第42話 マズいよね

 ステージの上から観客席を見渡し、偶然にも古谷三洋(ふるや みひろ)を見つけた工藤瑞穂(くどう みずほ)。幼なじみとして兄妹みたいに遊び回った頃の懐かしい思い出が、鮮明な映像となって次々と脳裏を廻(めぐ)る。


 三洋。来てくれたんだ!


 一年半前に別れを告げた時とは別人のようになっている彼。顔を隠すほどのボサボサの髪は短く整えられて、きれいな瞳がのぞいている。芸能界に入って、美少年と呼ばれる沢山のイケメンアイドルに声を掛けられるようになったが全然負けていない。


 中三の夏に比べたら背も伸びて、大人っぽさも少しだけ加わった。それでも変わらず女の子みたいな綺麗な顔を周囲にさらしている。さんざん遊び回って疲れて眠る三洋の髪を手で整えてマジマジと見た時の事を思い出す。


 くっ。私よりきれいな肌をしている。長い睫毛が乱れることなく並んでいる姿。男子とは思えない小さな小鼻とうすめの唇。


 あの時は心から嫉妬した。そして、ボサボサ髪の下に隠された誰も知らない三洋の秘密を自分だけが知っていることが嬉しかった。それが今、そこにあった。


 三洋が猛勉強の末、進学校の私立開南学園高校に入学したことは彼の妹の古谷南(ふるや みなみ)ちゃんを通して知っていた。だけど彼女の話では、ボサボサの髪は一層キモくなり、ボッチ街道まっしぐらって聞かされていたんだけど・・・。


 ふーん。髪の毛切ったんだ。恥ずかしがり屋の三洋が髪を切るなんて信じられない。ちょっと注目を集めただけで顔を真っ赤にしていたのに。目標の高校にも合格し、三洋は三洋でちゃんと前をむいて進んでいるってことか。


 最後の曲を前に工藤瑞穂は気合を入れる。三洋に追いつくために、三洋に相応しい女の子になるために独りでずっと頑張ってきた。三洋のために作った新曲を三洋に向かって歌えることが、心の底から嬉しかった。


 へへっ。三洋のやつ驚いている。もっと驚かしてやるんだから。


「みんなー。盛り上がっている!じゃあ、最後に、新曲いくぞー」


 三洋だけを見つめて、会場に向かって叫ぶ。大歓声が帰ってくる。


「この曲は・・・。瑞穂が、幼なじみで、初恋だった男の子の元を去って新しい世界に旅立つと決めた日、その時の想いを綴(つづ)ったものです。瑞穂が頑張っていることをちゃんと伝えるために作った曲。聞いてください。そして、感じてください」


 私の想い、三洋に届け!私、頑張ったんだよ、三洋。思わず目頭が熱くなってくる。


「じぁ、みんな!いくよー」


 工藤瑞穂はこの一年半の全ての想いを込めて歌った。三洋との思い出がちりばめられた新曲。彼女の感情の高まりが会場に集まるファンに伝播(でんぱ)してゆく。


「私は貴方が好き。誰よりも愛しているから、私は旅立つ。貴方が前を向いて進むために」


 瑞穂は三洋に向けてサビまで歌いきった。変身してイケメンになった三洋の顔を見つめる。横にいる妹の南ちゃんの驚いた顔がかわいい。

 

 えっ。うっそ!


 妹の南ちゃんの横に並ぶ三洋の手を握っている女の子が、反対隣りにいるのが目に入る。すごくきれいな女の子。元気しか取り柄のない私とは真逆の清楚な魅力を放っている。


 そっ、そんな。


 最後の曲を歌い終え高まった感情のまま、気がついたらマイクを強く握りしめていた。


「三洋!大好きだよ」


 会場に響きわたる自分の声にハッとなる。あれっ。まっ、マズいよね。私、一応アイドルなんだもん。勢いで三洋の名前を叫んじゃったよ。


「まじかよ。公開プロポーズじゃねーか」


 すかさず飛び出すファンの一声。ざわつきだす会場。ステージ横に隠れているはずのマネージャーがアタフタと飛び出してくる。


 ステージを降りた後はもう最悪だった。集まったマスコミを避ける様に用意された車に連れ込まれる。中で待機していた事務所の社長に、こってりとしぼられる。


 予定されていた握手会もサイン会も、体調不良の名目ですべてキャンセルされた。三洋に会いに行くこともできず、有無を言わせず、そのまま大阪に連れ戻されてしまう工藤瑞穂だった。

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