19.電脳世界〈革命の夜明け?〉22時〜

 淡い照明の光が、僕と彼女を照らしていた。

「それで、〈ユダ〉へは潜入できたの?」

 彼女は「もちろん」と言った。しかし、そこには普段の自信のようなものは見受けられなかった。なんだか、暗い影が落ちていて、陰鬱な感じがしていた。

「何か問題があったんだね?」

 僕も何も起こらずに済むとは思ってはいなかったので、そこまで動揺はしていなかった。

「そう、問題がね」と彼女が言った。

「その問題ってのは?」

 僕がそう尋ねると、彼女は深呼吸をした。それは、簡単に説明のつく話でないということを意味しているようだった。

「問題ってのはね、やつらはってことよ。いや、異常よ。はっきり言ってね。私が彼らにログの改竄をできることを示したら、彼らもそれが可能としていたの。〈誰か〉からその能力を与えられた、というのが彼らの言い分だった。でも、彼らのアジトの奥に入って話を聞いてみると、どうやら誰から与えられたのかどうかわかっていないらしいのよ。そんなのってありえる?ログの改竄なんて私以外にできる人がいるなんて聞いたこともないのに、それを可能とする人が他にいて、さらにそれを他の人に付与できるなんて。考えられないわよ、正直。私にはそんなこと無理よ。このプログラムを人に付与できるように単純化させるなんて、並大抵の能力じゃないわよ」

 並大抵じゃない能力。僕は心の中で復唱した。僕が発する「並大抵じゃない能力」と、彼女が発する「並大抵じゃない能力」は、全く違う意味で捉えられるような気がした。彼女の言葉には、冬眠を邪魔されたグリズリーのような脅威を感じた。それはとても大きく、冬眠を邪魔されたことに怒りを抱いている...そんなイメージだ。

「それは一体誰なんだろう?」

「さぁ?」と彼女は言った。「ただ、国際的にテロ活動でもしてる人間かもね。例えば、この国にサイバーテロを仕掛けようとしていて、〈ユダ〉を利用しようとしているとかね。一応ユートピアは民間企業だけれど、もはや公営化が進んでいるもの。この国を壊すなら、ユートピアに目をつけるのは悪くない考えだと思う」

「つまり、〈ユダ〉の背後には個人ではなく、何かしらの組織が動いていると感じている。それらは国際的なテロリストの可能性がある。かつての日本赤軍のようにね。そして、その集団は〈ユダ〉を介してこの国をひっくり返そうとしているかもしれない。そうだね?」

「まさに」と彼女が言った。

 僕は頭の中で、それを整理した。テロリスト? 国をひっくり返す? 馬鹿馬鹿しい。

 しかし、それが可能性として捨てがたいことも、僕は理解していた。それは大いに可能性としてある。元々この世界はどうにも胡散臭い。何かがおかしい。時間の流れ方やその重さ、起こる現象、その全てがまやかしのようだった。この信じがたい影は一体何だろう?

「それに」と彼女は言った。「新メンバーとして歓迎を受けた時に、オフィスにも入ったけど、そこにはとてつもなく高価な飾り物とかがたくさんあった。私は最初そのような組織だから、形だけの会議室とか以外には金をかけていないと思ったの。でも、彼らのオフィスは全てに金がかけられていた。あれだけ金をかけていれば、普通の会社以上の見てくれだし、一流企業なのだと思われるでしょうね。現にゲームを売り出して、そこそこの利益を得ていると世間では知られているし。つまり、あそこまで金をかけて彼らはその地位を確立させ、より活動をしやすいものとしているらしいの」

「つまり、資金も十分かそれ以上にある、ということだね?」

「そういうこと」と彼女が言った。

 国際的なテロリストなら、そこまでの資金を得られるのだろうか。資金、僕はその言葉を頭の中で何度も咀嚼した。

 もしかして、警察にAKなどを流したのは彼らなのではないか。テロリストは世界革命論を望む残党だった。彼らは旧ソ連の武器を大量にまだ持っていて、それを日本の警察に売りつけ、僕ら〈ブレード・ガンナー〉の捜査に火をつけるのと同時に、武器商人としての利益をも得た。その資金で〈ユダ〉を援助し、革命を実現させる。ユートピアを壊し、この国を壊す。そしてそこを狙い彼らはさらにこの国に実際的な働きかけをし、共産主義に傾けさせる。それを皮切りに、世界は資本主義から共産主義へと移り変わる。

 話が繋がった、と僕は思った。僕らはそれを阻止すべく、違法ユーザー狩りの活動をしなくてはいけないが、同時に警察はその僕たちを追い詰める。彼は武器を持っている、もちろん現実の僕も。全てはテロリスト達の思うがままなのではないか。

「ねぇ、大丈夫?何か思い詰めているように見えるけれど」

 彼女が押し黙っている僕を、心配そうに見つめていた。僕はかれこれ5分は考え込んでいたようだった。

「あぁ、いや、大丈夫」

 僕は自分の考えを彼女に話すべきか迷った。彼女が乗り込むのは、その〈ユダ〉だ。しかし、それを話せば彼女はより危険な方向へと進んでいくことは目に見えていた。

 僕はそれをとりあえずは話さないことにした。どちらにせよ、彼女が〈ユダ〉に潜入し情報を得ている間は、僕は彼女と離れる。その間に、僕はそれについて考えをまとめよう。そうだ、そうすべきだ。

 彼女も〈ユダ〉に身を置くことで、遠からずそういったことに気がつくかもしれない。もちろん、僕の推測が正しければの話だ。僕としては、考えすぎであって欲しいが。

「ところで、今日は〈ユダ〉に顔を出さなくて大丈夫なの?」

「それは大丈夫よ。基本的にあそこには幹部しかいない。下っ端は割と各地に散らばって活動を行っているらしい。例えば、それこその情報を集めることとか、仲間を集めることとかね。最近は、この世界における武器を作る方法を探っているらしい。あなたの持つ銃のようなね」

「成る程。でも、できれば君はオフィスに入ることで、情報を得て欲しいんだけど」

「それは任せてよ、時々入る機会はあるから。定期的に会合が行われるのよ。その際に情報を書き出すし、あわよくばハッキングしてデータごと盗み取っちゃうから」

 彼女ならやり遂げてくれるだろう、と僕は考えた。彼女はあらゆる方面に対して才能を持ち合わせていた。おそらく、殺人の才能も。誰の目にも留まらずに情報を盗み取るくらい、彼女にとっては赤子の手をひねるようなものなのだ。

 しかし、僕は彼女の才能がそういった方面で活躍することに、少なからず後ろめたさがあった。

「僕は君を信頼してる。そして、申し訳なくも思っている。君の力は本来正義に使われるべきだった。僕がその芽を摘んだんだ。ごめん」

 僕は本心を告げた。その本心は言葉にすることによって、より強固なものとなった。僕は彼女を巻き込んで、一体何をしているのだろう? 世界平和? 資本主義の防衛? 法の外に逃げる人間の処罰? いずれもなんだかしっくりこなかった。

 わかることは、僕が彼女に生かされているということくらいだった。仕事として、人として。

 僕は何回彼女に感謝し、申し訳なく思えばいいのだろう? 一生だ。と神が告げる。ええ、その通りです。

 神は死んだ、とかつてニーチェは言った。しかし、神とは人の細部に宿るものだ。もちろん僕は神学なんて学んだことはない。適当だ。神に頼りたいことくらい、僕にもある。僕の周りにテロリストがうろついているかもしれないのだ。神に頼りたいと考えて、誰が文句を言うだろうか?

 溜息が出た。今まで生きてきた中で1番重厚な溜息だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る