第5話 蜥蜴の王

 巨大な生物が去った後、負傷者を優先的にゴンドラに乗せて運び出した。トカゲの死骸は感染症の危険性から誰も手を付けず外に放置されていた。付近の学者から聞けば剥離した鱗等は回収しているものの、生死を問わずトカゲ自体の回収は初だと言う。回収出来ればの話だが。

 その学者としばし他愛もない会話を楽しんだ所で何気なく私はトカゲに狙われている気がすると言った。すると彼女はポケットに翠色の水晶が入っている事を見破った。なんでも水晶を持ち歩くとトカゲにしつこく追いかけられるそうだ。まあ追いかけられたのは石動と同じ警護の者でその後はどうなったかわからないそうだ。きっと死んだだろう。

 基地内が騒がしくなるなかで私は飛鳥と共に食料を漁っていた。初めて来た時にも勝手に取ったが帰還する学者が不定期と言うのもあって自由に持っていっても構わないのだ。

 言い遅れたが私はこの時、一時的にNT社に雇用されている。それは前に述べた通り、地下都市の存在が企業秘密である事に起因する。一時的とは言ったものの簡単には出して貰えないだろう。そうだとすれば気が済むまでここで非現実を味わいたいと思い募るばかりだ。

「地上に出ないか?」

 不意に思い立って飛鳥にそう提案するも

「駄目だ。それは受け入れられない」

 と迷わず拒否される。訳を聞くと言い訳を考えるかの如くモゴモゴと喋りだした。

「外界に出るのは従者が戻ってきた時と約束しているし、何よりこの顔は……無駄に人々を怖がらせる」

「そうか。そうかもしれないな」

 そこで私はバックパックからゴーグルとバンダナを取り出して飛鳥に着ける。元々砂漠の砂嵐対策で手に入れた物だが入れっぱなしなのが幸運だった。装着している最中、飛鳥は全く嫌がる素振りを見せずに黙っていた。

「知性溢れて素晴らしいと思うよ、飛鳥は本を沢山読んでいるから。でも実際に人間社会を体験しなくちゃこれ以上の進歩は無い気がする。ほら、これで気になる所は隠れたんじゃないか」

 そこで改めてどうするかを尋ねると

「検討しよう。あ、いや。ありがとう」

と言ってくれた。

 激しく動かしても支障の無い食べ物を探している所にアユから通信が入る。

「申し訳ありません。黒須飛鳥を私の元へ来させてくれませんか?ほんの仮説に過ぎませんが、黒須飛鳥は匍匐生物の近縁種である可能性があります」

「なぜ今更言う」

「正直、見くびっていましたが石動海月は強力過ぎます。少しでも尻尾を見せたと判断出来次第、抹殺する事でしょう」

「あんたは一人で守れるのか?」

「隠す事は出来ます。それで十分でしょう」

「少し、考えさせてくれ」

飛鳥を隠した所で帰って怪しまれるだけだ。なら私が全力で守った方がいいのではないか。それに飛鳥本人は自身を人間だと信じている。いや、信じ込ませている。

 まさかこうなるとは考えられなかった。頭痛がする。いつもそうだ。深く考えると酷く混乱する。上下左右が分からないとかじゃなくて——。

「大丈夫、ですか?現在混乱していたようですが」

 可能性に頼るのはいけない事だがふと、先程の大型のトカゲとの対話を思い出した。あの時の石動は口は悪いが確かに敬意のようなものが見え隠れしていたのだ。敬語だからという理由ではなくただの感。そしてそれを考慮すると知的な生物にはむやみやたらに攻撃するとは思えない。

「ああ、大丈夫だ。考えがまとまった。飛鳥は俺が守る。逃げても捕まる未来が見えるから」

 飛鳥が周囲の投げ捨てられたバックパックに麻袋と食料を不慣れな手付きで押し込んでいる。

「なるほど、では私も出来る限りを尽くしましょう」

通信を切ると飛鳥達の元に駆けて行った。

「お待たせ。ちょっと考えててな」

 石動に私がまた調査に出発する意向を示し、一定の成果が出次第帰還するとの趣旨を話した。勿論、先程のトカゲにも言及して攻撃的でないと言う一元的な見通しを共有。先手を打たれる前に成果が出なければ明日に帰還すると言い切る。流石に二日続きで彩乃がついて来れるとは思えないからだ。とここまで考えて一気に吐いた訳だが一度、頭が真っ白になってから降って湧いたようなものだ。いずれ後悔するだろう。

「飛鳥、地上に行くか?それとも俺と調査に行くかい?」

 誘っているのではない。絶対に連れていくつもりだ。バックパックを背負い直しながら飛鳥を見るとまた頷いて、今にも行きたそうに息を弾ませている。

 一様、石動に礼を言わなくては。

「少しの間だったけどありがとう。君はコイツを持っていくんだろ」

匍匐生物の死骸を指す。

「ええ、やっと仕留めた獲物だもん。会社からの報酬が楽しみ。もちろん、博士にも分けてあげるよ」

 博士って俺?と聞くと、飛鳥が言っていたと教えてくれた。

「報酬ってどれぐらい貰えるものなのかい」

 彩乃は少し困った顔をして間を置いてから小声で耳打ちした。

「一体4000万」

分けるとの事だから普通は喜ぶ所だろうが私は不吉なものを感じ取り不覚にも震えてしまった。

「すごいね」とか適当に言って失礼ながら直ぐに立ち去ろうとした。彼女にライフル銃を返そうとすると別の銃を代わりに渡された。あの銃は彼女の所有物だがこちらは支給されたものらしい。匍匐生物は倒したので要らないと断ったのだがさっきのデカブツに襲われた時用との事だ。


