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私の名前は対馬明衣。考古学者として大学の助教なるまでこれ程奇怪な体験は無かった。

生まれは武蔵村山で子供時代から他人と同じ行動をとりたくない。つまり、ひねくれている性格であった事を記憶している。いつも行き当たりばったりな選択をしては後悔する。そんな阿呆な経験が山ほどあるのだ。中学校はエスカレーター式の私立に通った。頭が良くないと言えば反論出来ない。勉強は好きでは無いが周りに合わせてとりあえず大学には入った。勿論、目指す就職先など無く、この時はまだ考古学に興味を持つことすら無かった。

大学時代はアルバイトをしては趣味のテレビゲームに興じていた。お陰で機械に詳しくなったのは幸運だったと思える。歴史好きの友人と交流した際、遊び心で書いた論文を渡した。彼は絶賛し、無断で大学教授に提出する愚行に走った。そこでその教授から考古学の道に進む事を提案された。その論文は従来の古代文明についての考えの矛盾を突く皮肉に満ちた私の心を無惨にも浮き彫りにするものだったのだがそれが面白がられた。この出来事が転機となり、以後は歴史学者を志すようになる。

大学院に入るとオーストラリアで発見された古代遺跡に興味を引かれた。その遺構について調べる事にした私は現地に出向く事にしたが猛獣だかが出たとかで結局辿り着けなかった。仕方なく現地に赴いた事のある研究者から話を聞くことにしたのだが、なんと我国の地下にも存在すると言う。都市伝説の域を出ないものでも私は貪欲に情報を集めた。

進展のないまま時間が過ぎたとき地下遺構の伝説をまとめた論文を、行き詰まりをみせた研究の紛らわし程度に発表した。それがとある企業に応援された。その企業は総合企業のNT社と名乗り、以後そこに就職する事を強く勧められた。


ゴンドラに乗って遂に大穴の底が近ずいた。大穴は高さ10キロメートル半径100メートルほどの綺麗な円を描いており、壁の模様を見る限り予想された岩盤を突き抜けているようだ。あの会社の連中がくり抜いたらしいが正直、よく掘ったなと関心せざるをえない。ゴンドラは恐ろしく速く、時速45kmと聞いていたが何せ窓のないエレベーターといった具合だ。開放感と揺れは不安にさせる。ゴンドラには武器を携帯した警備員が2人同乗している。私も武器を持たされた。どうやら下には熊が出るらしい。つまらない冗談に乗る気は無かったが銃のかっこよさが卑怯だった。

尖った砂利の地面に降りた。そこで駐屯基地などと物騒な呼ばれ方をする岩石を横に掘って作られた部屋で支度をする。地面こそ小石混じりの岩石だが快適な空間だ。ここを拠点に調査を始める。決して粗末でない昼食を摂ると直ぐに出発した。駐屯基地は大穴を囲むように作られ、四方に4つの鉄扉がある。厚さ150mmの鋼鉄の奥に行く訳だが北口から出た。

そこからは光り輝く水晶が無数に散らばる古代遺跡。都市と言っても差し支えない。岩石の天井があるものの、ニューヨークの街並みを彷彿させる硝子の入った建物群があるのだ。建物や岩石に苔の様に生える水晶は青白く輝いて余りの明るさに洞窟である事を忘れさせるものだった。

外から見て気付いたのだが、この大穴は実際は巨大な柱で天井を支えているようだ。まだ下があるらしく建物間の通路は私が立っている位置と同じ高さの鉄橋であった。1番近い橋はすぐ手前にあった為に好奇心のままにそこに駆け出して行った。

大きな時計の付いた建物に入った。現代的とも言えず、鮮やかなステンドグラスの輝く芸術面に秀でた造形。内部には人間大の水晶が人の通りそうな場所にあり、邪魔で仕方がない。水晶自体が光る為、文字の読み書きに支障ない明るさであった。内装は広さを重視した設計で床は部屋ごとに違うが大抵はコンクリートのようだ。階段は少なく、スロープが上下に行く主な手段となる。これはオーストラリアの遺構にも見受けられる共通点だ。鉄製の壁には文字と思われる模様があり漢字に似たものも確認できる。しかし、風化で殆ど見えない。鉄は不思議な事に錆びていない。風の影響。としか言えないのだった。

内装は何も無いが部屋の構造からオフィスビルのようだ。勿論、何かの文献が転がっている事は無かった。どうやら調査し終わったのかも知れない。

しばらく写真を撮ったりして見て回ると謎の振動が身体を伝わっていくのを感じた。気のせいと思ったが一定感覚で発生しているせいで気になってしょうがない。振動は徐々に大きくなっているようで、こちらから出向かわなくても来てくれた。それは熊ではない。到底見間違うことの無い。鋭い頭、長い爪があり、身体は黒い鱗で覆われ四足歩行の爬虫類に似た生物だ。私は一目散に逃げ出すと向こうも狂ったように追いかけてくる。気がした。いや怖くて振り返れないから全然わからない。しかし、煩い息が聞こえるのに爪が床に当たる音はしない。という事は肉球がついている可能性が高い。一か八かだがガラスの壁の前で闘牛士のように翻弄し、外へ投げ飛ばす事を思い付いた。目の前の部屋の床が木材だったからだ。私は壁際に来ると爬虫類に向かい、ギリギリまで来た所で横に飛んだ。すると床が体重を支えきれなかったらしく音を立てて落ちて行く。

