしれない。失うもの...僕は? 失うものなどあるのだろうか? 僕はもうあらゆるものを失ったのだ。それに、今回の件でディックが僕という人間を見限るという可能性は限りなく低いような気がする。彼は僕の境遇を理解した上で、協力してくれるかもしれない。警察という立場であっても、僕に手を貸すかもしれない。漠然と、そう考えた。

 しかし、僕としては彼を巻き込みたくは無かった。僕が彼に情報提供を促せば、少なからず彼は今回の件に足を突っ込むことになる。深淵は彼を飲み込むかもしれない。その上で、僕が彼をこちら側に誘うことなどできるだろうか?

 だが、できるかどうかで判断できる期間はとうに過ぎていた。のだ。僕は決めなくてはならない。現にもう彼女を巻き込んでいる。これが僕の個人的な問題にとどまらず、この国を脅かすものかもしれないということを考慮したとしても、僕に彼女を巻き込む権利などあるわけがなかった。

 しかし、と僕は思う。現実として僕は彼女の力を借りた。今も借りている。これからもっと借りることになるはずだ。事態は刻一刻と、僕、あるいは僕たち〈ブレード・ガンナー〉という狭い範囲から拡大している。それは、やがて国を覆うものになるかもしれない。

 少し先の未来で力を借りるか、今借りるかの違いだ。そこに大した差はない。それは赤か青、黒か白、善か悪、などの二元論的な問題ではない。未来とは過去の集積だ。そして、現在だって過去の集積に過ぎない。過去にとって現在とは未来だからだ。ならば、未来と現在の何が違うと言うのだろう? 時間とは一本の細い線なわけではない。時間とは形がなく、常に進み続ける。そういう意味では、現在について知覚した時にはその現在はもう未来へと変わり果てている。現在と未来にのだ。

 僕はひとしきり、彼に力を借りる言い訳を頭に並べていた。僕が考えをまとめはじめて、もう40分も経っていた。明日だって仕事なのだ、こんな時間まで活動しているべきではない。

 僕はディックの連絡先を開き、「明日会って話がしたい」というメッセージを送信した。

 あとの事は明日の僕に任せよう、と思った。未来が現在の集積なら、未来の僕の方が幾分上手くやってくれるはすである。多分。

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