第34話 メガネの奥の瞳がキラリ

 八島鈴(やしま れい)の父、八島病院の院長である八島卓(やしま すぐる)は山根浩二(やまね こうじ)に伝えられた家の前に立っていた。横には彼の後妻と彼女の連れ子が並んでいる。独りで来ることも考えたが『あなた独りなんて心配だ』とついて来てしまった。


「下品なくらい大きなお屋敷ですこと。鈴ちゃんにこんなお金持ちの友達がいるなんて知らなかったわ。本当にここで良いのかしら」


 想定外のことに虚勢を張る八島鈴の義母、八島和美(やしま かずみ)。


「ああ。間違いない」


「デカい家だな、親父。爺さんの家よりも立派だ。親父も早く八島の病院を大きくしてくれないと。俺もこんな家に住んでみたい」


 世間の苦労なんて何も知らずに、勝手なことを口にする八島鈴の義兄、八島和人(やしま かずと)。


 八島卓は『俺の苦労も知らずに言いたいことを!』と心の中でつぶやいたが、ひとこと言うと十倍は帰ってくる妻のことを思い浮かべて口に出すのを止めた。彼は表札をながめて思わずのけ反る。


「おい。和美・・・。この家の持ち主・・・」


『星宮智司(ほしみや さとし)』と記された表札を指さして固まる。


「貴方、どうかしたの。星宮智司って誰よ!ありきたりで平凡な名前だこと」


「しっ、知らないのか?」


「知るわけないでしょ。私が興味あるのは芸能人だけよ。それくらい知っているでしょ」


 いい歳をして、イケメンのアイドルなんかを追っかける和美の姿を思いおこしてげんなりする。


「お前の父親が教授をしている大学病院の院長じゃないか。医学界の重鎮(じゅうちん)だぞ」


「親父、マズくないか。爺さんの上司ってことだよな」


 日頃から教授の孫を自慢している八島和人は弱い者にはとことん強気に出るが、強い者には媚びへつらう。血のにじむような努力で八島病院を立ち上げた俺のことなんて格下としか思っていない。


 鈴の母を病で失い、後妻に教授の娘を迎え入れたのは八島病院の安定を願っての打算がなかったかと言えば嘘になるのだが。正直、再婚するまで、これほどまでに独り善がりな親子とは思わなかった。


 息子の和人は受験前でピリピリしているし、仕事も忙しい。必然、家のことは棚上げになってしまっていた。日を追うごとに前妻に似てくる鈴の姿に、親子以上の感情を抱いてしまわないかと恐れた結果、自分の家に寄りつかなくなったのも事実だ。


 それにしても、鈴の友達がよりにもよってこんな大物の孫娘とは・・・。話しの展開いかんでは八島病院なんて消し飛んでしまう。そんな意識すらないお嬢様育ちの今の妻の顔が忌々しく思えてくる。


「和美。とにかくだ。頼むから余計なことは言うなよ」


「何よそれ。鈴ちゃんが出て行ったのは私のせいじゃないわよ。いっそ、鈴ちゃんをここの女中か何かにしてもらって、私のお父さんを大学の次期学長に推薦してもらうってのはどうかしら」


 呆れてものが言えない。世間知らずにも程がある。怒りが喉元までのぼってくるが、無理やり飲み込む。大事の前にうちわもめなんてしていられない。


「鈴ちゃんを追い出す?そんなことは許さない!」


 自分の母親に向かって口を尖らせてくってかかる八島和人。義兄とはいえ、和人にこんな妹思いなところがあったとは驚きだ。少しばかり嬉しくなる。


「和人、お前・・・」


「鈴ちゃんは僕のお嫁さんにする」


「なっ・・・」


 大きく口を開いて信じられないと言う顔をする和美。


「大切な和人ちゃんを鈴ちゃんになんか取られてなるものですか!」


 顎をギリギリとさせながら怒りをあらわにする和美。俺の家はとんでもないことになっている。今頃になってその事実を知った八島卓であった。


「鈴と和人は兄妹だぞ」


「へへっ。血は繋がっていないから問題ない」


 せせら笑う和人。親子そろって世間知らずだ。


「世の中が許すと思うか」


「僕が医者になれば何の問題もないじゃないか」


「鈴の気持ちはどうなんだ」


「医者と結婚しないバカな女は、それこそ世間にはいないんだぞ」


「和人ちゃんにはママがもっと相応しい良家のお嬢さんを見つけてくるから。鈴ちゃんと結婚するなんて変なことを言いださないでね。いい子になるのよ。和人ちゃん」


「僕はもう子供じゃない!」


 和人が怒鳴り声を上げた時、星宮家の大きな門が開いた。


「お待ちしておりました」


 玄関から出てきた星宮花蓮。メガネの奥の瞳がキラリと光ったのを八島家の面々は知る由(よし)もなかった。

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