恋が進展するちょっと前

結城慎二

先輩だけど後輩な同僚に恋したお話

 二人の関係はちょっと複雑だ。

 会社ではあさしょうの方が二年後輩だ。

 ところが高校時代は遠藤えんどう咲季さきの方が一年後輩にあたる。

 この差は進学先に起因しているわけだが、本筋にとってどうでもいい。

 問題はこの複雑な立場が二人の関係性をより複雑にしているということだ。

 ぶっちゃけ聖輝は咲季のことが好きなのだ。

 高校時代にも、ほのかな恋心を抱いていた記憶がある。

 彼らの高校では、同じ運動部ながら男子部と女子部は近くて遠い存在だった。

 体育館の使用時間と練習量の問題で一緒に練習ということがそもそもなく、大会も男子部と女子部は日程がずれていたり会場が違うこともあった。

 なので学年が違う二人は、顔見知りの先輩後輩という以上の間柄じゃあなかったのだ。

 いや、今にして思えば、もっとお近づきになることも出来たんじゃないかと思わなくもない。

 実際、同じ部で付き合っていたやつもいるし、別の高校のコと付き合っていたやつもいるわけだから、つまるところちゃんとアプローチしなかった自分のせいである。

 多少彼のことを弁護するなら、当時の彼は部活に熱心で、その上奥手であった。

 高校時代の男子なんてものは、基本的に女の子に対して苦手意識があるもんだ。

 見た目で勝負ができるような男子ならその限りじゃあないかもしれない。

 黙っていたって女子の方からアプローチが来ることもあっただろうし、見た目のいいやつはよっぽど性格に難でもなければ異性から嫌われにくい。

 ところが、見た目で勝負ができると自覚している人間なんて世の中そうはいるもんじゃない。

 そうすると思春期に入る頃には


「女の子に嫌われるんじゃないか?」


「挨拶しただけで『キモっ』っとか言われるんじゃないか」


 とビクビクしだす。

 さすがにそこまで極端じゃあなかったが、聖輝も女子と話すのにやたら緊張したものだ。

 好きな女の子だけじゃなく、クラスの女子が相手でも当たり障りのない会話で嫌われない事ばかり意識していたことが思い出される。

 実際には、思春期男子の自意識過剰からくる被害妄想だとしてもだ。

 いや、妄想とばかりも言えない。

 実際、クラスメイトには男子目線で特に何も悪いことはしていない奴が、意味もなく女子に嫌われていたりするのを目撃していたのだから仕方ない。

 余談だとは思うが、聖輝は決して見た目が悪いわけじゃあない。

 むしろ女子人気は割とあった方だと付け加えておこう。

 ともかく、高校時代の彼は咲季に対してほのかな恋心を抱いていたものの、片想いで終わった恋と諦めていた。

 ところがどうだ。

 大学を卒業して就職したその職場に、その片想いの相手である咲季が先輩として勤めていたのだから、その衝撃はなかなかのものだったに違いない。

 しかも、同じ部署ときた。

 彼女の再会の第一声がまたイカしている。


「先輩!」


 である。


(いやいやいや、ここでは君が先輩だから)


 と心の中でツッコむのと、彼女の先輩が


「いやいや、ここじゃ咲季のが先輩だから」


 とツッコむのがほぼ同時であったことは多分ずっと忘れない気がする。

 そして、その先輩が


「知り合いなら話しやすかろ。咲季が教育係やれや。ちゃんと教われよ、浅井くん」


 と、ニヤニヤしながら続けたことこそ絶対忘れない。

 パワハラだろ。

 いじめだろ。

 と思ったことは言うまでもない。

 あれから八ヶ月。

 仕事にも、咲季を「遠藤さん」とさん付けで呼ぶのにも慣れたわけだが、どうにも心がざわつくことが増えてきた。

 気づくと彼女を目で追っていたりする自分がいることに気づいたわけである。

 それ以降、できる限り意識しないようにと心がけていたことが裏目に出ていることなど、当の聖輝には知る由もない。

 そんなこんなで知り得たことは、彼女の変わらなさと思った以上の人気の高さだった。

 見た目は確かに見違えるほど変わった。

 高校時代、伝統と称した無駄な規則でもって運動部に所属している女子は、全員似合わない短髪が義務付けられていた。

 もちろん似合う子もいたにはいたが、そんなことはどうでもいい。

 彼女に短髪は似合わなかった。

 今の咲季は落ち着いた大人めのメイクで、緩くウェービーなミディアムの髪を暗めのグリーンアッシュに染めている。


(夏には明るめのナチュラルメイクで髪型はショートボブ。全体はグレージュで毛先だけラベンダーアッシュを入れていたっけ)


