第14話 古谷家の一員

「いっそ、結婚しちゃおっか」


 朝食の最中にとんでもないことを口走ってしまった私。アットホームな雰囲気に、気持ちが緩み過ぎたと反省する八島鈴(やしま れい)だった。


 行き場のない私を拾ってくれた古谷三洋(ふるや みひろ)くん。髪を切って爽やかイケメンになっている。


「えっ」


 ちょっとガッカリな彼の反応。性格までは変わらないか。


 オドオドする古谷くんの顔もかわいい。


 だけど、やり過ぎだよね。彼はグイグイ押すタイプの女子はきっと嫌いに違いない。


「冗談。日本の法律では男子は十八歳迄結婚できないよ」


 八島鈴はひとまず誤魔化す。後ちょっと、十八歳を過ぎたら結婚できるよって伏線をはったけど気づいてくれないか。ちょっぴり残念だ。


 私の作った朝ご飯を、美味しいと何度も言いながら食べてくれる古谷くん。パクパクとテンポよく口に運んでくれるので気持ちいい。


 やっぱり男の子の食べっぷりはこうでなくっちゃ。


 その姿を見ていると自分の家での朝食が、とても味気ないものだったとあらためて実感する。誰一人として話をしない。


 継母は私のことを邪魔者扱い。血のつながっていない二つ上の義兄は、昔は良い人だったのだか、最近、いやらしい目で私を見ることがある。


 医大を目指して浪人中だから欲求不満はわかるけど・・・。そのせいで、私と義母の関係はさらに悪化する。父はそんな私たちを見て見ぬふりだ。


 血のつながった唯一の肉親なのに頼りない。父はもう家族より仕事を選んだと言う事か・・・。


 いつの間にか、自分の家なのに私の居場所はなくなってしまった。私は自分が自分らしくいられる居場所が欲しい。


「そうだ、黒に名前をつけてあげないとだな。こいつももう古谷家の一員だからな」


 古谷くんは、彼の足元でミルクをなめている子猫を見下ろしている。


 古谷家の一員っかー。私はどうなんだろう。


「そうだね。古谷くんはどんな名前が良いの?」


「そうだな。こいつは僕と同じオスだから、黒丸(くろまる)だな。忍者みたいだろ」


「クロマル?忍者?」


「うん。いつもは何処にいるのかわからないけど、飯時には必ず現れるし」


「そうだね!じゃあ、クロマルで決まり」


 私は黒猫の子供を抱きあげた。私を古谷くんに引き合わせてくれたキューピッド。黒い子猫の『クロマル』ちゃん。


「キミ、今日から『クロマル』だぞ。よかったね。名前をもらって」


 子猫の顔を見つめて言った。


 ミャー。


 かわいい。


 ミャー、ミャー。


 そうか、喜んでくれるか。私は思わず『クロマル』を抱きしめた。


・・・・・・


 古谷三洋は腕時計をチラリとながめた。


「そろそろ学校へ行かないと間に合わんぞ」


「うん。食器は帰ってきてから洗う」


「そうだな。それが良い」


「古谷くん。これ」


「んっ?なんだ」


「お弁当を作ったの」


「・・・」


 手渡されたお弁当の包みに声が出ない。リア充の必須アイテムであることは知っているし、朝食のレベルを考えれば不味いはずがない。


 だけど・・・。クラスの男子に見つかったらえらいことになるぞ。


「学食だと栄養もかたよるし、お金ももったいないよ。一つ作るのも二つ作るのも変わらないから」


 理論的に攻められると断る理由が見当たらない。一緒に食べるわけじゃないし・・・。


「ありがとう。ほんとに気が利くんだな」


「ふふっ。褒めてもらえた」


 八島鈴の満面の笑みは僕の心をトロトロに溶かしかねない。お弁当をカバンに素早くしまって告げる。


「急ごう。学校に遅れる」


・・・・・・


 二人そろって玄関を出た。並んで歩く。スタスタと歩く古谷くんの長い脚に合わせようとすると、八島鈴は早足になってしまう。


 私が遅れがちになるのに気づいたのか、彼は歩みを私に合わせてくれる。こういう気遣いができる男子ってカッコイイ!


 さり気なく私を歩道の内側にして、自分は道路側にまわって守ってくれる。公園で拾われ、彼の家に行くときもそうだった。自分のことしか考えていない、クラスの男子とは一味違う。


『クロマル』ありがとう。古谷くんはとても優しい。彼に拾われた私は幸せ者だ。


 八島鈴は、古谷三洋の大きな背中を見つめがながらしみじみと思った。今日からまた学校だ。私立開南学園高校二年八組。私と古谷くんの学校での関係は、一度も話したことのないクラスメイト。


 もどかしい。机をくっつけて、同じお弁当を向かい合って一緒に食べたい。朝から晩までこの背中にくっついていたい。


 む、む、む。寂しいぞ。二晩も一緒に過ごしたのに・・・。手さえ握ってくれない。心がモニャモニャする。


「はー」


 八島鈴は、いつもは凛としたオーラを放つ『学園の神聖ヒロイン』らしからぬ弱々しい心で、ため息をついた。


 でも、大丈夫。きっとうまくいく。そのための布石はすでに打ってある。


 古谷三洋は、まだその事を理解していない。楽しみだ。


 むふふ!


 知らずしらずに、顔を緩ませてしまう八島鈴であった。

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