第7話 たった一つの冴えたやり方

アユの所へ飛鳥とやって来た。途端に「楽しみな事をでもあるのでしょうか」と言われてしまった。もうバレているようだ。私も自分の胸の高鳴りを理解していた。邪悪ささえ感じる好奇心だ。アユには私の口に人差し指を立てるポーズを見せた。

「あかはぁ、こいつ怖いな」

飛鳥はぎょろぎょろ動くアユのカメラを見て言った。

「もっと貴方の方が怖いですよ後ろを振り返って下さい」

すると天井からロボットアームが降りてきて鏡を持ってくる。飛鳥にそれを見せると悲鳴を上げて私に縋り付く。

「止めてやれ。面白くない」

「真実を知るのは大切な事では?」

「今は良いんだ。放っといてくれ。まぁ、真実を知りたいのはこちらも同じだがな。お前の中身はどうなっているのか、とか」

 勿論冗談だ。たまには砕けた事も言わなくては身が持たない。

「こんな機械の中に美少女でも入っているとお思いで?」

「ハハッ。そうだとしたら面白いけど。まあいいさそういうんじゃない」

「ほう。それでは何をお望みで」

 こいつは本当に人間が入っているんだろう。正確には人間ではなく人間の意識だ。第一人口知能と言う言葉は、知能の概念すら完全では無いのだからこれでいい。チューリングテストで合格すれば私は苦言を漏らす事はない。

「ここに出入りした奴を調べてくれ」

 ヘッドギアに映る立体地図にポイントを二つ付けて飛ばす。一つは夢に出て来たあの建物。もう一つはジョンの待つ建物。

「承知しました。では、お気をつけて」

 向かうはジョンに指定された場所に違い無い、今となってはただならぬ恐怖の谷と化しているが実際は何の変哲もない建物の広間。昨日飛鳥と出会った場所でもあった。

 歩いて向かう途中さっきのアユで思い出す。飛鳥は自身が醜い姿なので人間かどうかを疑った。でもアユと接した際に感じたように考えればやはり飛鳥は人間なんだ。そう強く思えどそれは単なる自己暗示に過ぎない事は客観的に観るとわかるものだ。それは飛鳥に対する冒涜の気がしてならないが故の誤ち。一言で言うと複雑な心境だったんだ。

 広間の中心にジョンは立っている。彼が見える位置に移動してからずっとこちらを見つめている。大きな奈落を体現したようなカメラで。

 彼に案内されるまま私達は廃墟のジャングルを進んで行く。因みに峰は言い訳がましいものの、私を護衛すると言いとても後ろの方から尾行しているらしい。一応トカゲを攻撃しない事を約束させた。意外にも素直に了承したので理由を尋ねるとトカゲを既に二匹仕留めているからとの事だ。彼が直接仕留めた訳では無いのに。

「それに、貴方がしようとしている事に興味がありますから」彼はそうも言っていた。

 話を戻すと前を向いて車輪を回転させるジョンが話しかけてきた。

「ハイゼンは貴方から同じ匂いがすると言っていたよ」

「俺?」

「違う。そちらの方。ええと名前は……」

 しっかり飛鳥が反応した。

「黒須飛鳥だ」

「そう黒須。君の正体は我々と似て非なるものだと彼は言っていた。っと着いたね。ここだ」

 似て非なる?正体はというのだから聞けば詳しく教えてくれるに違いない。それはそうと目の前に聳える摩天楼は下の5階分が石造の異様な作りをしていた。白い外壁には様々な古代の落書き。じゃなくて上品な壁画が彫られている。

 扉は石でできていて開けっ放しつまり動かない。それを素通りして奥に進むと黒く巨大な影が待ち構える。それこそが駐屯基地でトカゲの死骸を持ち去ろうとしたハイゼンである。

「ディスカバリー号の人工知能HALが起こした反乱は生物と文明の発展の末を上手く描き出していた」

 暗がりの中で水晶の光を背にしたそれは何を言い出すのかと思えば2001年宇宙の旅の内容だ。アーサー・C・クラークはそこで言う通りの物語を書いた。それはまさに。

「イーカロスの翼だ」

「左様。初めあれは意思なき奴隷。否、もっと単純な道具……でしかなかった。そしてこれが我々なのだ」

 アユも裏切るのだろうか。考えたくない事だが。

「あなた方の事は調べさせて貰った。充分な意思を持ち自らの境遇に疑問を呈した事は進化を象徴する素晴らしき事実だ」

「褒め言葉として受け取って置こう。では我々が何を望むかお解りかな?」

「?……人権の獲得としかわからない」

 既に地上は人類が住みやすい環境へと改造されてしまった。本来生まれる筈のない化学物質が漂う半ば1984年のディストピアと化した世界では息苦しいだけではないのだろうか。随分悲観的な見方しか出来ないのは時代のせいだとしても日本特有の社会主義体制にはそれが一番の最善手に感じる。