 などと存外細かいことまで観察している聖輝である。

 どちらも咲季にはよく似合っていた。

 メイクのメの字もなかった高校時代も、くっきりした大きい目と血色のいい唇が愛らしい「素顔も別嬪すっぴん」だったけれど、今のキリリとした戦闘モードも聖輝の恋心を刺激する。

 それでいて誰に対しても壁を作らず程よい距離感でコミュニケーションを図り、同僚女性にも人気がある。

 ひい抜きに部署で一番の、いや、会社でもトップクラスの美人だと思う。

 見た目にも性格的にもだ。

 そんな彼女だ、たぶん狙っている同僚は一人や二人じゃない。

 入社早々絡んできた先輩もそのうちの一人だ。

 事あるごとに聖輝に絡み、咲季に近づく。


(判りやすいったらありゃしない)


 大学時代、運動部でそれなりに活躍した聖輝はその整った顔立ちもあってそれなりに女子人気が高かった。

 一年浪人したこともあり、高校時代と違ってスポーツに青春の全てをかけていたわけでもなかった彼は、それなりの経験もした。

 そんな経験の中には、男の嫉妬からくるいわれのない誹謗中傷の類もあったわけで、自分の中にもある男の醜い部分はよく判る。

 先輩であることを利用して咲季をファーストネームで呼び捨てにし親密さをアピールするとか、この手の男は学生時代にはよくいたタイプなのだ。

 とはいえ、やっぱりこの手のマウンティングは割と効果的で、聖輝自分の知らない二年間を思い知らされることになる。


「──ということでぇ、プロジェクトの成功を祝って打ち上げを行うことになりましたぁ!」


 三十近いのに今だに語尾が伸びる同僚女性の宣言にパチパチと拍手が起きる。


「時期も時期なのでぇ、忘年会も兼ねちゃいまーす!」


 「えぇ!」という声も上がるわけだけど、そこはそれ、しがないサラリーマンの懐事情はお寒いわけで、内心ではみんな「助かった」と思っていたりする。


「ということでぇ、大変急ですがぁ。明後日金曜日の七時からということで、会場も押さえましたぁ。予算は一人三千五百円なのでお釣りのないようにお願いしまぁす」


 これはあくまでも一次会の会費だ。

 当然、社会人なら(いや、大学のサークルの打ち上げだって)少なくとも二次会の予算は見ておくわけだけど、聖輝にはどれほど財布に入れておくべきか判断に迷う。

 社会人になって同僚と呑むなんてそんなにあることじゃなかったし、そういう時は「帰りに一杯」と誘われることになるので懐事情を言えばそれに合わせてくれた。

 上司と飲めば二軒目以降は奢ってもらえることもある。

 難しい顔をして頭の中でシミュレーションしていると、咲季が声をかけてくる。


「浅井さん。なに、難しい顔してるの? 眉間にすごいシワが寄ってるよ?」


 と、自分の眉間にシワを作って聞いてきた。

 その何気ない仕草が子供っぽくて可愛くて、聖輝は思わず吹き出してしまう。


「なによ」


「あぁいや、変な顔するから」


「ひど。いくら高校時代の先輩だからって言っていいことと悪いことがあるんですからね」


「ゴメンナサイ。先輩」


「あ」


 それは対咲季との会話で対応に困った時に使うある種の必殺技だった。

 これを使うと大抵の場合、むくれてそっぽをむく。

 その仕草は少女のようにあどけなくて、よく同僚の女性陣にもからかわれる。


「浅井くん、また咲季にその顔させてる」


 と、今回も同僚の人妻に見られて二人して顔を赤くすることになった。

 それは例のイヤミな先輩、内海うつみはるを刺激してしまうのだが、先輩を必要以上に意識してもいいことはないし、こっちもマウント取り返しているくらいの心持ちでいる方が「精神衛生上いいか」なんて聖輝は思っていた。


