15.電脳世界〈ユダ〉21時〜

 机に置かれた銃は、なんだか憂いを帯びているように見えた。無駄な殺生をした銃は、それについて悲しんでいるように見えた。

「銃を撃てるのは、僕だけ」

 僕は確認するように、言った。彼女はその銃を持ち上げて、その意味を吟味するように眺め、やがて置いた。

 僕だけが撃てる。それが意味することとはなんだろう?

「セーフティ機能」

 彼女が僕の心を読むように言った。

 セーフティ機能、と僕は心でもう一度唱えた。しかし、その言葉は僕の中で異国の言葉のように響いた。セーフティ機能?

 それは何かが違う。何か根拠があるわけではない。ただの直感だ。しかし、直感というのはただの勘と違うことを僕は知っている。直感とは、現在と未来をつなぐ一本の紐の、微かな揺れを感じ取ることだ。直感が働く時、必ず先では何かが動いているのだ。

 刑事の勘、女の勘があるならば、僕の場合は殺人者のだ。自分の危機に関する直感というのは、僕の中で培われたものの一つだ。

 その直感を信じるとして、僕が取るべき行動とは何か。僕にはそれがわからなかった。これまで積極的に自分の仕事について謎を暴こうとしてこなかった罰なのかもしれない、と僕は思った。もし普段から自分の仕事に疑問を抱き、その謎を暴こうと努力していたなら、こんなことにはならなかったかもしれない。

 僕は今、彼女が引き金を引けなかったという事実を得て初めて、自分の仕事について疑問を抱いた。そして、これは危機的状況ではないのか、とも。

 今は警察は僕の足跡、いや、僕たち〈ブレード・ガンナー〉の足跡をつかんでいない。しかし、いずれは僕を、あるいは僕の目には見えざる同僚達を見つけ出すかもしれない。実際、僕程度の人間でも、今回の事件について鼻先をかすめたのだ。警察としての僕は今〈ブレード・ガンナー〉についての真実を知りつつあるのだ。それは僕以外にも、真実の片鱗を掴みつつある人物が現れる時期も近い、という啓示ではないのか。

 知らなくてはいけない、と僕は思う。近い将来の警察との対決のため、僕は自分の武器についてきちんと知る必要があるのだ。いや、あるいは僕という存在についてを知るべきなのかもしれない。どちらにせよ、僕は知るべきなのだ。

「意味を理解しなくちゃいけない」

 僕は心の内を吐き出すように、言った。自分の心の中を簡潔な言葉に置き換えて声に出すと、なんだかそれは自分の心の中のものではないように感じた。簡潔にするという行動が、本来の意味をふるいにかけているような、そんな感じだ。

「意味?」

「つまり、君が引き金を引いても何も起こらなかった意味だ。理由じゃなく、意味だ」

「それには何かしら意味があると、あなたは思っているのね?」

 そうだ、と思った。意味もなく存在する物事なんて、この世には極めて僅かにしか存在しないのだから。

「そこには何かしらの意味があるはずなんだ。つまり、それが示唆することはなんだろう?」

「己だけを信じろ、とか?」

「いや違う」

 違う、と言いつつも、僕は何故それが違うのかを見出せなかった。それもまた直感によるものだったのだ。

「もちろん、そう伝えたかったというのはあるのかもしれない。そうなる理由もあるんだろう。ただ、今回の事態に僕は何かメッセージ性を感じるんだ。それは組織が意図するものじゃないかもしれない。ただ、事態が巡り巡って、僕になんらかの啓示を与えているような、そんな感じなんだ」

 僕は多分わけのわからないことを言っているのだと思う。自分ですらよくわからないのだ。しかし、彼女はそれを真剣に聞いていた。まるで、先生の授業を真剣に聞く席が一列目の女学生のようだった。

「ねぇ、前言っていた同僚を探す、というのは今どうなっているんだろう?」

 僕がそう尋ねると、彼女は待ってましたと言わんばかりに、口角を上げた。

「今そのために準備しているのよ。というのもターゲットの暗殺を私が手伝っているのも、あなたの仕事について理解して、それを私の方の作業に役立てようって話なわけ」

「僕との仕事は役に立ちそう?」

 僕がそう尋ねると、彼女はわかりやすく肩を上げて、「さあね」と言った。

「今、あなたのアバターと銃のデータを解析して、それと同じ周波を発しているものを探そうってわけなんだけど。これがわりに難しいのよ」

「それが出来れば、仲間も見つけられるんだろうか?」

「もしそれが仲間ならばね」

 彼女の言い方は、まるでそれが敵の可能性もある、というように聞こえた。

「とにかく」と彼女が言った。「とにかく、今回のことで一つ分かったことがあるじゃない?この銃はあなたにしか撃てない。この情報は解析にも役に立つと思う」

 おそらく彼女なりに僕を慰めているのだ、と思った。それはまるで、僕の第二の殺人が、無意味でないのだと諭すようだったからだ。

「僕はいつまで人を殺し続ければいいんだろう?」

 僕は唐突に疑問に思って、尋ねた。それは彼女に尋ねた、というよりは、僕をそうさせた因果へと尋ねたという方が正しいのかもしれない。しかし、その因果から答えは帰ってこない。因果とは、色々な人間の行動から生まれるものの最終的な帰結先であり、思念を持つ存在ではないのだ。