想像していたものと違うが無事回避成功と言ったところか。しかし、運が良いだけだ。気を抜かず調査を続けようと決心した。

匍匐生物はここに上がって来るだろう。その前に早く移動しなければならない。そう思って渡り廊下を幾つか通る。まだ人の手が届いていないようで、机や棚などが残っていたが全て鉄製だ。紙は見当たらない。言うなれば紙を含めた情報媒体だ。まるで誰かが捜索する事をわかっていて隠したかのようにも思える。

「大丈夫ですか?…遠くで大きな音がしましたよね」

突然過ぎた為に飛び上がってしまう程驚いたがしっかりとした足取りで声のする方に歩く。

「誰?」

「よくぞ聞いてくれました。私はAH23-NTP01です。気軽にアユと呼んでください」

近くの机の上のスピーカーから声が聞こえる。気味が悪い程に人が近くで話しているようだ。ともかくこんな深い所に人がいるとは考えにくい。私の足はまた好奇心に動かされた。

「今確認しました。床が落ちていましたね。匍匐生物の仕業でしょう」

「あなたについてのデータは現在ありません。お互いに未知との遭遇になるのでしょう」

声のするスピーカーは通路の奥へと移動しており、導かれるままに扉を次々と開け進むと広場に来た。5階ぐらいの吹き抜けには巨大な機械が吊るされている。1階の楕円状のステージ中心に設置されているスピーカーが最後のようだ。

「ようこそ、エルドラドへ。お疲れの所心中お察しします」

「姿を見せない奴に何が分かる?」

「貴方様の頭上におります。直上です」

見上げると機械の真下に赤く光る物体があった。すぐにカメラだと理解した。

「ここは大穴駐屯基地から北、時計塔の真下になります。かつてはオフィスビルとして使われ、我が社の最初の調査が行われた場所でもあります。

私は先程申した通りAH23-NTP01との型式を頂いております。AHはArtificial humorの頭文字、西暦2023年のNT社製Prototype01番です。人工知能とは違い、目的を設定せずとも動き、未知の事象への対応も人間並に出来ます」

よく話す機械だ。内容からすると今、考えて話していると言うことだろう。

「そこから降りたら?」

「いやあ、貴方が立っている場所はよく大雨で浸水するんです。なので上から目線なのは仕方ないのですよ。もし気に触るなら謝ります」

どうやら、冷やかしのようだ。紅く光るカメラがモーターの駆動音を響かせる。

「うん、じゃあ謝れ」

「申し訳ございません。現在、解決策を模索中です」

当たり前のように嘘をつかれたが気にしている訳では無い。取り敢えず必要な情報だけ聞き出しておこう。

「さっき出会った、今のは何だ?熊か?」

「我々が匍匐生物と呼ぶ原生生物の1種です。説明しましょうか」

原生生物とは一般に動物にも植物にも分類出来ない生物の事だ。アユ曰くこの地下世界の食物連鎖の頂点であり、非常に凶暴な性格から、何度かNT社の方で銃による狩猟が行われているそうだ。その為、私に渡された銃は威嚇用で見せるだけで奴らはたちまち逃げていくと言う。

「彼らは賢いので、銃が殺害する為の道具だと覚えているのですよ」

「モデルガンって事か。これは」

ホルスターから銃を取り出す。黒光りするそれはモーゼル M712。ドイツ製のマシンピストルだ。

「いえ、実銃ですよ。最近製造された物です」

怖くなってホルスターにしまった。

「あんたは何でここに居るんだ?何も出来ないだろう」

「私は調査隊や特別機動隊のサポートの為に丁度真上で組み立てられました。ですが匍匐生物の攻撃により床が抜けてしまいこの通りです。あ、サポートの対象に貴方も含まれていますよ」

持参して来たヘットギアを装着するよう促され、付けるとアユの声が聞こえた。直接脳内に語りかけているかのようだった。

私の知らないAR技術で空間に映像を映す事もできるらしく、操作方法を確認してからまた調査を続ける事にした。

「さっきの匍匐生物の場所はわかるかい」

「付近一帯のセンサー等に反応はありません。過去の出現地点を記した地図を送るので参考にしてください」

ジェスチャーをすると立体の地図が目の前に現れた。赤く光る斑点が出現地点だろう。便利な時代になったな。

「近くに学者とか来ていないかな」

「学者ではありませんが長年ここに住み続けている者ならいますよ」

私の好奇心はその者に向いた。

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