第5話 やましい気持ちなんてない
バニラアイスを口に運びながらほほ笑む八島鈴(やしま れい)。その横でちっちゃな黒猫が餌を食(は)んでいる。
テレビCMみたいに絵になっているなー。ほのぼのとする。って、感心している場合じゃない。
なんか奇妙な展開になっていないか。僕は八島さんを拾ったわけじゃない。
確かに面倒をみるとは言ったが、あれは言葉のはずみと言うやつで・・・。てか、病人をほっぽり出すわけにもいかないわけで・・・。
「あのー、八島さん。今日は遅いから泊めるけど、明日はちゃんと帰るんだぞ」
彼女はスプーンを加えたままコクリとうなづいた。
良かったー。話せばわかる。
って、寝ちゃってるじゃないか。
スプーンが口からこぼれ落ちる。
僕はすかさずそれをキャッチ!
アンド、これまた落ちそうなバニラアイスのカップもキャッチ!
どうだ。見事な反射神経だろ。って、だれも見てないか。
それより、参ったなー。無防備にもほどがある。
かわいい寝息を立てながらソファーの上で頭をコックリさせる八島鈴。疲れているんだよな。
倒れ込みそうになったので、今度は横にいる黒猫と餌をどかす。彼女の体を支えてソファーに横たえる。
熱がないか額に手を伸ばす。うん。問題ない。
ちらりと顔をうかがう。閉じた瞳の上の長い睫毛。童話の眠り姫みたいだ。思わず顔を近づけてマジマジと眺めてしまう。
心臓が激しく高鳴っている。柔らかそうな唇が目の前にある。唇を重ねたら目覚めるのだろうか。バカな考えが脳裏をよぎる。
その小さな唇がモゴモゴと動き出す。
「古谷くん・・・」
うわっ。寝言かよ。危うくとんでもない罪を犯してしまうところだ。体を引いて離れる。
「拾ってくれてありがとう」
どんな夢を見ているんだ。
困ったぞ。
学園で神聖ヒロインと呼ばれている凛とした触れ難い感じが完全に抜け落ちている。
僕は餌をかっ込む子猫を抱きあげる。真っ黒な顔に向かってつぶやく。
「こんな所で寝たら風邪が悪くなるからな。決してやましい気持ちなんてないんだぞ。お前が証人だからな」
こいつは人じゃねーし、って思いながらも黒猫を降ろして、代わりに八島さんを抱きかかえる。男子のゴツゴツした体と違ってどこもかしこもふんわりとやわらかい。
彼女を抱きかかえるのは二度目だが、慌てていない分、色々と余計なところが気になる。ヘタレといえど、そこは高二男子。耐えるしかない。
起さないように注意しながら客室へと運ぶ。来客用のベッドに横たえて布団を掛けてあげる。
ふっー。
規則正しく上下している胸を見つめる。安心しきって眠る八島さんの寝顔をながめる。
一仕事終えてドッと疲れが出てくる。
後ろについてきた黒猫がベッドの下でミャーミャーと鳴き、ベッドの足をガリガリと引っかいている。
「お前も眠いのか」
そっと手で包んでベッドの上に持ち上げると、もぞもぞと八島さんが眠る布団の中へと潜り込んでいく。
「そっか。お前も人恋しいんだな」
一人で納得する。
夜中に熱がぶり返さないとも限らないし・・・。
一枚しかない毛布を取りにリビングへと戻る。半分残ったバニラアイスが目に付く。
「もったいないなー。せっかく買った高級アイスだぞ」
程よく柔らかくなって見るからにうまそうだ。誰も見ていないし食べてしまおうか。
彼女の小さな唇を思い出し、ハッとして思いとどまる。シンクで洗い流してカップを捨てた。
ヤバかった。色々な意味で欲望に悩まされる。
客室に戻って、椅子を引き寄せて毛布をかぶる。彼女の残した甘い香りが鼻をくすぐる。
途端に睡魔に襲われる。眠い。いつのまにか僕は彼女の横に突っ伏して眠りに落ちていた。
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