第9話 泣くことないだろ

「学校、休んだのか?」


 僕が学校を休んでも、何事もなく変わらずに日常が続いているだろう。が、人気者の八島鈴(やしま れい)がいないとなれば、クラスの男子どもは、さぞや心配なことだろう。


 変なところで、彼女に看病されたことがバレたりしないよな。学園の神聖ヒロインとして八島鈴をあがめる男子生徒。殺されかねない状況を思い浮かべてゾッとする。


「古谷くん。まだ、顔色が良くないよ。明日もお休みかな」


 いやっ。顔色が悪いのは病気のせいじゃないから。まばゆいばかりの笑顔を差し向けないでくれ。


 もう一つの心配事を口にする。独り暮らしを始めるにあたって『問題をおこさない』という条件を親と交わしていたからだ。


「学校に連絡を入れてなかったから、問い合わせの電話が来なかったか」


「私の分も含めて休むって担任の橋本先生に伝えたよ」


「えっ!」


 頭痛がしてきたぞ!八島鈴、勉強はできるがポンコツだったりして・・・。


 いらぬ評判が立つだろ。いったいこの状況を、どう先生に説明したんだ。生活指導の権藤先生を連れて、家に乗り込んでこられても不思議じゃない。転勤先の親に連絡を入れられたらお終いだ。


「二人分まとめてか?」


「うん」


 うんって・・・。八島鈴、天然ちゃんなのか?話が見えない。


「心配しなくても大丈夫。古谷くんは私の『いとこ』ってことにしてあるから。一人暮らしを始めて心配だから親に様子を見て来いって言われて訪ねたら、高熱を出して倒れていたって伝えておいた。お大事にだって」


 なるほど、上手い言い訳を考えたものだ。僕では考えつかない発想だ。って、感心している場合かよ。


 いとこかー。こういう設定って、ある程度ほとぼりが冷めるまで演じ切らないと、変なところでボロが出るんだよな。


 しかも、この設定は八島鈴ファンに伝わったりしたらまことに厄介だぞ。確実に関係者リストに加えられ、紹介しろだのなんだのと面倒が降りかかる。


 担任の橋本先生はだいじょうぶだろうか。口が軽かったりしないよな。


「ふふっ。心配しなくてもだいじょうぶ。橋本先生には、古谷くんと私がいとこ同士だってことはプライパーシーだから絶対にだれにも話さないでって伝えてあるから」


 あれっ。僕、なににも言ってないよな。僕の心を読んだ?


「って、ことで安心して二人で暮らせるね」


「はいっ?八島さん、帰る気ないの?」


・・・・・・


 古谷三洋(ふるや みひろ)にそう問われて、八島鈴はどう返答しようか迷った。


 同世代の思春期真っ盛りの男子高校生と二人暮らしだなんて、世間一般の常識から考えれば非常識極まりない。公立校より厳しい私立の進学校だからバレたら退学に違いない。


 私はともかく、苦労して名門開南学園高校に入学させた古谷くんのご両親に合わせる顔がない。


 かと言ってようやく離れることができたあの家。父の後妻である女とその連れ子である義兄に乗っ取られた家に戻る気なんてしない。


 そんなことをするくらいなら、あの時、あの公園で、あのまま死んでしまいたかった。病気でこの世を去った母の元にいきたかった。雨に清められ続けて・・・。


「泣くことないだろ」


 えっ。私、泣いているの。母が亡くなっても、父が再婚しても泣かなかった、この私が・・・。古谷くんの前で泣いている。


「ごめんなさい。やっぱり迷惑だよね」


「まあ、正直、迷惑だ。美人にまとわりつかれるとなにかと疲れる。注目されるのは苦手なんだ」


 古谷くんはそこまで言ってから、ふーっとため息をついて続けた。


「でも、居たければいても構わない。涙がこぼれるくらいなら話したくない事情もあるだろうさ。理由は聞かない。どの道、この部屋はあいているし、独り暮らしの僕を訪ねてくる来客もない。好きにすると良いよ」


「古谷くん・・・」


「いゃー。参っちゃったなー。やんちゃな子猫が二匹になった」


「私、子猫じゃない」


「そうか。僕にはかわいい子猫にしか見えない。じゃないと夜中に襲っちゃうかもしれない」


「子猫は夕飯を作ったりしないもん」


 古谷くんのお腹がグーっと鳴った。でしょー。昨日の晩からなにも食べてないもん、古谷くん。


「・・・。腹、減った」


「今、温め直して持ってくるね」


「いや。ダイニングで食べる。寝てばっかりで体が痛い」


 私は久しぶりに独りじゃない夕食が楽しめることを喜んだ。


 ダイニングテーブルの向かいにある笑顔。ほのぼのとした昔を思い出して幸せな気分になる。あの時は本当の母がいた。


 ミャー。


 デーブルの下でミルクをなめている子猫が鳴いた。


 ふふっ。この子もいるんだ。胸がいっぱいになる。

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