第4話 ちゃんと私も拾ってくれたんだ

 買い物を手早く済ませて家へと戻る。独りで残してきた八島鈴(やしま れい)が気になって仕方がない。


 玄関で靴を脱ぐのさえわずらわしく感じる。雨に打たれて風邪を引いたくらい、それほど重症とも思えない。


 なぜ、そこまで気にするのか。今日、初めて言葉を交わした相手だぞ。


 学園の神聖ヒロインと呼ばれているくらいだから、美人なのは認める。だが、僕にとっては鳥や花を見て美しいと感じるのと変わりがない。


 鑑賞物として目の保養にはなるが、恋愛の対象にしてしまうほど僕は愚かな男子じゃない。自分の立ち位置くらいはわきまえている。でなければ、心穏やかな生活など望むすべもない。


 それなのに・・・。心のモヤモヤが一向におさまらない。まだまだだな。と未熟な心に鞭(むち)を打つ。


「気分はどうだ。バニラアイスを買ってきたぞ」


 自分のためなら絶対に買わない高級アイスのカップを差し出す。ソファーに腰を掛けている八島鈴。顔色はそこそこ戻ったようだ。


「これっ、古谷くんの服?」


 俺のジャージに着替えた彼女。男物だからサイズが合わず、かなりブカブカだ。そでから指先しか出ていない。


 ヘンテコな衣装でも、可愛く着こなしてしまうのが美少女の美少女たるゆえん。みように色っぽく映ってしまう。


「本当は妹の服を出したかったんだが、勝手に出すと無茶苦茶、怒られるから」


「へー。古谷くんって妹さんがいるんだ。そんな感じがした」


「どんな感じだよ。言っとくが僕と妹は犬猿の仲だぞ」


「ふふっ。仲がいいんだね」


「良いもんか。八島さんと違って、あいつにはデリカシーと言うもんがない。中学生にもなって、お風呂上りに下着姿で冷蔵庫の中をあさるようなやつだ。恥じらいくらいおぼえて欲しいもんだ」


 僕はいったいなにを話しているんだ。女の子に話す話じゃないだろ。


「いいなー。楽しそうな家族だね・・・」


 彼女は話しながら段々とうつむく。


「だいぶ暗くなってきたな。八島さんの家族も心配しているんじゃないか。電話して迎えに来てもらったらどうだ」


「私のことなんて心配したりしないから」


 母親とケンカして飛び出してきたんだったっけ。話し辛いのかな。


「子供の心配をしない親なんていない。言いにくいなら、僕が電話しようか」


 僕は戸惑う彼女のスマホを借りて、アドレスをタップした。


「鈴!いつまでほっつき歩いてんの」


 いきなりヒステリックな女性の声が、がなりたててくる。僕は耳からスマホを少し遠ざける。


「あんたの夕飯はないから。帰ったら自分で作りなさい!」


 結構、大変な母親だな。こりゃー逃げ出したくもなるわ。


「あのー。八島さんのお母さんですか?」


「あんた誰?」


「八島さんのクラスメイトの古谷三洋(ふるや みひろ)と申します」


「・・・」


「八島さんは体調を崩されて、少し熱があるようなのですが・・・。お迎えに来ていただけないでしょうか」


 僕は彼女の母親を落ち着かせようと、できるだけやわらかい声で話した。


「どちら様か知りませんが、鈴には家に戻ってくるなとお伝えください。兄が受験勉強で大事な時期に、変な病気でも持ち込まれたら困ります。あれには自由に使えるカードを持たせてますので、病院でも、ホテルでも好きに泊ればいいのよ」


 くっ。自分の娘をあれ呼ばわり。なんだこの母親は。はらわたが煮えくりかえる。怒りを押さえろったって無理ってもんだ。


「それでも母親かよ。ふざけるな!彼女はうちで預かります」


 怒鳴りつけて電話を切ってしまった。


 プー、プー、プー、プー。


 通話切れの音だけがむなしくリビングに鳴り響く。


 やっちまった。僕の心穏やかな暮らしはいずこへ。僕は恐るおそる彼女の顔を見る。ドン引きしてるよな。ほらみろ、目が点になっている。


「ごめん」


 僕は彼女に深々と頭を下げた。


「ありがとう。古谷くん。私のことで本気になって怒ってくれたのは古谷くんだけだよ」


「えっ?」


「やっぱり優しいんだね」


「いやっ。そんなことはないけど・・・」


「ちゃんと私も拾ってくれたんだ」


 今までどこに隠れていたのか、黒い子猫が僕の足にじゃれついてきた。


 ミャー。


 えっ、ええー。子猫と一緒にここに住むつもりかよ!!

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