 迎えた打ち上げ当日。

 会場は居酒屋で椅子席の宴会スペース。

 現役時代何度か膝を壊している聖輝としてはとてもありがたい会場で、幹事には「グッジョブ」とサムズアップしたい気分だった。

 とは言えだ、ひとつ残念なことがある。

 咲季と離れていることだ。

 いや、贅沢は言ってられない。

 上司とも少し距離がある末席。

 隣には同僚のキレイな独身女性社員。

 片想いの相手がいなければ、こんな恵まれた席はない。

 ないんだけど……。

 聖輝にとってなにが不満って、彼の最も遠いところで遥斗が咲季の隣を陣取っていることだ。

 ビジネスマナー的には新人社員である自分の末席は妥当として、咲季はもう少し彼の近くにいるはずだった。

 それを上司が気を利かせてか


「今日は無礼講だ」


 なんて言ってくれたものだから、遥斗が咲季を奥の席へと連れて行ってしまった。


「あれってもうセクハラよね」


 と、隣の女性社員みずも言っている。


「やっぱりそうなんですか?」


 菜稚が飲んでいるのがカシスオレンジなのでお酌をするでもなく返答する。

 この席でビールなんて飲んでいるのはプロジェクトリーダーの上司と遥斗、そして聖輝くらいなもんだ。


「当たり前でしょ。馴れ馴れしく女子社員呼び捨てにしたりしてるのだって喜んでる奴なんていないっつーの。生まれる時代三十年間違えてるってのに気がついてんのかね」


 「そりゃあ、呼び捨てにされていい気分になる相手なんていいとこ恋人くらいだろうな」と聖輝も思う。


「それじゃ、どうしてセクハラで訴えたりしないんですか?」


「そりゃ、呼び捨て程度でいちいち目くじら立ててたら社内がギクシャクするからに決まってんじゃん。なんのかんのとまだセクハラがまかり通っちゃう国なのよ、日本って」


 菜稚はそれほどアルコールに強くはないようだ。

 まだおかわりもしていないうちにもう口も滑らかにセクハラと日本について語り出した。


「そんなもんですかね?」


「浅井くんはあんなんなっちゃダメだからね」


「はい」


「ところで、どうしてビールなんて飲んでんのさ」


「いやぁ……自分、体育会系なもんで酌を受けるために最初のうちはビールにしてるんですよ。そんなに好きじゃないんですけどね、ビール」


 などと話しているうちに上司が瓶ビール片手に彼らの方へやってきた。


「飲んでるか?」


 聖輝は慌ててグラスに残ったビールを一息に飲み干し、上司の前にそっと差し出す。


「いやぁ、君みたいな有望な新人が入ってきて、私は嬉しいよ。これからも頑張りたまえ」


 ビールを注いだ彼は、気分良さそうに自分の席へ戻っていった。

 注がれたビールを改めて一息で飲み干した聖輝は、背後の入り口前を通りがかった店員にモスコミュールを注文する。


「男子社員も男子社員なりに大変なんだねぇ……」


「何せペーペーですからね」


「今時、お酌がマナーとかこの国終わってるでしょ」


「そこはそれ、セクハラと同じで……」


「同じかぁ……」


「それに、お酌って案外便利なんですよ?」


「便利?」


 モスコを待っている間に咲季がクルリと席を回って彼の元へやってきた。


「楽しく飲んでる?」


 訊かれた聖輝はチラリと視線を遥斗に向ける。

 そこには案の定、面白くなさそうにこちらを一瞥する遥斗がいた。

 聖輝は飲み干したばかりのグラスをちょっと持ち上げてみせる。


「なるほど。咲季にばっか押し付けるわけにもいかないし、仕方ないから向こうに行ってくるわ」


 そう言って、菜稚は咲季に席を譲ると挨拶回りに出かけていく。


「ごめんね」


 去り行く背中に声をかけて、咲季は空いた席に座ると聖輝の持ち上げたグラスに申し訳程度にビールを注いでくれた。


「もう慣れました?」


 咲季は相変わらず敬語を使ってくる。


「んーん……なかなか慣れませんねぇ」


 と、こちらも敬語を使う聖輝である。


「なにが問題なんですか?」


