第16話 イケメン、言うな!
教室に入ってもなにかと落ち着かない。騒ぎの原因が、まさか自分だとは思いもよらなかった。顔が熱い。
「ずいぶんなイメチェンだな」
目の前に立つ山根浩二(やまね こうじ)の巨体が、僕をガッチリとガードしてくれているので、女子の視線にさらされずに済んでいるのが唯一の救いだ。
「うっそ、あれがネクラの古谷三洋(ふるや みひろ)くん?」
「病欠使って整形したとか!」
「チョーかわいい。チョーラブリー」
「古谷くんってボッチだから彼女いないよね。私、立候補しようかな」
それでも声だけは洩れ聞こえてくる。山根は巨体をゆらしながらニヤニヤしている。
「この裏切り者が」
山根が僕の肩に手を回して、耳元でささやく。
「誤解だ」
僕は彼の顔を見ずに答える。
「女子に媚びを売るような顔になって、なにが誤解だ。男子どもの怨念の叫びが聞こえないのか」
「怨念?」
山根はデブに似合わずススッと体を横にずらす。女子の視線に混じって、にらみつけるような鋭い視線。痛い!心にグサグサと突き刺さる。
「どうだ。理解できたか」
山根はヒラリと体を戻す。
「頼む、授業が始まるまでそこにいてくれないか」
「デブを盾に使おうというのなら、見返りを要求する」
ぐっ。山根のやつ。人の弱みに付け込むとは・・・。
「そんなことを言うのか。友達だろ」
「イケメンを友達にもったことは、生まれてから一度だってない」
「イケメン、言うな!髪を切っただけだぞ」
「なんのために切った。色気づいたな古谷!」
どうする。山根のやつ。いつもと違って、今日は、やけに絡んでくる。面白がっているのは分かるが、今のうちに納得させないと。どうにかうまくごまかせないものか。
「最近、視力が落ちてな。カゼで行った病院の後、ついでに眼科によったら、医者に進められた」
「眼か。大切だものな。なら食堂のランチにつくデザートで折り合いだな」
さすが山根。食い意地ははっているが、悪いやつじゃない。
「わかった。ランチのデザートだな」
気軽に受けてしまってから大問題に気づく。カバンの中に八島鈴(やしま れい)が作ってくれたお弁当があるんだった。
「もとい。今日から弁当だった。売店のシュークリームで許せ」
「グレードアップか!古谷らしくない。気前が良すぎるぞ」
くっ!山根浩二、デブの癖に鋭い。
しまった。お弁当のことを突っ込まれるとやっかいだぞ。めんどくさがり屋の僕の性格を山根は心得ているからな。
しかも、カゼで休んだ後に弁当を作るなんて明らかに不自然だ。山根の食い意地にかけるしかない。
「奮発するから、これからも盾として協力してくれ」
僕の依頼に山根はニヤリと笑う。法外な要求をしてくるんじゃないよな。
「毎日一個なら受ける」
こんにゃろ。やっぱり、足元を見られたか。が、背に腹はかえられない。百円のシュークリームにつられて、目くらましできるんなら安いもんだ。
僕は少しばかり胸を撫でおろす。納得できないが、この程度の要求ならなんとかなる。一週間もすれば落ち着くだろう。高校生なんて飽きやすいものだ。
「了承した」
僕が答えたタイミングで始業のチャイムが鳴った。
ホクホク顔で自分の席に戻っていく山根の後姿を見送った。
僕はこっそりと八島鈴の様子をうかがう。まわりに集まったクラスメイトの中心で、輝きを放っている彼女の姿はいつも通りだ。
凛としたたたずまいと芸術品のような美貌。三日前の僕なら無縁の存在。学園の神聖ヒロインとはよく言ったものだ。
それにしても、家でみせる屈託のない笑顔とのギャップが・・・。クラスメイトの誰一人として、よそ行きじゃない彼女の素顔を知らない。
八島鈴が授業の準備で散っていくクラスメイトを見送った後、一瞬、彼女と視線が交わる。彼女の緊張が崩れてように見える。そのかわいさにドキリとする。
隣の席の女子が彼女の視線の先を追う。
「ねっ。八島さん。古谷くんって髪を短くして凄く変わったよね」
僕は顔を背け、机に突っ伏して聞き耳をたてた。
「そうかなー。どんな風に」
「なんか、爽やかな好青年っていうか、ウブって言うか。顔を赤くしている姿が、かわいいかも」
「ふふっ。そうだね。クラスの男子にはあまりいないタイプだ」
この後、とんでもない事件が巻き起こることを僕はまだ知る由もない。
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