第23話 許嫁、山根浩二

 窓の外、公園の側の小道で指切りをしている古谷三洋(ふるや みひろ)と八島鈴(やしま れい)。ほのぼのとしていて微笑ましい。淡い色で咲き誇る初々しい桜の花びらにピッタリだ。羨ましい。


「コウちゃん・・・。私もあんなことがしてみたい。恋しいよ」


 思わず言葉を漏らす星宮花蓮(ほしみや かれん)。春は恋の季節なのだ。


 高二の秋に親同士が決めた許嫁、山根浩二(やまね こうじ)。はじめて見た時はショックのあまり寝込んでしまうかと思った。いくら山根財閥の御曹司とはいえ、私の理想とする美少年とは程遠い。


 だけど・・・。お釈迦様のようなどこもかしこも丸くて、ふくよかな姿は癖になる。目の前で出された料理をパクパクと食べる様子は生命力があふれている。父親みたいで、たくましい。


 私はファザコンかもしれない。父の大きな背中が側にいると安心する。はじめて見つけた父と同じような背中を持つ人。星宮花蓮は都内のホテルの高級レストラン、引き合わせの場で出会って以来、山根浩二に対して恋に落ちた。ぞっこんなのだ。


 それなのにコウちゃんは素っ気ない。食事の時以外はアンニュイな横顔をしている。それが歯がゆい。


 私は私立開南学園高校で『学園のマドンナ』と呼ばれる美少女だ。それなりに男子に人気があるのは自覚している。生徒会長としての責務をこなし、努力もしている。


 だけど、コウちゃんは一向に振り向いてくれない。


「花蓮。花蓮は星宮家でなんの苦労もなく育った。しかし、世間は花蓮が思うほど甘くない。今の自分の境遇がどれほど裕福か、高二なら理解できるだろ。父さんは花蓮を愛している。苦労はさせたくない」


 父はコウちゃんとその家族がレストランから帰った後、私に語ってくれた。


「そうね。私も歴史のある星宮の家に嫁いだ時は不安だった。でも、今ではすごく幸せよ。山根浩二くんは少し太っているかもしれないけど、人を率いる人物は少しくらい恰幅が良くないと務まらないものよ」


 母は私の顔を見てから父の顔を見る。父は小さく頷く。


 正直、父の言う山根財閥の財産とか社会的影響力なんてどうでもいい。母が心配している彼の太った容姿も気にならない。むしろ好きかも知れない。私が母の子だと実感する。


 コウちゃんは自分の身分を学園では隠している。教師すらその事を知らないと語った。なので、コウちゃんは学園の女子にはあまり人気がない。ライバルが増えないので安心できる。


 が、何気に男子に頼られている。そこがまた、彼の魅力なのだが。山根家に生まれた天性のものと日頃の素養によるものだろう。


 彼に迷惑をかけたくないから学園内での接触はお互いに控えた。でも、出会って半年以上が過ぎて私の募る思いは、もう抑えられない。理性を超えて溢れ出してしまいそうだ。


 そんなある日、コウちゃんが親友だと語る古谷三洋が変身した。髪を短く切り、爽やかなイケメンになったのだ。


 雨上がりの公園で、学園の神聖ヒロインと呼ばれている八島鈴の姿を窓の外に見つけた。息を飲む美しさに見惚れてしまう。


 そこに古谷三洋が現れる。コウちゃんのことはなんだって知りたい私は、彼をよく見かけることから、この近くに住んでいることを知っていた。


 ボサボサ髪の古谷三洋は黒猫の子供を胸に抱え、ずぶ濡れの八島鈴を連れて立ち去った。やり取りの会話は聞こえないが、そこに起きたドラマは想像に難くない。


 覗き見しては失礼だと思ったが、映画の名場面みたいな輝いた光景から目が離せなかった。


 私はときめいている自分に気付いた。私だって年頃の女の子なのだ。まして、親同士が決めた許嫁とはいえ、憧れている人だっているというのに・・・。


 それから一日置いた日の朝。二人並んで登校する八島鈴と古谷三洋を見かけて確信した。二人は恋人同士だと。


 そして思いたった。神が与えてくれたこの機会を生かさなければ。


 コウちゃんだって、親友が彼女と楽しそうにしていたら、私に振り向いてくれるかもしれない。


 それにたった二日で変身してしまった古谷三洋にも少し興味が湧いた。愛は人をそこまで変えられるのだろうか・・・。


 こうして私は、その日のお昼休みの食堂で行動に出た。はじめて学園内でコウちゃんに近づいた。私がコウちゃんのフィアンセであることを明かした今、もう引き返すことはできない。


 窓の外の古谷三洋と八島鈴。私もコウちゃんと指切りとかする関係になりたい。


 今日は楽しい日になりそうだ!窓の外の二人に向かって星宮花蓮はフフフと笑みをうかべた。


 彼女のカバンの中には、手作りお弁当が二つ。絆創膏だらけの指先を見つめる。ちゃんと頑張った自分に気合を入れる。


 よし。お昼も放課後のカラオケも準備万端。抜かりなしだ。

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