「えぇと、が敬語で話しかけてくることですかね」


「あ」


 咲季が気づいたことを確認して、聖輝はニッと笑みを浮かべる。


「なかなか複雑なんです!」


「こっちも複雑なんですよ」


「もう……」


 それから二人は、聖輝が高校を卒業してからの話や高校時代の思い出話なんかに花を咲かせる。


「ところで先輩。高校時代、誰と付き合ってたんですか?」


「え?」


 ドキリとする質問だ。


「高校時代は誰とも付き合ってないなぁ」


 と、とりあえず本当のことを話す。


「高校時代は?」


 鋭い返しにドギマギせざるを得ない。

 さっきまでは終始、聖輝が優位に会話をしていたはずなのに一気に雲行きが怪しくなった。


「あー、うん。高校時代は」


「ふぅん」


「遠藤は、遠藤さんはどうなのよ?」


 やられたらやり返しておかないと不利になる。

 大学時代に覚えた防衛策だ。

 そうしないと一方的に斬られてしまう。

 先制攻撃をされてしまったんだから、せめてつぱり合いに持ち込まなければ分が悪すぎる。


「秘密です」


 語尾にハートマークがつきそうな言い方でけむに巻く。

 こっちは咲季の抜き打ちに危ういところをとりがたなで弾き返したというのに、こちらの打ち込みはひらりとかわされた。


(こいつ……できる)


 なかなかの修羅場をくぐっているようだ。

 聖輝は、こちらから立て続けに攻めていかなければ斬られると確信する。

 いやいや、なんの勝負だ!?


「ていうか、かわいかったから結構モテてたでしょ?」


「『かった』? かわい『かった』?」


「あ・いや、今もかわい……き、キレイデスヨ」


「なんで言い直したんですか? しかもカタコトで。ホントに思ってます?」


「思ってる思ってる」


「どうだか?」


 完全に後手後手である。

 いや、むしろ今は先に攻めたはずだ。

 それなのにいつの間にか守勢に回っている。

 せんまで体得しているとは、すでに名人の域である。

 それとも女というのは天性でこの駆け引きができるのか?

 などと考えてしまったのが運の尽き。

 立て続けに咲季に責められることになってしまう。


「先輩こそ、モテてたでしょ?」


「いやいや、そんなことはないよ」


「うそ。部員たちの中にも先輩のこと好きだったコ結構いましたよ? 例えばとう。覚えてます?」


 言われて聖輝は記憶をたぐる。

 確かにそんなコがいた。

 運動部員としては少々鍛え方の足りない体型のコだった。


「いたね」


「先輩が引退するまでに告白するって言ってたんですけど」


 聖輝の記憶にそんなイベントはない。


「え? されてないよ?」


「うそ」


「ホントだよ」


「おかしいな……告白ですよ? 覚えてません?」


 告白されるなんてイベント、思春期男子が覚えていないはずがない。

 それこそ下駄箱のラブレターでさえ覚えてるくらいだ。


「あ!」


「思い出しました?」


「下駄箱にラブレターが入ってたことなら二、三回あった」


「あー、それじゃダメですねぇ。李奈、残念。てか、やっぱモテてるじゃないですか」


 言われて思い返せば、決して不遇だったわけじゃないようだ。


「先輩と話してると結構嫉妬されたんですからね。あ、今度償ってもらおっと」


 屈託なく笑う咲季を見て「とばっちり」という言葉を思い浮かべつつ「悪くない」とも思う聖輝だった。

 その後、咲季が席を離れたのを機に聖輝もメンバーとの挨拶回りに繰り出す。

 一通り回り終えて自分の席に戻った頃、幹事が古式豊かに


「宴もたけなわではございますが……」


 と、一次会の締めに入る。

 それぞれが最初の席に戻って各自のグラスを持つと


「長々と話していても仕方ありません。積もる話は二次会でということでお開きにしようと思います。グラスに残っているアルコールはもったいないですよね? ということで……乾杯!」


