第36話 入り組んだ八島家の都合

 デブの山根浩二(やまね こうじ)の正体を知って、しばらくあ然とする八島和美(やしま かずみ)であったが、デリカジーに欠ける分、立ち直るのもはやい。


「私の話はまだ終わっていないわよ」


 和美は体をテーブルの上にグイッと乗り出した。八島卓(やしま すぐる)は何を言い出すやらと気が気じゃない。


 が、お嬢様育ちのわがまま気質は、おばさんというファクターによってさらに強化され、図々しさがパワーアップしている。余計な口を出せば話が絶対にこじれる。


「鈴ちゃんと暮らしたいと言うなら、鈴ちゃんの幸せを願って当然よね」


 八島和美の矛先は古谷三洋(ふるや みひろ)に向かった。


「お見受けしたところ、山根くんも星宮さんもご立派な家柄ですけど、古谷くんはどうなのかしら」


 完全に腰が引けている古谷くん。


「そんなの関係無いでしょ!」


 古谷三洋の横で口を尖らす八島鈴(やしま れい)。


「鈴ちゃん!貴方は黙っていなさい」


 般若のような形相でピシャリと言ってから話を続ける八島和美。


「愛だの恋だのだけで幸せになれるなんて、子供じみた考えは捨てる事ね。で、どうなの、古谷くん!」


「ぼっ、僕の家は平凡なサラリーマン家庭で・・・」


 古谷くんの青白い顔が更に青くなる。


「あら、そう。そうなんですって卓さん。これは心配です事」


 八島卓は黙ってうなずかざるおえない。


「お友達の山根くんと星宮さんが、この先ずーっと支援でもしてくれるのかしら。お二人ともお金には困らない生活を送れるみたいですし」


 苦々しい顔で黙り込む山根、唇をかみしめる星宮花蓮(ほしみや かれん)。


「親のスネをかじってしか暮らせない中途半端な学生が、生意気を言うんじゃないわよ!」


 八島和美は勝ち誇った顔で周りを見まわした。お嬢様生まれの和美が、自分の力で働いてお金を得たことがあるのか?聞いたことない。それを知っている八島卓の心情は複雑だ。


「僕は医大に行って将来は医者になるんだぞ!どうだ、キミたちみたいに親に頼ったりしない」


 自慢顔で発言する八島和人(やしま かずと)。予備校のお金も出しているし、八島病院を築いたのは俺なんだがと思う八島卓。


「僕はキミたちなんかと頭の作りが違うんだよ。そうだ!良いことを思いついた。僕と古谷くんが大学受験の全国模試の順位で勝負するってのは。そこでキミが僕に負けたら鈴ちゃんを帰すってのはどうかな」


 和人は自信満々だ。医大を狙って勉強しているのだから負ける気がしない。一旦は星宮花蓮にターゲットを切り替えようとも考えたが、山根財閥御曹司が相手では分が悪すぎる。自分に有利な相手と有利な戦場で戦うのが一番だ。


「大学模試って九月の初めだぞ。それまでは八島さんが古谷の家にいてOKってことだな。男に二言なしだぞ」


「あっ!」


 山根浩二の言葉で、今頃になって墓穴を掘ったことに気づく八島和人。


「うるさい!勉強ずくめで古谷くんの夏休みは無しだ!どうだ、これなら鈴ちゃんと遊び回る時間もない」


「まあ、やっぱり和人さんだこと。本当に賢いわ」


 ネコナデ声で和人の頭をなでる和美。古谷くんが頑張って鈴ちゃんに相応しい婿になるなら、それならそれでよし。大金持ちの山根くんと星宮さんまでオマケで付いてくる。


 何よりアイドルの追っかけ仲間に自慢できるイケメンをゲットできた収穫は大きいと八島和美は納得した。


 こいつらバカか?五カ月も鈴をほっぽり出すなんて・・・。自分の妻と息子にげんなりする八島卓だった。


 八島卓は気の弱そうな古谷くんの顔を見る。まあ、この子なら大きな問題も起きないか。前妻の忘れ形見である鈴を八島家に残すよりも安心かもしれない。八島卓も心の中で同意するしかなかった。


 大人の事情とは少し違うが、入り組んだ八島家の都合が入り混じって八島鈴は『なし崩し的同居生活』の継続を勝ち取ったのだった。


 話は予定通り、八島家と古谷家が親戚同士、二人は幼なじみと言うことで落ち着く。あれよあれよという間に、八島和人と戦う羽目になった古谷三洋であった。

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