第40話 鈴と僕はこの家で

 何がどうなっているのかさっぱり理解できない古谷南(ふるや みなみ)。むさ苦しいボサボサ頭だった兄、古谷三洋(ふるや みひろ)が爽やかイケメンに変身している。


「お兄ちゃん。その顔どうしたの」


「ちょっとばかり色々あって髪の毛を切ったが何か?」


「私がキモイと何度も言っても切らなかったくせに!」


 美少女アイドルみたいに白い歯をのぞかせてほほ笑む兄。兄妹であるはずなのに、古谷南の心臓は耳元まで聞こえてくるくらい高鳴った。


 お兄ちゃんにときめいてどうするのよ。目の前にいるのはヘタレでボッチ、癒やし動画をみてニタニタするだけのキモオタだぞ。騙されちゃいけない!


 で、その横にちょこんと座る八島鈴(やしま れい)。アイドルもぶっ飛ぶ逸材ではないか。女子の理想のすべてを集めて創り上げたような完璧な容姿に神聖さを感じずにはいられない。


 染みもソバカスもニキビも、何一つ欠点が見あたらない抜けるような白い肌。ちょっとカールした天然の長い睫毛の下で揺れる黒い瞳。絶妙なバランスでそそり立つ美しい鼻。つつましく清楚な唇。


「三洋の妹さんですよね。改めて、よろしくお願いします」


 まるで有名作家が描いた絵画のように、黒い子猫を抱えた美少女が微笑む。そうなのだ。彼女がキモオタお兄ちゃんの恋人らしい。ヘタレボッチのお兄ちゃんに、彼女を射止めるような積極性があるとは思えない。


 なのに最初に目撃した時、彼女の頭はお兄ちゃんの膝の上にあった。状況から見て顔剃りをしていたのは理解できる。二人が耳掃除をし合う以上の関係だってことは中三の私だって理解できた。


 一生、ボッチだと諦めていたお兄ちゃんがこんな美人さんとあんなこととかこんなこととか、既にすましているに違いない。想像するだけで顔が火照ってくる。


「妹の古谷南です。同じ女子として聞かせてください。ヘタレぼっちでキモオタの兄の何処が良くて二人は付き合うことになったのですか?」


「南。いきなり帰ってきて失礼だぞ」


 お兄ちゃん。いたんだ。イケメンになっても存在感が薄いのは変わりない。やはりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ。


「うーん。全部かなー。ねっ、南ちゃん。私たちお似合いだよね」


 美の女神もひれ伏しそうなクールビューティーを思わせる美人さんが、幼女のように顔を崩してほほ笑む姿。ギャップがかわいすぎる。キャウン!


 お兄ちゃんの何処が良いかなんてもうどうでもいいぞ。笑顔一つでテンション、マックス。でかした!お兄ちゃん。


 今までお兄ちゃんの存在をひたすら否定して、友達に隠し通してきたが一気に大逆転。自慢のお兄ちゃんじゃないか。


「ねっ、鈴さん。お兄ちゃん。写真撮ろうよ」


 転校先で新しくできた友達に持ち帰る自慢話が思わぬところから転がり込んだと喜ぶ南だった。スマホを取り出して撮影会が始まる。


 くおっ。画面越しに見る二人。ファッション雑誌の表紙みたいだぞ。様になっている。これが自分の兄だなんて・・・。お兄ちゃん、カメラ越しだとメチャ存在感が増したぞ。


「ねっ。南ちゃん。一緒にどう」


 八島鈴がソファーの上で腰をずらして三洋との間に隙間を作る。そこをポンポンと叩いて指し示した。ついこの間まで、バイ菌お兄ちゃんと罵っていたことを思い出す南。


「何してんだ。遠慮するなんて南らしくないぞ」


「お兄ちゃん・・・。今までいろいろ言ってごめん」


 古谷南は二人の間に飛び込んだ。お兄ちゃんに甘えるなんて小学校以来かも知れない。三人並んで自撮りをする。あれこれポーズを決めながらウキウキしていることに気付く南。


「南、ごめん。あのな、実は鈴と僕はこの家で一緒に住んでいるんだ」


 うっそ!お父さんの転勤で、私とお母さんがついて行ってまだそれほど経っていないと言うのに・・・。お兄ちゃんに彼女ができただけで驚きなのに、草食系男子とは思えない素早さじゃないか。


「私が押し掛けたんだから三洋が謝ることじゃない。南ちゃん。お願い、私がここに住むことを許してくださいね」


「そっ、そうなんだ。やるじゃん、お兄ちゃん。見直したぞ」


「お父さんとお母さんも戻ってくるのか?」


「私だけ、ちょっと独りで帰ってきた。


 ほら。お兄ちゃんも知っているでしょ。お隣に住んでいた幼なじみの工藤瑞穂(くどう みずほ)ちゃん。大阪でアイドルになったんだよ!すごいよねー。


 で、今度、東京で行われるコンサートのチケットが四枚、郵便局から引っ越し先に転送されてきたんだよ。家族でお世話になったからぜひ観に来てくれってさ。


 お父さんとお母さんは忙しいから二人で行ってきなさいって。鈴さんもどうかしら」


 古谷南はポケットからチケットを四枚取り出して自慢した。途端に顔色が曇るお兄ちゃん。浮かれすぎたと反省する南に鈴は告げる。


「ありがとう、南ちゃん。三洋、行こう。私も瑞穂さんに会ってみたいと思っていたんだ」


 こうして、古谷三洋と八島鈴の遊園地での初デートはキャンセルとなり、急遽、アイドルのコンサートに変更された。


 この先、想像を絶する大事件が巻き起こる事をまだ誰も知らない。そんなことは関係ないと八島鈴の胸元でクロマルが大きくあくびをしてから一声鳴いた。


 ニャー。

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