 音頭に合わせてみんながグラスの中身を飲み干す。

 いやはや妙な慣習だと聖輝は思わなくなかったが、そんなところで新人が輪を乱すのもどうかと思うし、もったいないのは確だとけっこうな量で残っていたジョッキの中身を一気に飲み干した。


「二次会行くの?」


 飲み終えてみんなが拍手をした後、菜稚が聖輝に聞いてくる。


「みんな参加するんですか?」


「まさか。うちの上司はそこまで古くないって。むしろ、あの人は参加しないかな? いつも」


「そうなんですか?」


「意外でしょ?」


「誘っても来ないんですか?」


「来ないね。『上司がいたら話しにくいこともあるだろう。若いもん同士で楽しくやりなさい』って言ってさっさと帰っていくの。仲人か! ってね」


 どこのなにが仲人なのか?

 そもそも「仲人」ってのがなんなのか知らない聖輝であった。


「ところで……誰となら呑みたい?」


 とろんとした目と頬がほんのり朱に染まったキレイな顔に、悪どい笑みを浮かべて菜稚が訊ねてくる。


「え?」


 さて、聖輝はどう答えるのが正解なのか?

 幸い考えるポーズはおんなじだ。

 ただ、考えている中身が微妙に違う。

 単純に一緒に呑みたい相手を考えてはいけない。

 彼女の質問の裏には諸葛孔明も真っ青な深謀遠慮があるはずだ。

 あまり長く考えていてもそれはそれで弱みを握られる恐れがある。

 聖輝はスパコンが地球シミュレーターを演算でもするような猛烈な処理で思考する。


 素直に「遠藤咲季」というべきか?


 いや、多分それがいちばんの悪手だろう。

 というか、きっとそう言わせたい故の質問に違いない。


 無難に男性社員の誰かを指名する?


 ダメだ。

 二次会自体がつまらなくなる。


 じゃあ「水野さんと」と言ってみるか?


 そのあざとさは一〇〇パーセント見抜かれるに違いない。

 どんな切り返しに合うか判ったもんじゃない。

 思考することわずかに六秒、出た答えが


「俺と呑みたいんですか?」


 菜稚は一瞬きょとんとした後、バンバンと肩を叩いてきた。


「やるじゃん。そうきたかぁ! うん、呑みたい。呑もう!」


 聖輝は「孔明の罠」という窮地からかろうじて脱したようだ。

 そう思ったのも束の間


「咲季ぃ!」


 と、菜稚が大きな声で離れた場所で遥斗に誘われていた咲季を呼ぶ。

 これ幸いと思ったのか、遥斗をあしらってやってきた彼女と聖輝の肩を抱き、


「三人で二次会行くよ! 浅井くんの恋愛遍歴を肴にとことん呑もう!!」


 聖輝は孔明の罠はこちらが本命かと戦慄する。


「もう、飲み過ぎ。いつもそうなんだから。いい加減他人ひとの迷惑考えて呑みなさいよね」


「いいじゃん、咲季は友達でしょ」


「私はいいけど、先輩が迷惑するでしょ? ねぇ?」


 と、フってくる。

 いや、聖輝としては願っても無いチャンスでもあるわけで、当然


「いや、まだ時間も浅いですし、全然構いませんよ」


 と、内心ではドキマギしながら大人の余裕的な敬語対応で返答する。


「ほら、浅井くんもこう言ってるし、行くよ。ホラ!」


 菜稚は先頭に立って店を出て行く。


「ホントにいいんですか?」


「うん、両手に花で呑めるとか、むしろご褒美でしょ」


 菜稚を褒めつつ、さりげなく咲季にアピールする聖輝であった。

 咲季はほんの一瞬、聖輝を見つめて目をパチクリする。


「ん?」


「もう、先輩うますぎ、それで何人泣かしてきたんですか?」


「泣かしてないよ。ひどいこと言うなぁ……」


「菜稚に置いてかれちゃうんで、急ぎましょ」


 言いながら咲季は、聖輝の手を取って菜稚を追いかけ始めた。

 聖輝には顔を背ける直前、お酒で火照った頬がさらに赤くなったように見えたが、気のせいだったのか?


 いや、実は咲季も聖輝に恋心を抱いていた。

 いたわけだが……二人の恋が進展するのはまだちょっと先のお話。

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