舞うが如く12話-2「舞うが如く!」



 ミズチは斥候隊の手引きのもと、マシュマロ伯の屋敷の裏側までたどり着いた。屋敷後方は手入のされていない小山となっており、一同は山頂に身を潜めて屋敷を伺っていた。


「市街地のど真ん中に要塞なんか作りやがって」

 と、斥候兵の一人が悔しげにつぶやく。彼の言うとおり、厚い塀はさながら城壁のように屋敷をぐるりと囲み、狙撃兵や機関銃、果ては大砲まで配置されていた。


 そして、四方余すところなく、守備兵達が展開し、警戒の目を光らせている。

「ボクが破った正門はまだ補修されていないみたいだ」

 ミズチは遠眼鏡を覗きながら言った。

「その代わり、機関銃陣地を門前に置いていやがる。その後ろは小型の臼砲だ」

 などと話すのは、斥候隊を束ねシバミ伍長だ。

「臼砲?」

「臼みたいな形しているだろう。山なりに砲弾を発射する。あんなのが降ってきたら、隊列はひとたまりもない」

「フムン。あんなのが相手では、手をこまねくしかないか」

 と言うと、ミズチはシバミに遠眼鏡を押し付けた。

「仕方あるまい。こんな少数で奇襲を仕掛けた所で、あっという間に制圧されるのがオチだ」

 と、シバミは言い返す。

ミズチは不満なのか、腕を組んで仏頂面を作った。

「これまで散々あいつらには手を焼かされた。ボクとしては、少しくらい、ひと泡吹かせてやりたい所なんだけど」

「気持ちは分からんでもないがな、女剣士。個人的な恨みで俺たちの作戦を台無しにしたら、後ろから撃ってやる」

「ほう、なかなか威勢の良いヤツじゃないか。やはり、そうでなくてはな」

 不敵に笑うミズチに、斥候隊の面々は揃って、嫌な予感を覚えたのであった。

「どうします、伍長?」

「本隊へ敵状を伝えつつ、監視を続ける。とにかく今は数と火力が揃うのを待つしか……」

 シバミの言葉が途絶えた。

 彼のそばにいた筈の女剣士が、目を離している間に坂を下っていたのだ。


「馬鹿野郎!」

 シバミの全身から血の気が引いていく。

「あの女、言った側から弾けやがった!」

 などと毒づいている間に、ミズチは竜の尾で地面を叩く。


 飛翔。

 竜人は体を何度も捻らせて、マシュマロ伯の屋敷上空に躍り出た。


 気づいた敵方が一斉に戦闘態勢に入った。

 号令を待たずして、小銃兵達が発砲を始める。

 ミズチは掠めていく弾丸など気にも留めず、空中で平突きの構えをとった。


(見てろよ、マシュマロ。これが十刀流の……ノエ・ミズチからの……)

 彼女の見る世界が、たちまちの内に速度を落とし、泥のように鈍化していく。


「果し状だ!」

 ミズチ、暴風をまとって急降下!


 着地地点にいた士官が慌てて逃げようとするが、間に合わない。翻した背中に刃が突き立てられ、そのまま地面へ押し倒された。


 着地した女剣士に一瞬遅れて、凄まじい衝撃波が屋敷の庭を揺らした。

「敵……敵が侵入したあ!?」

 予期せぬ奇襲に、たちまちの内に敵本陣に衝撃が駆け巡る。


「伍長。あの女、死ぬ気ですよ!」

 同時に味方側もミズチの蛮勇に狼狽えていた。

 するとミズチはチラリと斥候隊の潜む辺りを一べつし、刀を頭上に掲げてみせた。


 それはまるで、

(どうした。後ろから撃ってみろ)

 ……などと挑発しているように見えてしまい、そのような捉え方をしたシバミもまた、弾けた。


「やってやろうじゃあねぇか!」

 唐突にシバミは騎兵銃を構えた。ギラギラと燃えたぎる目は紛れもない、生粋の悪漢のそれであった。

「そこまで啖呵切ったからには、こっちも退けねえなあ。おうよ、お望みどおりテメエに向かって弾いてやらぁ!」


「伍長!?」

「二班に分かれろ。もう一方は左翼の岩場に展開。一班の発砲後、間を空けずにぶちかませ。いいか、狙うのは、あの女剣士のすぐ目の前だ!」


 斥候隊が行動を始めたちょうどその頃、屋敷では戦の幕が切って落とされていた。

 多方向からミズチめがけて叛乱兵の波が押し寄せる。刃という刃が彼女の四方八方から迫った。これに対して女剣士は場に留まり、猛攻の波を受け止める。


 そして、はじき返した。数で勝る叛乱兵達が吹き飛び、地面に投げ出される。辛うじてたたらを踏んだ者も数人いたが、態勢を整える暇もなく、ミズチの手で次々と斬り伏せられた。


