第7話 みっ、見たのか!
柔らかな甘い香りに包まれて古谷三洋(ふるや みひろ)は目覚めた。レースのカーテンからオレンジ色の光が差し込んでいる。
んっ。
なんで僕の方がベッドで寝ているんだ?
ここは確か、八島鈴(やしま れい)を寝かせた客室のベッドだったはず・・・。記憶が混乱する。
雨に打たれた彼女が熱を出した。
彼女をベッドに運び、一晩見守るつもりでいたけど・・・。
結局、ベッドに突っ伏す形で寝てしまったような。
朝方、彼女に起こされる。
そこから先の記憶がない。
レースのカーテン越しに差し込む光は夕日だよな。どうやら夕方までまるまる眠っていたらしい。
彼女は・・・。
首を動かして辺りを見回す。
彼女の姿はどこにもない。
黒い子猫が顔の横で心配そうに僕を見つめている。
「おい、黒。八島さんは帰ったのか?」
ミャー。
だよな。今日は火曜日だから、普通に学校だってあるもんな。
ホッとしたような、ちょっぴりさびしいような。複雑な気分だ。
立ち上がろうとしたが、軽い目まいが襲ってくる。それほど辛いわけではないが、もう少し休んでおくか。
だれに気兼ねすることなく、時間を自由に使える気ままな独り暮らし。便利だが病気になったら困りものだな。
面倒でインスタントや冷凍もの中心の食事になってしまっていた。栄養がかたよって体力が落ちていたか。
もう少し自己管理をしないと、孤独死なんてことも・・・。恐ろしいぞ。
そんなことを考えながら枕の上に頭を横たえた時、客室のドアが開いた。
「まだ起きちゃだめだよ。凄い熱が出ていたんだから」
制服を着た八島鈴がなぜか顔を真っ赤にして、洗面器を持って立っていた。
んんっ。なにか変だぞ。僕の制服が部屋の端に掛けてある。昨日は慌てていて着替えていないよな・・・。
思わず布団の中で手を動かす。汗でベットリとシャツが体に貼り付いている。
げげっ。
下着しかつけていない!!!
僕の不安そうな顔に気づいて八島さんはうつむく。
「ごめんね。凄い汗だったから・・・」
嘘だろー。彼女の白くて細くて美しい手に目が留まる。僕は彼女の手を汚したりしてないよな。
「古谷くんって、なにかスポーツでもしているの?」
「なんで・・・」
「そのー。筋肉がけっこうついていたから・・・」
みっ、見たのか!ってか、見ただろ。僕の服を脱がしたよね。恥ずかしい。メッチャ恥ずかしいぞ。
彼女はポーッと顔を赤くしてモジモジしだした。
恥ずかしいのは、僕よりも彼女の方だよな。僕のことを心配している彼女に悪いぞ。
「ありがとう。迷惑かけたな」
顔を真っ赤にして首を横にプルプルと振る彼女の仕草が、なんともかわいらしい。ラノベあたりで良くある展開だが、まさか自分にふりかかろうとは・・・。
熱からくる汗とは別の汗が全身から一斉に噴き出すのを感じる。
「古谷くん。大丈夫、顔が赤いよ。凄い汗」
心配そうな顔をして八島さんが駆け寄ってくる。
って、原因は風邪ではないから。そんなに顔を近づけないでくれ。理性がぶっ飛んじまうだろ。
そんなことはおかまいなしの彼女。自分が学園では神聖ヒロインと崇(あが)め奉(たてまつ)られているのをどう思っているのか。
「汗を拭くね」
「あのー。ありがたいんだけど、八島さんの手を汚すなんてできない。自分でやるよ」
「ふふっ、残念。古谷くんは寝てたから気がついていないかもしれないけど、もう何度もやっているから」
彼女は慣れた手つきで洗面器の中のタオルをしぼった。
「・・・」
あ然として固まる僕。
「私、もう汚れものになったから。古谷くん、ちゃんと責任を取ってね」
僕の顔の直ぐ横で悪戯そうにささやく彼女は愛くるしすぎる。
どんな責任を取ればいいんだ。答えに窮(きゅう)する。
「えいっ!」
古谷三洋は八島鈴に布団をまくられてしまった。
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