第35話 金魚みたいに口をパクパク

 八島病院の院長の八島卓(やしま すぐる)と妻の八島和美(やしま かずみ)、その息子の八島和人(やしま かずと)の三人は星宮花蓮(ほしみや かれん)に案内されて豪邸の廊下を歩いている。西洋風の広い廊下のあちらこちらに絵画や美術品が並んでいる。敷かれたフカフカのカーペットに足が沈む。


 やはり大学病院の学長ともなると、同じ医者といえども格が一つも二つも違う。八島の家とてかなり高級なマンションだが、豪邸だけでなく、置いてある調度品すら一つの美術品と呼べるレベルだ。


「古びた美術館みたいです事。オホホ」


 都会に出たての田舎者みたいに、頭をキョロキョロさせる和美。『自分の立場が今、どんな状況か理解しているのか!恥ずかしい』と八島卓は首をすくめる。


 ふと息子の和人が目に留まる。和人の視線が星宮花蓮の体をはうように動いている。鈴を嫁にしたいと言ったばかりなのにもうこの有様だ。思春期とはいえ節操がない。将来、こいつに自分の病院を託すと思うとげんなりしてくる。


「どうぞ、お入りください」


 ドアノブ一つでも数十万円するのではという扉を開いて星宮花蓮は八島家の人々をリビングへと案内する。


 山根浩二(やまね こうじ)と古谷三洋(ふるや みひろ)、八島鈴(やしま れい)が革張りのソファーに座って待っていた。鈴が口をクッと結んで実の父親を睨んでいる。


「お父さん。私はどんなことがあっても帰らないから」


「まあまあ、鈴さん。落ち着いて」


 星宮花蓮が彼女をなだめる。修羅場を目前にして青ざめる古谷三洋。デブキャラの山根がソファーにズシリと腰を沈めたまま切り出した。


「八島さんは帰らないと言っておりますが、どうしましょうか」


 言葉は丁寧だが、まるでアメリカ映画に出てくるマフィアのボスのようなドスの効いた声。とても高校生には見えない。初めて聞くその声と貫録に八島和人はソファーの上でピョンと跳ねた。


「娘がお世話になっているクラスメイトの古谷くんはどちらかしら。意見を聞かせてもらいたいものだわ」


 鈴の義母、八島和美が口をはさむ。目を合わせないように下を向いていた古谷三洋が顔を上げる。


「お願いです。しばらく八島さんを僕の家に居させてあげてください。高校生の分を外したやましいことは絶対にしません。お願いします」


 あらっ、可愛いじゃない。私が追いかけているアイドルなんかよりも全然イケているわ。この子が鈴ちゃんの彼氏!


 それじぁあ、鈴ちゃんがのこの子と結婚したら、このアイドルみたいな男の子が私の義理の息子?悪くないわね。


 自分の息子に色目を使う鈴ちゃんを厄介払いした上に、気が弱そうで言いなりにできそうな自分専用アイドルまで手に入るとは。フフフと笑って八島和美はとんでもない答えを切り出した。


「いいわよ。可愛い鈴ちゃんが望むことですもの。その代わり、古谷くん!あなたには鈴ちゃんに相応しい男の子になって貰うわよ」


「お前、勝手に決めるな!」


「母さん。鈴ちゃんは僕のだぞ!」


「あら、卓さん。鈴ちゃんのお友達の星宮さんは八島家にとって大切な家なんでしょ。せっかくお近づきになれたのですから、これで終わりなんてもったいないじゃない。星宮さんには末永く鈴ちゃんの友達でいて欲しいものですわ」


 思わぬ展開に一瞬驚いた星宮花蓮だったが、八島さんの友達でいるのは異存ないのでコクリと頷く。


「それに和人ちゃんには、フフフ、星宮さんに出会えたチャンスを生かしてもらわないと」


 顔を見合わせて何やら納得顔の八島和美と和人親子の視線を受けて、星宮花蓮の背中に冷たい汗が・・・。


「悪いが星宮花蓮は僕の許嫁だ!」


 山根の姿を見てあ然とする二人。助けを得て嬉しそうな星宮花蓮。


「まさかこんなデブと・・・あり得んだろ」


 思わず口に出してしまう八島さんの義兄、八島和人。山根は目だけ動かして和人をギロリと睨んだ。一触即発(いっしょくそくはつ)の緊迫したムード。さすがにフォローにまわる父、八島卓。こんな状況で鈴を連れて帰れるとはとても思えない。


「失礼した。鈴がしばらく古谷くんと暮らすのは了承した。が、私も鈴の父である以上、保証するものが欲しい。鈴の友達である星宮さんのことは理解している。ところで山根くん、キミはいったい何者なんだ」


「俺は古谷の友人だ」


 デブはソファーにドンと座り直してそれだけ告げる。


「コウちゃん。ここで隠す必要は無いでしょ。行く末は山根財閥を引き継ぐ身。財閥の一人息子、山根浩二って言ってやりなさいよ」


「山根財閥!!!!」


 日本一の資産家で政財界にも名が通っている山根財閥。総理大臣すら就任時に挨拶に伺うと噂される日本のドン。知らないものなんていない。驚きのあまり金魚みたいに口をパクパクさせる八島家の面々だった。

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