 その内の一人が薙刀を落とした。ミズチはそれを尻尾で掴み取ると、後ろから襲いかかる一団を薙ぎ払ってみせた。


 既に十人近く倒れたにもかかわらず、叛乱兵達の勢いは止まらない。数で押し切らんと、再度肉薄してくる。


 そこへ斥候隊の狙撃が割り込んだ。シバミの指示どおり、着弾地点はミズチのほぼ眼前。斬りかかろうと飛び込んだ兵士たちが、バタバタと倒れていく。


 間髪いれずに反対側からも銃弾の雨が降り注いできた。いずれもミズチの存在など無視。

 しかし、ミズチは動じる事なく、武器を薙刀に持ち替えて、怯む敵集団に猛追を加える。


「あの女剣士。一人で戦況変えるつもりだ」

 援護射撃を続けながら、シバミはほくそ笑んだ。

 無謀としか言えない殴り込み作戦が、たったひとりの竜人女のせいで成功しかけている。


「仮に戦の神さまってのがいるとしたら、ああいう女が好みなのかも……」

 シバミの軽口が止まる。広場の臼砲が小山に向けられたのだ。

「みんな伏せろ!」

 号令からわずか数秒後、斜面に砲弾が落ちてきた。着弾の衝撃にあおられて、兵士数人が派手に転んだ。


 シバミは頭から木片や土を被りながらも、素早く伏せたお陰で無傷だった。

 更には機関銃の掃射まで始まってしまい、斥候隊は狙撃を中断した。

「伍長。岩場の班も反撃されています。このままじゃ、機関銃か臼砲、どちらかの餌食です!」

 倒木に身を隠していた部下が喚いた。強烈な反撃を受け、死傷者も出たようだ。あちこちから悲鳴や呻き声が聴こえてくる、

「……んな事は分かっている。ちくしょう、援護はここまでだ。山の裏まで一時後退」

 命令を下したシバミだったが、何を思ったのか騎兵銃を構え直した。


 狙いもつけていない、やけっぱちの射撃だった。しかし、その一発は射手の意志に反して、正確に臼砲の砲弾薬箱を撃ち抜いた。

 けたたましい爆発が起こり、斥候隊の面々は逃げながらも驚愕。特に撃った本人は逃げるのも忘れて唖然とした。


 一方、爆心地のすぐ近くにいたミズチは、予期せぬ爆発に対応できなかった。

 背後からの爆風を浴びた彼女は、敵もろとも吹き飛ばされてしまった。

「たわけめ。やり過ぎだ」

 毒づきながらミズチが体を起こすと、屋敷の中から、ぞろぞろと兵士たちが出てきた。

「まだいるのか!?」


「……そうじゃ。麻呂の軍は、いわば兵(つわもの)達の山。小娘一人でどうにかなるものではない」

 場違いなのほほん声に、ミズチの表情は一瞬で鬼の形相へ変わった。


 叛乱兵達が左右に分かれ、声の主が悠然と歩いてきた。狩衣の上に漆塗りの胸当てをつけ、烏帽子を揺らすまん丸な男。

「また来おったか、竜人の娘」

 叛乱軍指導者……公家のマシュ麿。

「マシュマロおぉっ!」

 闘志の赴くまま、ミズチは薙刀を構えた。


「のっほっほっほ。良きかな、良きかな。その勇ましき姿、まさに絵巻物の竜そのもの。そうでなくては、倒し甲斐がない」

 口の前に笏を当てながら、マシュマロは楽しげに言う。あまりにも場違いな、ともするとふざけた態度に、ミズチはますます怒りを募らせた。

(……まるでどこかの誰かさんだな。まともに受け止めるだけ無駄ということか)

 とっくに見飽きた昼行灯の顔が浮かぶと、ミズチは急速に冷めていった。


 深く鋭く、息を吐く。それからゆっくり息を吸った。

 次第に炎は形を整えつつ、ミズチの全身をまんべんなく満たしていく。

(呑まれるな。逆に呑み込んでやれ)

 深呼吸。ごうごうと胸の内に風が吹き込む。

 女剣士は己が体内に、堅牢な炉が組み上がっていくさまを感じ取った。


 これならいくらでも戦える。決して闘志が潰えることはない。

「逆に喰らってやる。貴様ら全員、骨一本たりとも残さず……」

 ミズチはマシュマロめがけて突貫した。

「喰らい尽くしてやる!」


 彼の配下が急いで進路を阻んだが、暴風となった彼女を止めることはできない。

 ある者は横になぎ倒され、ある者は木の葉の如く宙へ吹き飛ばされる。正面からぶつかられた哀れな兵は、衝撃に耐えられず、胴体が真っ二つに分かれてしまった。


 肉の壁に守られていたマシュマロが腰の車太刀を抜く。そして、突破してきたミズチと切り結んだ。

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