 時計塔の文字盤の針は9:30を指していた。午後だ。前線基地では仮眠室が用意されているので寝ておこうかと考えるうちにもう後戻りするには遠い距離まで来てしまった。

 図書館を目指していた。一度来たことがあるが前は匍匐生物に追われていたからか、今思えば基地の近くと言えそうだ。相変わらず、水晶が道に生えていて、中には噛み跡があるものまである。

「トカゲモドキはこれを食ってたのかなぁ」

「捕食の時を見た事がある」

「栄養なんて無いと思えるんだがなあ」

「これは化石みたいなものだ。大昔にここに住んでいた者達の慣れ果てと聞いた。以前も話した余の世話をしてくれた者からな」

 ここに住んでいた者。それは偉大なる種族だろうか。何はともあれ有機物と見て間違い無さそうだ。

「なるほど、なら、君も食うのかい」

「いや、何も口にするなと言われた。結晶は毒が含まれているし、余は補給無しでも十分なエネルギーを保持している」

「補給無しって、何歳なんだい」

「すまな、ええっと、ここは1年という概念が存在しないのだ。西暦2000年生まれだと言うことはわかる」

「19年も食わず嫌いか」

「そう言うな」と鼻で笑いながら返した。初めて笑ってくれた気がする。

 前々から気付いていた建物の壁の絵を再度調査した。あの時は掠れて見えづらかったが今度はチョークを持って来たのでそれを溝に押し付けていく。国の史跡なら犯罪である。暫くしてそこには楔形文字と地図が浮かび上がる。日本列島とオセアニアの島々、その下に暗黒大陸。楔形文字は読めない。しかし地図に書かれている線から移動経路を示しているのは間違いなさそうだ。

 今いる地点から5階下り、東に建物を二つ移動すると軍需工場跡に辿り着く。ただ前の事があってまた行く気にはなれない。取り敢えず写真に全て収めて後で考える事にしよう。

 図書館につくと飛鳥に勧められて低い机の前に座った。くたびれた座布団を二枚重ねて差し出されたのでそのまま尻の下に敷く。

「さっき基地で何か食べた?」

「パンを貰った。消化出来なさそうな味だったな」

乾パンだった。私のバッグにも同じ物がある。

「さっき飲み物を貰ってきたんだ。飲む練習でもしてくれ」

基地から勝手に取ってきたペットボトルのジュースを二本机に置いて差し出す。

「ここについて知りたいんだが、何から話したらいいか分からないと思うんだ。だから俺から質問をしていくから可能な限り答えて貰いたい」

「了解した。だがあまり期待するなよ」

 ジュースを手に取ったものの開け方が分からず苦戦していたので開けてあげる。私がもう一本のペットボトルを開けて飲むとその様子をじっと見て真似して飲んでいた。

「じゃあまず、この部屋について聞こう。何の本があって誰が置いたのかい」

「誰が置いたのかは分からない。ただ余の従者は教育の本と言って読み書きや話し方を教授してくれた」

飛鳥の背後の本棚には学校の教科書が見える。小中学生から専門高校のものまであり、何度も読んだからだろう。背表紙が剥がれているものもあるようだ。

「その従者について教えてくれ。いつからいたとか」

「余が物心着く前からいたと思われる。それから、」

飛鳥は頭を搔いた。

「時間の概念が存在しない為いつまで、と言い切る事は出来ない。ただ、ずっと前に強く生きろと言われて出ていったきり帰って来ない」

強く生きろか、まるで捨てた様に聞こえる。

「あの結晶はなんだい?外の物より綺麗だね」

 私は机の上の赤い水晶を指指した。

「あれも外の物と同じで赤と黄色の物だけを集めたのだ。従者はエネクス結晶と言っていた」

聞き捨てならない言葉だ。エネクスだと。あれは近年になって発見された次世代エネルギー物質だ。まさか

「あれも例の種族の慣れ果てかい?」

「ああ、そうだろうな。なぜああ成るのかは知らないが」

地上の者たちはここをエネルギー資源として見ているのか。そうなると恐らくとも数年前からエネクスの存在を理解していた彼の従者が知りたくなる。しかし幾らか質問してみても先程の説明以上の答えは期待出来なかった。

 考えながら何気無く本棚を眺めると興味深いものが鎮座されている。大砲クラブものといわれるジュール・ヴェルヌの「地球から月へ(月世界旅行)」、推理小説の原型になるエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」等、趣味を選ばぬコレクションは持ち主を知的な博識高い人物と思わせる。だが、思わせるだけの小道具である可能性、もう少し捻ると黒須をその様な人物にするよう強制したのかも知れない。まぁ、後者は当たりだろう。

 近くに気になる場所があったので一人で出掛けようとすると飛鳥も付いてきた。

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