第44話 僕を罠にはめただろ!

 二週開けた日曜日、星宮花蓮(ほしみや かれん)は八島和人(やしま かずと)を近所の遊園地に呼び出した。


「ふふっ、来てくれると思ったわ」


「いくら金持ちでもあんなデブとキミは不釣り合いだ。キミに相応しいのは、やはり将来有望な僕みたいな男さ」


 八島和人は目にかかる前髪を細い指で払い退けながらキザなポーズを決めた。たぶん彼は、それをカッコいいと思っているのだろうがまるで逆効果だった。


 うわっー!指が骸骨みたいで薄気味悪い。義妹である八島鈴(やしま れい)から聞いていたが、勉強ばかりで体力ゼロ。プライドばかりやたらと高いが、その実は大の怖がりだそうだ。


「ねえ、コーヒーカップに乗ろうよ」


 花蓮は回転式のアトラクションを指さした。小学生の女子がキャーキャー言いながら回っている。そちらをながめてギョッとする和人の横顔を楽しんでから告げる。


「もしかして怖いの?」


「こっ、怖いものか」


「そっ、じゃあ、行こっ」


 軽やかな足取りで花蓮は和人の手を取り走り出す。


 逃がさないからね!


 カップの中に無理やり和人を押し込み、中央にあるハンドルをぶん回して回転を上げていく。周りの風景が高速で動き出す。


「ふふっ。楽しいですね。和人さん。もっともっと速くするわよ」


 回転についていけずに頭をフラフラさせる八島和人、もはや花蓮の言葉は耳に届いていない。目の焦点を宙に漂わせたまま振り回されている。


「ねっ、ねっ。あそこのお兄ちゃんだらしないねー」


「うわー。ギャハハ。大人のくせして目を回しているよ」


「ほんとうだ。キモイわ」


 和人を指さして大声で笑い合う小学生女子。無邪気なだけに遠慮がない。


 ようやくアトラクションが終わってコーヒーカップを降りた二人。八島和人の肩を園内の係員に変装した山根浩二(やまね こうじ)が叩く。


「お兄さん。先ほどの写真を記念に如何ですか」


 山根は見本として白目をむいている八島和人の写真を差し出す。和人の顔から血の気が引いて元々白い顔が幽霊みたいだ。


「バッチリとれているでしょ」


「いらん!花蓮、行こう」


 八島和人は山根と気づかずに彼の手を払いのけ、星宮花蓮に写真を見られない様に体を楯にして歩き出した。


「昨晩、徹夜で勉強したからちょっと体調が良くないんだ」


 女々しい言い訳を始める八島和人に呆れる星宮花蓮。


「そっかー。受験生だものね。こんな所に呼び出して悪かったかしら」


 花蓮は顔を伏せて言いにくそうにうつむく。彼に見えない様に舌を出す。ふふふっ。そんな言い訳で手を抜いたりしないわよ。


 そうとも知らずにうつむく花蓮の様子を可愛らしいと思ってしまう八島和人。


「気にしなくていいんだ。キミが楽しんでいるなら僕も楽しい」


「うん。ありがとう。じゃあ、次はお化け屋敷かなー。私、怖がりだから飛びつくかもしれないけど、その時は支えてね」


 彼の腕を取って自分の腕を絡める。顔を赤く染めて八島和人は頭を前後に激しくふってうなづいた。女性とデートしたことがないことがし草でわかる。


 お化け屋敷も山根財閥の後ろ盾によってスペシャルなイベントが盛りだくさんに付け加えてある。ハリウッドの特殊メイクは明るいところでさえギョッとするリアルさだ。お化けの担当もアルバイトから一流の劇団員に入れ替えてある。


 入場そうそう阿鼻叫喚の地獄絵図の中でのた打ち回る八島和人。暗闇の中、彼が助けを求めて抱きついたのは本物のクマの毛皮をまとった山根浩二だった。


「ガオー!」


 あっさり腰を抜かして気絶した八島和人が目覚めたのは、遊園地の医務室だった。


「和人さん。大丈夫」


「んっ?ここは」


 ポカンとした顔で起き上がる八島和人。


「和人さん。あのー、お漏らし・・・」


 医務室の女子スタッフが口を隠してクスクス笑いをこらえている。


「たまにいるんですよね。下着、一枚五百円になります」


 彼女が差し出した白色のブリーフを力なく受け取る八島和人に、星宮花蓮は追い打ちをかける。


「私、帰るね」


「・・・」


 濡れて色の変わったズボンを隠すことも忘れて八島和人はうなだれた。


「あのー。和人さん。勉強ばかりが男じゃなくてよ。いざという時に体をはって支えてくれる男らしさがないと、女の子は一緒にいられないの」


「僕を罠にはめただろ!」


「そうね。そうかもしれない。ごめんなさい。だけど、鈴ちゃんが言っていたわ。鈴ちゃんは和人さんのことを昔は本当の兄だと思って慕っていたんだって。受験勉強で変わってしまった和人さんが悲しいって」


「・・・」


「この遊園地、覚えている。二人の親が再婚する時に和人さんと鈴ちゃんが初めて顔合わせした場所なんだってね」


「・・・」


「鈴ちゃん。お兄さんができて嬉しかったってさ。私、思うんだけど、鈴ちゃんは鈴ちゃんなりに不安だったと思う。女の子はね、新しい母親って色々と気を遣うものだし。和人さんには鈴ちゃんを支えるお兄さんに戻れると思うの」


「鈴・・・」


「受験、頑張ってね。じぁあ、私、帰るね」


「・・・」


 星宮花蓮は医務室の出口に向かって歩き出した。ドアの所で振り向く。


「あっ、そうだ。古谷三洋(ふるや みひろ)くんだけど。彼、大学受験の全国模試の順位では絶対に負けないって。鈴ちゃんと二人で猛勉強しているのよ。私も驚いたけど、三洋くん、進学校の私立開南学園高校の中間テストで学年五位だったそうよ」


「嘘だ。そんなはずがない!あんなやつに・・・、この僕が負けるはずがあるわけない」


「そうね。だけど、目標もなくダラダラとしていた三洋くんは意外に伸びしろがあるって事かしら。和人さんも鈴ちゃんを家に呼び戻したいなら、余計なことは考えずに受験に専念すべきだと私は思うの。それじゃあ」


 バタンとドアを閉めて立ち去る星宮花蓮。それ以降、八島鈴のスマホに義兄、八島和人から連絡が入ることはなくなった。

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