第46話 むちゃくちゃ言うなよ
「ブッ、ハハハハハッ」
山根浩二(やまね こうじ)に豪快に笑われて古谷三洋(ふるや みひろ)はただムスッとしているしかなかった。
八島鈴(やしま れい)の継母が帰った日の夕方。遊園地で星宮花蓮(ほしみや かれん)と二人、八島和人(やしま かずと)をギャフンと言わせた山根浩二が、独りで古谷家を訪れた。
山根は「男同士の話がある」と古谷を誘い出して近所の公園に来ていた。
「古谷!お前、おばちゃん達のアイドルになったか。美人にばかりモテると思ったが・・・。カーッ、いい気味だ」
「笑い事じゃないだろ」
「孫の顔が見たいか。てってことは親公認だぞ。良かったな」
「良くない!おかげで二人っきりなのを余計に意識してしまうようになった」
「お前ら二人のせいで、花蓮(かれん)のやつが部屋を探すから一緒に暮らしたいと言い出しやがったぞ」
野獣の山根と私立開南学園高校の生徒会長かつ学園のマドンナである星宮先輩が仲睦まじく暮らす姿を、三洋はどうしても想像できない。
「二人なら幾らでも、何処だって住めるだろ」
「そう言うわけにはいかない。三洋の場合はかわいい赤ちゃんで済むが、俺達の場合は後継者問題だ。おいそれと事が運ばない」
「そう言うもんか」
「ああ。俺は三人目が産んだ子だからな」
「三人目?」
「俺の父、山根源也(やまね げんや)は妻と呼ぶ女性が三人いる。正妻と次の妻、どちらも男の子が中々生まれず、三番目の妻って話さ」
「今時、そんな江戸時代みたいな話があるのか」
「事実、目の前にいる俺がそれだ。あるのだから仕方がない」
「そうか。大変だな」
友達と言えどもプライバシーに深入りするのが嫌いだった三洋にとって、初めて聞く山根の話に少しばかり同情する。
「まあ、俺は男だし、何とも思っちゃいないがな」
山根は遠くを見るような目をしている。何ともないってこともないのだろう。
「俺は花蓮以外に妻は持たないぞ」
「だな」
「ああ」
真剣な眼差しで宣言する山根。いい加減なやつだと思っていたが根は違ったらしい。金持ちは平民にはわからない苦労があると言う事か。
「ところで古谷は八島さんの義母に、孫の顔をおがませる予定はあるのか」
「あっ、あるわけないだろ」
顔を真っ赤にして即答する古谷三洋。彼にはそんな勇気なんて無い。
「そうか。妹さんから、古谷が八島さんを膝枕してソリソリしてたと聞いたもんだから・・・。うーん。てっきり最後まで行ったものかと」
「くっ。南(みなみ)のやつめ。山根、妹の言ったことは忘れてくれ。僕は鈴のお父さんとの約束を守る」
「古谷、お前。考えが古臭いな」
「山根の家ほどじゃない」
「まあいい。俺らまだ高校生だものな。時間は幾らだってあるさ。八島さんの義母とはおかしな関係になったが嫌われるよりは良いんじゃないか。八島さんの兄貴の件も一段落したし、残すところはお前の事情だけだな」
「僕の事情?」
「ああ。幼なじみの工藤瑞穂(くどう みずほ)。決着をつけに行ってこい。彼女はテレビの収録で来週、東京に来ることになっている。先方の事務所の社長さんには俺の方から話を通した」
「山根・・・」
「古谷、あのな。説得しようなんて思うなよ。気がいいのは古谷の取り柄だが、彼女は真剣だぞ。芸能界人生を投げ打ってでも、お前の所に戻りたいと社長に申し出たそうだ」
「・・・」
「どっちにしたって誰かが傷つく。人を好きになるってことはそう言う事だ」
「脅すなよ」
「ああ、脅した。八島さんがお前の子でも身ごもっていれば、古谷も覚悟が決まると期待したんだがなー。残念だ」
「むちゃくちゃ言うなよ」
困り果てる古谷三洋の背中を、山根浩二は大きな手のひらでバシッと叩いて気合を入れた。
「八島さんが待っているぞ。そろそろ帰るか。じゃあな」
そう言い残して山根浩二は駅に向かう道へと歩き出した。
公園の桜の葉がうるさいくらいに茂っている。古谷三洋は誰もいないブランコを見つめる。八島鈴と出会い、運命が動き出した場所だ。
雨上がりの空から差し込む太陽光を受けて光り輝く八島鈴の姿が思い浮かぶ。学園の神聖ヒロインと呼ばれるとびっきりの美少女、八島鈴。
今、僕は彼女と暮らしている。これが僕の全てだ。
古谷三洋は拳を固く握って、八島鈴の待つ家へと帰るのだった。
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