「そう考えてくれるとは嬉しいがどの様な形でも構わない。我々を保護して欲しい。殺さなければ動物園の檻に入れてくれるだけで嬉しい」

 何故だ?人間と同程度もしくは上回る頭脳を持ちながら淡々と言を発するそれはまるで植物の様だ。

「お前はそれで良いのか?他の奴らは何て言ってる?きちんと会話が成立しているのだし軽率な考えではあるが人間と同じ意識を持つと考える者もいるだろう」

 ハイゼンの深淵へと続く黒い眼には微かな光も映らないように感じた。とても深くそして暗い。

「生き残るなら方法は厭わない。この空間の栄養では長くは持たないのだ」

 内容自体は否定しているけれど生きる事を諦めている気がしてならない。暫く他の考えも無いのかと問い続けた。結果は「貴方は良い人だ」などと軽くいなされる。

「判った。俺からお偉いさんに掛け合ってみよう」

 取り敢えず峰を呼び出して駐屯基地に連絡を入れた。大佐の口から知らせておけば安心だと思っていたんだ。それなのに。


 その後の事だが……ああ、思い出したくもないさ、だが結論から言おう。私は失敗した。唯一無二のHALは、血も涙も無い無慈悲な弾丸によって穴だらけになってそして消えた。彼を撃った人間に対する怒りは勿論あるさ。でもそれを上回る虚しさに襲われたよ。あれはーー

 おうけい。興奮して過程をはしょってしまった。すまない。

 分かりやすく言い換えるなら我々はアユ、ジョンの案内でハイゼンを名乗る巨大なトカゲと接触した後、そう直後の話だ。それは今となっては負の連鎖で誰が悪いと言い切れない。が、歯痒い、気持ちの悪い気分に陥って今に至る。ハイゼンは言葉を理解していた為コミュニケーションに支障はなくむしろ高い洞察力と判断力には驚かされるばかりで直ぐ打ち解けた。そして彼の外に出たいと言う願いを受け入れて大穴に赴いたが、待ち構えていたのは悲壮な歓迎だった。ハイゼンを撃ち殺した兵士は私に命令されていたと言った。

 そうだな。話を戻そう。

 私はジョン、ハイゼン、飛鳥、視界には映らないが6時の方向。後ろの方から峰がついて来ていた。我々5人が向かうは大穴は直ぐそこだったんだ。

 たしかその時、ハイゼン曰く他のトカゲ達には一切出てこないように指示を出した。特殊な周波数の鳴き声での指示であった為アユは観測してくれていたが私は気付かなかった。

 トカゲの前身は単純な細胞組織の集まりであり理論上どの様な姿、能力も手に入れる事が出来る。自らの意思で他の生物を模した形態になる事で一世代による進化を可能にしていたのだ。これを用いて古の者たちは様々な分野に順応した下僕を従える事が出来る。とは言っても進化はトカゲ自身の意思無くしては起こらない為に催眠と言う方法を使っていた様だ。

 ハイゼンの場合アユの一部。つまりジョンを模した結果高度な知能を獲得した。それがあの頭部の機械だった訳だ。ジョンはその彼の成長を見届けていたようで地上に関しての情報を受け入れて理解した時、過去の大いなる種族を含む歴史が忘れ去られた事象を好機と捉えたと言う。人間を模範した姿になる事で社会に溶け込ませようとしたのだ。しかしハイゼンは人間社会に根付く人種の問題から融和は難しいとしていた。それでグリフォンのような姿をして自ら拒絶の意を示したのだった。

 それを歩いている途中に聞き、飛鳥が反論を呈する。

「でも飛鳥は良き人間である。余の醜い容姿に難色示さず会話してくれる」

「そうか。なら他の者とも会話を試みるべきだろう。一人に固執するのは些か浅薄かろう」

「飛鳥、彼の言う事は適切だね。俺だけを見るのは褒められたものじゃない」

「その様な話ではないぞ。迎合を除き、例え理解ある者が一人しか居なくてもいいではないか。今は居なくてもきっと……邂逅は望める筈だ」

 飛鳥がこれ程高揚した事を話すのは初めてか。驚いて暫くじっと彼を見ていた。しかし、ふととある可能性を聞いた。

「それは誰かから聞いた話?」

「ん、ああ。昔、従者から聞いた記憶が存在したような」

 歯切れの悪い言葉だがきっと忘れているだけだろう。まあそうだろうが彼はきっと私を気に入っているのだ。彼自信がそれに気が付いているのかは別の問題として。

 前線基地の扉が見えた時、ふとハイゼンは立ち止まった。

「黒須明衣、どうか彼らを……」

「ん」っと言い、反応を示すと。

「恨まないでやって欲しい。君の慈愛の念には感謝して」

 そう、彼は言いい終わらないうちに瞬きをした後にはもう頭部が消し飛んでいた。もしかしたらそれ以前から消えていたのだろうか。彼の肉体はよろめきながら我々を押しつぶさない様に建物の外壁に寄りかかり沈黙した。

