第22話 右手の小指
ってことで、翌日。天気は快晴、絶好のお花見日和と言いたいが本日の予定はカラオケだ。正直、歌謡曲とかあまり興味が無いので憂鬱(ゆううつ)だ。
桜吹雪が舞い散る公園を横目に登校する僕こと、古谷三洋(ふるや みひろ)と八島鈴(やしま れい)。もう少し歩くと例の大通り。更に気持ちが沈んでくる。
やっぱり、今日も女子の視線にさらされるのだろうか。朝から心をガンガン削られたら放課後のカラオケ迄、気力がもつ気がしない。
それでなくても八島さんとの二人っきりの夜は、僕の穏やかな眠りを妨げる。学園きっての美少女と緊張と寝不足による眠気が交互に襲ってくる。
「ふぁー」
「欠伸なんかして、春眠暁(しゅんみんあかつき)を覚えずだね。古谷くん」
横で学園の神聖ヒロインが、頭脳明晰さを示しているがなんのことか。僕が眠いのは春のせいじゃない。
八島さんの黒々とした長い髪が春の風に揺れている。公園から舞い飛んでくる桜の花びらが良く似合う。こんな美少女と二人暮らしで眠れるわけないだろ。
「あのー。八島さん」
「はい」
「今日のお弁当は大丈夫だよね」
「バッチリ。ふふっ。愛情たっぷり」
「いやっ。だから、それだと色々と問題があるだろ」
「大丈夫。山根くんと星宮先輩にはもうバレたし、他に古谷くんのお弁当に興味を示す人はいないでしょ」
くっ。ほぼボッチである僕の日常を理解していたか。確かにそうなのだが、面と向かって指摘されると凹む。
「まあそうだが・・・」
・・・・・・
八島鈴は彼の返答を聞いて思う。
ごめんね。古谷くん。古谷くんは自己評価が低すぎ。
古谷くんは昨日、食堂に行ったから知らないだろうけど。お昼休みの私立開南学園高校二年八組のクラス、女子の話題は古谷くんことで持ち切りだった。
なので、確実にお弁当も注目される。今日のお昼の食堂はクラス女子の比率がグンとアップする。古谷くんが売約済みであることをアピールする絶好のチャンスはこの時を置いていて他はなのだ。
「ねっ、今日もお昼休みは山根くんと食堂なの」
「山根が食堂のおばちゃんが作る日替わりラーメンを愛しているからな」
「そうなんだ。楽しそうだね。私もお昼を一緒に食べたい!」
「それじゃあ、僕のお弁当を作ったのが八島さんだとバレバレじゃんか」
「山根くんと星宮先輩にはもうバレてるでしょ」
「まーなー」
「お願い!私だけのけ者なんだもん」
「のけ者なんて・・・」
・・・・・・
黒猫のクロマルみたいに瞳をうるうるさせて見上げられては、断るにことれない。古谷三洋は優柔不断、いつも周りに押し切られてしまう。
くおー。かわいい。
なんども見ているはずなのに、一向に慣れない。学園の神聖ヒロイン、八島鈴(やしま れい)の素の顔はキュートすぎる。
「まあ、それくらいは・・・」
「じゃ、じゃ。いいよね。やった」
八島鈴は古谷三洋の両手をとってピョンピョンとはねる。その度に短い制服のスカートが広がり細い脚がのぞく。
小学生みたいな屈託のない喜びように、ダメなんて言えない。はー。本当に僕って押しに弱い。
「約束だよ!」
目をキラキラさせながら右手の小指を差し出してくる。小さなきゃしゃな手、白く細い指。
女子との指きりなんて小学生以来かも・・・。一瞬、幼なじみの工藤瑞穂(くどう みずほ)の顔が思い浮かぶ。僕はそれを振り払う。もう、良いんじゃないか・・・。
僕は桜の花が満開の公園を見つめる。ずぶ濡れの八島鈴がいたブランコが見える。
「ああ、わかったよ」
僕は彼女に自分の小指を差し出した。
・・・・・・
その時、公園の隣り。高い塀に囲まれた豪邸の二階の窓に、私立開南学園高校の制服をまとった一人の美少女の姿があった。彼女の名前は星宮花蓮(ほしみや かれん)。
私立開南学園高校生徒会長にして学園のマドンナ、星宮花蓮は指切りをし合う二人を見つめる。
「コウちゃん・・・。私もあんなことがしてみたい。恋しいよ」
星宮花蓮はオーダーメイドの高級なレースのカーテンをギュッと握りしめるのだった。
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