2章 芳野と怪しい情報屋
芳野に義腕を手配したのは、八津坂光樹という”情報屋“だった。
見た目二十代後半といった風貌で、整髪料を使わずとも重力に逆らえる程度に短い髪の毛をして、いつも大きめの白いシャツを着ていた。
外見だけみればそれなりに整った爽やか青年なのだが、それが逆に、彼の胡散臭さのグレードを引き上げていた。
彼の特筆すべき点は情報屋という職業にある。金は持たず、情報の入ったタブレットだけを持ち歩いている。他に副業もなく、真に情報だけを売り買いし生活している。都市伝説にも匹敵しかねないレベルの奇人であった。
そんな男が何故自分を救ったのか、芳野には不思議でならなかった。腕を失った殺し屋など、生かしておく価値もないというのが常識だった。
無論、芳野は尋ねた。だが相手は情報屋。ただで情報をくれるはずなど無かったのである。
「君と取引がしたくてね」
大きな卵形のデスクチェアに背中を預けた八津坂は、タブレットをいじりながらそう答えた。その瞬間だけを切り取れば、新興企業の若社長ぐらいにはみえるかもしれない。
「出せるものなんかない」
その時の芳野には何もなかった。与えられた衣服と義腕。持っているのはそれだけだ。自らの所有物であるという感覚がない。差し出す物などあとは命くらいだったが、自分の命にそれほどの価値があるとは芳野には思えなかった。
だけど八津坂はふん、と頷き、チェアの回転を止める。
「あるだろう──君の腕を買いたい」
「腕はない。知ってるだろう」
トンチンカンな答えに、八津坂がすこし椅子から滑った。
「そっちじゃない。スキルだよ。技術を買いたいんだ」
奇妙な話だった。失敗した殺し屋の腕を買うだなんて滑稽極まりない話、聞いたこともなかった。
「……信じられない様子だね。だったらそうだ、試験をしよう。就職試験だ」
八津坂は椅子から立ち上がり、タブレットを芳野に見せる。依頼書。と書かれていた。
「なにこれ」
「いいから読んでよ」
訝しがりつつ、目で行を追っていく。標的と書かれた場所で、芳野の視線が止まる。二度見たが、内容に変化は無い。
芳野の腕を切った組織だった。
──あの時のノコギリの音が、鼓膜に蘇る。
八津坂はタブレットを抱え込みながら、再び椅子に腰掛ける。キャスターが転がって、すこし後退した。
「ここを潰しちゃってきてよ。そしたら取引成立」
「どうして──ここなんだ?」
八津坂は手の平を芳野へ向けた。意味している所はひとつだけだ。
──対価を渡せ。
無論、この時の芳野に渡せるものなどない。
「断ることは」
質問に言葉を重ねられる。
「そうそう、一人じゃ心もとないだろうし、お手伝いさんを貸してあげるよ」
八津坂がタブレットを操作して呼び鈴を鳴らす。すると、奥の部屋からファンシーないでたちの女性が現れた。ブロンドの軽くウェーブがかかった髪に、小さなハットを斜めに被っている。芳野に恭しく礼をしたが、その目は芳野を静かに睨みつけていた。敵を見た時のような感情が乗っていた。
この場で笑うのは八津坂だけだ。
「紹介するよ。朝川弥代生ちゃん、かわいい僕の飼い猫さ」
うさんくさいと思った。云い回しにも、否定をしない朝川にも。
「よろしくね、芳野花さん」
それと同時に、逃げられないのだな。と芳野は理解した。
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