 その代わりに、彼女が答えた。

「永遠に続くことなんてないわよ」

 それは彼女が因果の代弁をしているようだった。いや、あるいは彼女は様々な因果の具体的なイメージとして現れた偶像にすぎないのかもしれない。それなら彼女の美しさに、説明がつく。残酷なものは往々にして美しいのだから。

 もちろん、それはあり得ない話だということくらい、僕は分かっている。なぜなら彼女の正体は事務の女の子なのだ。

「永遠に続くことなんてない」

 僕は、彼女の言葉を繰り返した。彼女が言うのと、僕が言うのとでは意味合いがまったく違うような感じがした。僕のは、いくらか諦めに満ちた言い方のように思えた。

「永遠に続くことなんてない」

 僕はさらに繰り返した。繰り返しても、僕にはそれがよくわからなかった。果たして本当に、永遠に続くことなどないのだろうか?

 彼女が突然立ち上がった。そして、銃を手に取り、その銃を僕の方に投げた。

「さぁ、今日こそはターゲットを脅して、情報を得るんでしょう?」

 こんなところで悩んでても仕方ないだろう、と彼女は言いたいのだ。

「あぁ、そうだったね。仕事を始めよう」

「やがて今やってることが結果に結びつくわよ」

「そうならいいけど」

「きっとそうよ」が彼女が言った。「じゃなきゃ救われないじゃない」

 救われない、という言葉が頭の中で、水面に石を投げ込んだように、響いた。ぽちゃん、という音を立てた。後に残るのは静寂のみ、そういう音だ。

「さあやろう」

 僕はそう言った。



 ターゲットは、初老の男性だった。初老というのは、ある種のキーワードだった。その年頃の人間は、少なからず電脳世界に偏見を持っていることが多い。「最近の若いモンは、バーチャルでしか遊ばない」という文句は、もはやテンプレになりつつあった。

 電脳世界は細かく定義するなら、バーチャルじゃない。電脳世界とは、装置で自分を事実上の仮死状態にし、脳内情報をサーバに移すという、言わば魂の転換をさせるものだ。立体的な映像を見せるバーチャルとはそもそもが違うのだ。

 僕はユートピア施行と同時に生まれたので、当時のことは知らない。周りの話を聞く限り、当初は魂の転換に関して不安に思う人が沢山いたということだった。しかし、長い時間が人々をそれに慣れさせてしまったのだ。今では、誰しもが利用するツールなのだから。

「この年代の人間に、違法ユーザーがいるのも珍しいわね」と彼女が言った。

「違法ユーザーって要は私がやっているような不正を行った人のことでしょう?その性質上、その手の知識が必要なわけじゃない?」

 僕はある可能性を考えた。

「違法ユーザーのコミュニティのようなものがあるのかもしれない。そこで技術の共有が行われているとか」

 なんでもっと早くそう思わなかったのだろう。僕が組織によって動いているように、彼らだってなんらかの組織に属している可能性くらい、もっと早く思い当たっても良さそうなものだ。

「それについても確認しなきゃね」

 彼女がそう言って、不敵に笑った。



 彼女は前のようにターゲットを誘い出すことに成功した。彼女によれば、ログの転送時間は15分後らしかった。十分な尋問ができる。

 僕はターゲットの頭に銃を突きつけた。

「ログアウトの操作なんてしようとしたら、こいつをすぐさま撃ち込む。お前は僕の質問に答える。いいな?」

 彼は頷いた。

「まず一つ」と僕は言った。「僕たちの存在についてお前はどのくらい知っている?」

「何も知らない。本当だ」

 そう答える彼は、怯えた表情をしていた。当たり前といえば当たり前だが。

「何も?」

「何も知らない」

「本当のこと言わないと撃つぜ」

 僕がそう言って、銃を強く押し付けると、彼は悲鳴を上げた。弱い男なんだろうな、と僕は見抜いた。

「じゃあもう一つ質問。お前はなんらかのコミュニティに属しているか?」

 彼は直ぐに首を振った。僕はその様子から、今度は嘘をついていると見抜いた。嘘をつく時、人は後ろめたさからか、早口になったりする傾向にある。

「本当のことを言わないと...」

 そこまで言って、僕は引き金に指をかけた。そして、それを引こうとする素振りを見せた。

「わかった!わかったから、やめてくれよ物騒な事は」

 やはり嘘をついていたのだ。僕は自分の能力への自信が高まった。

「確かにコミュニティには属している。そこで偽装やらの手段を身につけたんだ」

「そこで僕たちの存在について情報は聞かされなかったのか?」

 僕がそう尋ねると、彼は項垂れて言った。

「俺みたいな下っ端にはそんな情報回ってこない。なにせ、君達は少数の組織だって聞いている。事件だって1日に一件か二件起こるか起こらないかだ。そんな状態だから、そもそも情報が乏しいんだ」

 これで、元経産省の人間の発言の裏付けが取れた。やはり、僕たちは

「ありがとう。有益なことを聞いた」

 僕がそういうと彼は、「もういいだろう?早く解放してくれよ」

「あぁ」と僕は言った。

「なぁ、最後に聞いていいかな?」

「なんだよ」

「そのコミュニティの名前は?」

 彼の動きが止まった。どうやら、言うべきか迷っているようだった。しかし、言わなければ僕に撃たれると思ったのか、やがて口を割った。

「ユダだ」

 僕は引き金を引いた。

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