第15話 知らない女子

 古谷三洋(ふるや みひろ)の家から私立開南学園高校の正門までは歩いて約十分ほど。割と近くにある。


 便利ではあるが、今日はちょっとまずい。


 この先の小道を抜けたら、駅前通りに合流する。電車通学の私立開南学園高校の生徒たちが使う道だ。中にはクラスメイトだっているだろろう。


 学園の神聖ヒロインと呼ばれる八島鈴(やしま れい)と並んで歩いていたのでは、目立ってしょうがない。


 根も葉もないうわさが広まったら困る。って、実際はなにもないわけじゃないから、なおさら厄介だ。


 話に尾ひれがついて広がるのは目に見えている。高校生は他人の色恋ごとを好む生き物なのだ。事実なんてどうでも良い。


 って、言う事でとっても困る。僕の求める平穏で心穏やかな生活が崩れ去ってしまう。


「あのー、八島さん。この先は大通りだから、そろそろ離れた方が良い。一緒に登校しているなんて思われたら、色々と不都合があるだろ」


「どんな?」


「八島さんのファンがガッカリするとか」


・・・・・・


 古谷くん。上手に切り出す。けっこう頭が回るかも。困るのは私でもなく、古谷くんでもなく私のファン。


 別に彼らに好かれたいとは思わないけど、わざわざ嫌われる必要もないってことか。


 でも、それって大人の回答だぞ。


 古谷くんと一緒の所を見せつけて、告白してくる男子が減ってくれれば、私にとっては断る手間も省けるし、むしろラッキーかもしれない。


 少しばかり意地悪な考えが思い浮かぶ。


「私は気にしないけど」


「ごめん。僕、目立つのは苦手なんだ。その、直ぐに顔に出てしまうと言うか・・・」


 そう話す古谷くんの顔は既にゆでタコみたいに真っ赤だ。


 顔を隠す髪の毛を切ったので良くわかる。なんて、かわいいんだろう。


 食べちゃいたい。


 って、悪女みたいなことを考えている私だって顔が熱い。


 でも、古谷くんは気づいていないのだろうか。私の仕掛けた布石に・・・。


 独りで大通りにでても、どっちみち注目の的になるということを。


 髪を切ってアイドル並みの美少年になった彼を、ほっておく女子はいないんじゃないかな。


 ちょっと嫉妬心が芽生えるがここは抑えるしかない。風紀の厳しい私立開南学園高校。


 いとこ同士だと嘘をついても、同じ家に二人だけで住んでいるとなれば確実に問題になる。やっと見つけた私の居場所。引き離されるのだけは避けなれば・・・。我慢しなければ・・・。


「そうだね。古谷くん、先に行って」


「おっ、おう。じゃあ、また後で」


 古谷くんは右手を少しだけ挙げて挨拶し、彼、本来のスピードで大股に歩き出した。私はその後姿を目で追うように歩く。


 大通りに出ると案の定、古谷くんの存在に気付いた女子たちが彼に注目している。彼の後ろで塊を作ってヒソヒソ話さえ始まっている。


 あーもう。私も混じりたい。


 いけない。私としたことが。思わず顔の筋肉が緩んでしまった。私の周りだって似たような状況になっている。


 いつものことではあるが、気が抜けない。見られるってことはそれなりに面倒なのだ。気の抜けた顔なんてできない。


 目立つのは苦手なんだと言う古谷くんの意見に激しく同意する。


・・・・・・


 古谷三洋は一人で大通りに出た。私立開南学園高校の制服を着た生徒たちが歩道にあふれかえっている。


 多くは駅を利用している生徒達だから、グループになっている者が多い。そんな中を毎朝、ボッチで登校している古谷に声を掛けてくれるものはほとんどいない。


 道をふさぐ生徒たちの固まりを大股ですり抜けていく。


 学園の神聖ヒロイン、八島鈴と離れたというのにいつもと違って騒々しくないか?


 色々な視線があちらこちらと交差している。アイドルでも現れたのかと周りを見回す。


 やたらとキャーキャーという声が多い。朝だというのにキンキン声は耳にキツイ。普段より僕の周りに女子が多いような・・・。


 なんだろう?良くわからん。もともとアイドルや芸能人にはあまり興味がない。例えいたとしても見分けがつかない。


 僕は校門をくぐり抜け、私立開南学園高校二年八組の自分の下駄箱に辿り着く。


「古谷、おはよう」


 背中を向けて靴を取り出していると、クラスの数少ない友達、山根浩二(やまね こうじ)に背後から声を掛けられる。


 周りに集まっている女子たちから不満の声が湧き上がる。


「デブ、邪魔だろ。どけ」


「せっかく発見したイケメンがデブに隠れて見えないのー」


「誰だろあの子。転校生かなー。って、デブ。貴様に用はない」


 ずいぶんと失礼な言われようだ。山根はデブだがけっこう良いやつだぞ。クラスの女子には人気が無いが、男子にはそれなりに頼られている。


 僕は内履きを持って後ろの山根に向かって振り向く。


「山根、おはよう」


 山根は僕の顔をマジマジと覗き込んでくる。


「誰、キミ?そこは古谷の下駄箱だぞ」


 僕の顔がわからないのか、こいつ。確かに髪は切ったが昨日、今日の付き合いじゃない。


 ウソだろ。そこまで僕の印象は薄いのか。メチャ、ショックなんだけど・・・。


「はあっ?山根。僕がその古谷だ」


 山根は口をポカンと開けたまま、一歩後ずさった。


 うっ。なんか、知らない女子たちにスマホのカメラを向けられているんだけど・・・。

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