第45話 おばちゃん軍団
猛勉強の末、一学期の中間テストを学年五位というスタートダッシュで終えた古谷三洋(ふるや みひろ)。八島鈴(やしま れい)と二人、古谷家で久しぶりにノンビリとした日曜日の午後を過ごしていた。
今頃、山根浩二(やまね こうじ)の計画のもと、星宮花蓮(ほしみや かれん)が鈴の義兄、八島和人(やしま かずと)を遊園地に誘い出している時刻だ。
アイドル、工藤瑞穂(くどう みずほ)のコンサートでの爆弾発言に端を発したネット炎上をあっさりと鎮静化させた山根の実行力と財力には驚かされた。が、どうやったかは恐ろしいので聞かずじまい。
和人のこともうまくやってくれるに違いない。デブの山根と学園のマドンナ、星宮花蓮に感謝するしかない。意外な組み合わせだったが、今思うとこれ以上ないと言うくらいお似合いの二人なのかもしれない。
三洋は、緑が少しずつ濃くなっていく窓の外の木々を眺める。独りでいるのが心地いいと思っていたが、仲間がいるのも悪くない。部屋の中に息遣いを感じて目を戻す。
黒猫の子ネコを抱えてソファーに座る白いワンピース姿の八島鈴。どこかの美術館の絵画の様だ。美術にまるで関心のなかった三洋でも、この瞬間を記録したいと思うのだった。
「鈴、あのー。写真を撮って良いかな」
「どうぞ」
三洋がスマホのレンズを向けると、鈴はクロマルの両手を持ってピースサインをつくった。日頃はクールな美しさを身にまとっている鈴の、お茶目な姿は無防備すぎてそれはそれで可愛らしい。だけど三洋が欲しかったのは、女神のような気品を放つ鈴の姿だった。
「えっと。その顔も悪くないんだけど。もう少し真面目な感じって言うか」
「こうかな?」
鈴はゆるめていた唇を引き締めて、瞳を大きく見開いた。スマホの画面越しに見つめられた三洋の心臓は、破裂しそうなほど高鳴った。
同居生活をしているのだから四六時中顔を見合わせている。それなのに、改めてマジマジと見つめられると、その美しさに魅了されてしまう。三洋は無言のままシャッターを切った。
ピーンポーン。
玄関の呼び鈴が鳴る。
「はーい!」
八島鈴が声を張り上げ玄関に向かって走っていく。その後ろを追うようにパタパタと駆け出すクロマル。三洋はその後姿を目で追った。
すっかり家族として馴染んでしまった彼女が微笑ましい。初対面の妹、古谷南(ふるや みなみ)とも直ぐに打ち解けてしまった。
妹が帰る時にナイショにしろと口止めしたが、父や母とも簡単に仲良くなってしまうのではと思えてならない。彼女を家に置くための最大のハードルかと思ったが案外思い過ごしかも。そんなことをのん気に考えていた。
「鈴ちゃん。三洋くんはいるかしら」
玄関から聞きたくない声が響いてくる。そればかりかドヤドヤ、ガヤガヤと騒々しい。廊下を無遠慮な声がこだまし、リビングのドアが開いた。
「えっ?」
「ねえー。言ったでしょ。この子が古谷三洋くん。娘の彼氏ですのよ。ねっ、嘘じゃないでしょ」
「ウッソー。和美(かずみ)だけズルい」
「ホントー。私たちが追っかけているアイドルの光一くんよりイケメンだわー」
天敵、鈴の継母、八島和美(やしま かずみ)とおばちゃん軍団がズカズカと上がり込んでくる。
「あの、お母さん。今日はどんなご用で・・・」
後ろから声を掛ける八島鈴。
「あら、鈴ちゃん。大切な一人娘が同居しているんだから様子を見に来たに決まっているじゃない」
しれっと答える継母も、おばちゃん軍団も鈴には関心がないのは一目瞭然だ。
「ねえ、三洋くん。私のお友達の早苗に美也子。三洋くんのことをお話したら是非とも会いたいって。連れてきたんだけど、迷惑だったかしら」
「もう、羨ましーなー。うちの娘もイケメンの彼氏ができないかしら」
「うちの息子の友達なんてジャガイモ頭ばっかりで。おほほ。男の子はやっぱり顔よね」
迫りくるおばさん軍団にタジタジとなる三洋。恥かしさで既に顔は真っ赤になっている。
「あらー。顔を赤くして。カワイイ。抱きしめたくなっちゃう」
早苗と紹介されたおばちゃんは、ふくよかすぎる胸を広げて三洋に抱きついた。彼女の放つ香水がキツイ。気絶してしまうのではと思えるほどのバカ力に驚かされる。
「やだー。早苗ったらズルい。美也子もバグしたい」
「早苗!美也子。うちの三洋は娘の婿(むこ)なんだからね」
「えっ!」
継母の言葉に絶句する八島鈴。いけ好かない継母でも母親は母親。いつまでも気まずい関係のままではと思っていたけど、これはこれで困る古谷三洋だった。
「お母さん。何しに来たんですか!」
いつもはキリリとしたクールビューティ、八島鈴もさすがにオロオロするしかない。
「もちろん。婿自慢よ。三洋くんと鈴ちゃん。孫の顔が楽しみだわ。もう絶対にアイドルにするんだから」
「孫・・・」
綺麗な顔を真っ赤にする八島鈴。真っ白なワンピースからのぞく絹のような白い腕も脚も赤く染まる。
「和美、じぁあ早苗はファンクラブ一号ね」
「美也子は二号!」
ハハハと大声で笑い合うおばちゃん軍団は記念写真を撮って嵐のように去っていった。取り残された三洋と鈴、クロマルの二人と一匹は言葉を交わすことなく、しばらくリビングでそれぞれ固まった。
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