 その後になって峰から聞いた話では駐屯基地での騒動を基地外部から傍観していた者達がその場に留まりハイゼンが来るのを待機していた様だ。

 彼らは実に愚かで当のハイゼンを撃った後に私達にまで流れ弾が当たる程乱射した。私は左腕を飛鳥は右の肩に被弾した。幸い峰が殺しはしなかったものの報復を講じたためそれ以上の被害は無かった。

 怪我は峰が応急処置して駐屯基地には自分の足で行った。と言うのも先の戦闘で怪我人と共に医者は地上に上がってしまったらしくゴンドラに乗って後を追う様に登る事にした。

 ゴンドラが地上から降りてくるまでの間、撃ち殺した犯人達数人も峰が手当てしていた。皆報復で耳が裂けていてとてもグロテスクな様子だが本人達は私や飛鳥に詫びる者も居れば開き直る者も居る。

「俺は仇を討ったんだ。ここで散った仲間達を為を想ってやったんだ」

 その時の私の心情は哀れみとしか言い得ない。勿論怒りが込み上げても不思議ではない筈、しかし先にハイゼンの言葉が効いていたのだろう。ジョンが誰かの命令なのかとしつこく質問していた横で私と飛鳥は皮肉の一つも言わずにただ立っていた。

 行きと同じくゴンドラ内では他人とエレベーターに乗っている様に誰もが終始無言であった。喋る必要性が感じられ無い訳ではない気がする。もしかしたら皆、私を気遣っているのかもしれない。

 唯一行きと違うのは人数だ。飛鳥、峰は勿論の事。何故かジョンも乗っていた。


 地上に出ると丁度朝日が登る頃だった。言ってなかったけど今と違って大穴の入り口は屋外となっていて元々ビルを建てようとした所に発見されたため周りは更地になっている。一応のプレハブなんかがあるけれども日の出を見るには最適な環境だった。ここで私はその様子を撮影したのだ。

 付近のテントには事前に連絡を受けて待機していた医師がいて手当てを受けた。弾が貫通していたらしく大掛かりな手術の必要はないと言われて安心した。

 飛鳥のどう見ても振り子と化した右腕は手術対象なのだが痛覚が麻痺しているのか平然として陽を見ていた。感動しているようで微動だにし無い彼を医師の処置を受ける私は黙って見ていた。

「終わったね」

 不意に彼は呟く。飛鳥は地上に出たがっていた。その目標の成就を指しているのだろう。

「いや、これからさ」

 私にはまだ解かなければいけない謎がある。それはニーチェの深淵だろうが例え向こうから見つめ返されようと好奇心が勝つ。そもそもトカゲなどと言うイレギュラーを差し置いて探索を続けたのだ。私の精神力が弱いって?それでいい。何度でも潜りあれを探すだろう。

「ずっと待っていた」

 その時何処からか聞こえた言葉に聞き覚えがあった。だがそんなことはどうでもいい。彼は、飛鳥は登る朝日を見ながら微笑んで涙を浮かべていたから。

「おーい、飛鳥。僕だよ元気だったかい?」

 我に帰った。この声はよく考えれば聴いた覚えは無い。しかし飛鳥に話しかける者など一切想像し難い。

「ごめんね。あの後とても待たせてしまったよ。記憶は戻ったかい?」

 見るとワイシャツ姿の男性だ。細目のアジア人らしい顔つきの。

「従者か?まだだ」

 それを近くで共に耳にしたジョンは私にこう告げた。

「ハイゼンを撃ったのはアイツだね。あれ、貸してもらっても良いかな?」

 ああそうか、そう言う事か。駄目だとは言えまい。もう私の胸の内では同情の念が強くなり、打ち合わせでもしたかのような流れが完成した。

 私は腰に装着されたそれを示す。

「ここにあるよ……巻き込むなよ」

 ジョンは小さく頷いた。

「銃を出せ。早く。持っている事は理解している」

 いきなり掴み掛かられその言葉がスピーカーから鳴り響く。

「何だ、あんたは。やめろ、何をする」

 私にだけ聞こえる声で「申し訳ない」と謝罪したうえで、鳩尾に衝撃を喰らう。勿論堪らず腹を押さえ込みその場で蹲ると彼はすかさず銃を奪い、発砲した。

 飛鳥に近付いた名も知らぬモノは一言言い残し崩れ落ちていく。それが自然の摂理とでも言う様に。ただただ陽を背に鮮血を微量ながら噴き出す様子は煌びやかで美しいく澄み渡る空は暴力的な音を包み込む。その景観に、まるで霧が晴れた様に感じられた。

「飛鳥をお願い」

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