第43話 面白そう!
とにかく逃げるようにコンサート会場を後にして家へと戻った古谷三洋(ふるや みひろ)、八島鈴(やしま れい)、古谷南(ふるや みなみ)の三人だった。
「お前ら何を考えているんだ」
玄関の前に立ちふさがるデブこと山根浩二(やまね こうじ)。その横に立つ星宮花蓮(ほしみや かれん)。スマホを三洋に示しす山根の顔に小さな引っかき傷。
「山根!どうしたんだその顔」
山根が星宮先輩の方を向いた。先輩の胸には黒猫のクロマルが抱かれていた。クロマルは山根を見て唸った。
シャー!
「お前んちのネコにやられた」
「クマが子猫にやられたのか」
「俺だけじゃないぞ。カメラを持ったマスコミ連中が撃退されていたぞ」
「クロマル!」
八島鈴の掛け声でクロマルは星宮先輩の胸から飛び降りて、彼女の胸におさまった。
ミャー。
「お前んちの猫は番犬変わりだな。が、俺に襲いかかるのは止めるように教えてくれないか」
山根は、鈴の方を見て苦笑し、三洋に向かって話を続けた。
「中間試験ももう直ぐなのに大丈夫か、三洋。夏休み明けの全国模試の順位で八島和人(やしま かずと)に負けたら、八島さんを家に帰すことになっているんだぞ。アイドルにコクられている時間なんかない」
「山根、心配をかけた。けど、大丈夫だ。工藤瑞穂(くどう みずほ)の顔を見てちゃんとふっ切れたから。もう、迷ったりしない」
古谷三洋はオドオドすることなく山根に答えた。ほんのちょっと前までヘタレ感満載のキモオタだった三洋の変貌ぶりに驚く古谷南。
お兄ちゃんがアイドルの彼氏だったら転校先でどれ程、自慢できるか。それに古谷南にとっても工藤瑞穂は幼なじみである。彼女のお兄ちゃんに対する思いは、同じ女子としてかなり昔から気づいていた。
「お兄ちゃん。相手はアイドルだよ。もったいないよ」
「南。お前、瑞穂の連絡先を知っていただろ」
「お兄ちゃんには黙っていてって言われたから・・・」
「瑞穂には自分で話をするから後で連絡先を教えてくれ」
きっぱりと言い切った三洋に、顔を赤らめる八島鈴。星宮花蓮は二人の顔を見比べる。
「三洋くんって全然イメージが違うんだ。コウちゃんにも見習ってほしいくらいだわ」
羨ましそうに話す星宮花蓮に山根浩二は太った体を震わせた。
「三洋!お前、変わったな。俺はてっきり泣き言をいってくるものと思っていたが。わかった。マスコミとネット対策は俺と花蓮でなんとかする」
「何とかするって、どうするんだ」
「相手の事務所だって、デビューにさんざん金を使ったアイドルだ。今頃、火消しに走っている。弁護士の名前を使えば簡単だ。やつらは権力にとことん弱い。それより、工藤瑞穂さんの気持ちだな。コンサートで叫ぶくらいだ。彼女の気持ちはそうとう重いぞ」
「脅すなよ。素直な気持ちを伝えるしかないから」
「だな。策略を巡らすほど三洋は器用じゃないしな。しかしまあ、八島さんの次はアイドルか。三洋はとことん美人にモテるな。今度コツを教えてくれ」
「コウちゃん!」
頬をふくらませて怒り出す星宮先輩。山根は巨大な体を小さくする。すっかり尻に敷かれているぞ、山根。
「花蓮、冗談だ。俺は花蓮一筋だから。じぁあ、花蓮、帰ろうか」
二人の仲を知らない古谷南は会話の流れをキョトンとしながら聞いている。野獣のようなデブと星宮花蓮という美少女。関係性が掴めない。いやっ、会話の流れから想像はつくが、彼女の理性が受け付けない。
「私たち、デート中だったのよ」
目じりを下げて手を取り合う星宮花蓮に山根浩二。三洋と南、鈴の三人は、三者三様に二人のデートの様子を思い浮かべたが何も思い浮かばなかった。
その時、八島鈴のスマホが鳴った。表示されたメールに顔を青くする八島鈴。
『鈴!古谷三洋は、とんでもないやつだ。僕のアイドル、瑞穂ちゃんと鈴の二股をかけている。こんな奴と暮らすなんて、絶対に許さないんだからな』
メールの差出人は鈴の義兄、八島和人であった。
「花蓮!デートはまた今度だ。こいつは一度ギャフンと言わせないと懲りないようだ」
ニヤリと笑う山根浩二に、星宮花蓮はメガネのフレームを持ち上げて答えるのだった。
「ふふっ。コウちゃん。面白そう!」
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