第8話 私はきっと彼に恋をした
「ふわー」
男の子の体って女の子とは全然違う。筋肉でゴツゴツしている。思わず指先でツンツンしてしまう。それだけでなんだか頼もしい。
自分が男の子の服を脱がすことになるなんて、まったくもって想像していなかった。恥かしさで手が震える。
「急に目が覚めたりしないよね」
制服の上着を脱がして、ワイシャツのボタンを一つづつはずしていく。病人なんかだからしかたがない。看護師だって介護士だって普通にやっていることだ。
「ごめんね、古谷くん。でもこのままだと、風邪をこじらせかねないから」
寝息を立てている彼にと言うより、自分に言い聞かせる。ベルトを外してズボンのすそをそっと引いた。
八島鈴(やしま れい)は学校を休み、自分を拾ってくれた古谷三洋(ふるや みひろ)の看病をすることに決めた。
なにしろ彼は、熱を出した私を一晩中看病してくれたのだからお返しをしないわけにはいかない。体調が戻ったからって自分だけ学校に行くなんて非道なことはとてもできない。
なんど拭いても汗が噴き出てくる古谷くんの体に、せっせと濡れタオルをあてる。朝から看病しているからすっかり彼の裸にも慣れてしまった。
「ふー」
一通り拭き終えて、一息をつく。よし。今のうちに洗濯をしてしまおう。脱衣場を探し当て、洗濯機のフタを開ける。
「きゃ」
洗濯機の中を覗き込むと彼のトランクスが無造作に放り込まれていた。男の子の一人暮らしだから仕方ない。
男子運動部のマネージャーをしている女子が、合宿の時に部員の下着を洗うと自慢していたのを思い出す。
大したことじゃない。単なる布切れだと思えばいい。
それより着替えの服や替えのタオルがなくなることの方が深刻だ。一緒に洗っちゃおう。
汗で汚れたタオルとバスタオルを投げ込み、横にあった液体洗剤を振りかける。スイッチを入れると洗濯物がクルクルと回り出した。
それを見つめながら学校での彼のことを思い出す。
古谷三洋。ボサボサの前髪の大人しい男の子。まるで目立たず、ちょっと頼りない。
イジメられキャラではないが、いつも一人で本を読んでいるようなボッチキャラだ。
ギラギラとした思春期の欲望を私に向けてくる他の男子とはちょっと違う彼。
帰る場所もなく公園で独りでいる所を救ってくれた彼。
熱を出して倒れた私を真剣に心配してくれた彼。
彼が公園に訪れなければ私はどうなっていたのだろうか。
とても、さびしかった。
とても、寒かった。
とても、悲しかった。
私の居場所なんて、どこにもないと絶望していた。
彼が私の前に現れたのは偶然かもしれないが、これは運命の出会いに違いない。
彼といるとなぜだか安らぐ。
私の見た目だけで、周りがつくり上げた『神聖ヒロイン』なんて勝手なイメージから抜け出せるかもしれない。彼なら私を連れ出してくれるような気がする。
だってね。彼の素顔、かわいいんだもん。
気がついたら、私は洗濯機の前でニヤついていた。恥ずかしい。恥ずかしいけど押さえられない。
白馬の騎士なんて子供じみたことを考えてしまう。
熱を出して倒れた私を軽々と持ち上げて運んでくれたんだよ。お姫様だっこで。
嬉しかった。
たぶん、あの出来事を私は一生忘れない。
その後も紳士的に振る舞ってくれた。
汗を拭かれた時は流石に恥ずかしくて寝たふりをしていたけど・・・。
薬とか、買い物とかこまごまと気が利く男子。私が求めていた男の子は古谷三洋くんに違いない。
あーもう。ドキドキが止まらない。
彼の体を拭きに戻らなければ。私はきっと彼に恋をしたのだ。
初めての恋・・・。ふわぁ。どうしよう。
自分の容姿のせいで小学校の時からかなり目立っていた。言い寄ってくる男の子はいっぱいいた。その男子を目当てに女子も集まってくる。
笑顔さえ絶やさなければ私はクラスの人気者。だけど、お飾りでしかない。だれも私の中身に興味なんてない。
気がついたら、男女ともに広く浅く付き合うようになっていた。彼ら、彼女らか作り上げたイメージを壊さないように生きてきた。
だから私には親友と呼べるようなお友達も、彼氏と呼べるような男の子もいない。
たくさんの人に囲まれていても、私の心はいつも独りだった。
戻ってみると彼はベッドの上で目覚めていた。さっき拭いてあげたばかりなのに、もう汗がこんなに。顔も真っ赤だ。
家族が側にいたって、こんな安らぎを感じたことはない。この出会いを大切にしなければ・・・。彼は、いつかきっと私の帰る場所になってくれる。
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