舞うが如く12話「舞うが如く!」
舞うが如く12話-1「舞うが如く!」
市庁舎を飛び出したミズチは、マシュマロ伯の屋敷を目指していた。先日の密会からして、叛乱軍はこの屋敷を拠点に、市内各所の攻撃を始めたと考えていいだろう。
女剣士は竜の尾を振り、突風のように大通りを直進する。
幾度も叛乱軍の集団に出くわしたが、全て無視。ある時は頭上を飛び越え、またある時は地面スレスレに滑空しながら、刃を交えず突破していく。
一刻も早く、この戦いを終わらせる。
目指すは大将首ただ一つ。
ミズチの速度はみるみる増していった。
そんな彼女を狙う叛乱兵の影があった。
彼らはミズチの前方に建ち並ぶ、半壊した町家群に潜んでいた。
兵士は潰れかけた屋根の隙間から、遠眼鏡付き狙撃銃を構えて、ミズチに狙いを定めていた。
女剣士は敵に狙われている事に気付かないまま、射程圏内に入ってしまう。
ほくそ笑む敵兵が引き金を絞った……次の瞬間!
爆発。突如、叛乱兵の潜む町家が爆ぜた。ミズチも驚いて立ち止まる。
「また砲撃か!?」
周囲の街区から色とりどりの狼煙が上がり始めた。続けて、複数の甲高い笛の音が聴こえたかと思うと、大量の砲弾が狼煙めがけて降り注いできた。これにはミズチも驚いて、道路脇の廃墟へ避難する。
謎の砲撃はすぐに止んだ。
「どうしたというんだ」
訝しんでいると、正面から叛乱軍の一部隊が駆けてくる……否、よく見ると兵士達は傷を負い、敗走していた。
さらに背後から、行軍曲が近づいてきた。彼らは太鼓や喇叭の音色に合わせて大地を踏み、細長い青旗を掲げてやってくる。
お祭り目当ての楽団ではない。海外式の装備に身を包んだ兵隊……国軍であった。
「国軍が来た。国軍だあ!」
「見れば分かる!」
異変に気付いた叛乱兵が、ぞろぞろと大通りに合流してきた。
「狼狽えるなあ。応戦用意!」
叛乱軍が隊列を組み直す間に、距離を詰めた国軍側は一斉射撃の準備を整え終えていた。
「放て!」
号令を合図に射撃が始まり、叛乱軍の兵士たちは倒されていく。中には号令を待たずして応射する者もいたが、もはや焼石に水程度である。
「突撃せよ!」
間髪入れずに銃剣突撃が始まり、両軍がぶつかり合った。
(迂回するしかないか)
ミズチはこの場から離れようと腰を浮かせた。
そこに……。
「おい、女剣士」
背後から声がかけられた。刀に手をかけたまま急ぎ振り返ると、野良着姿の男達が数人、物陰からこちらを伺っていた。
「刀を下ろせ。俺たちは国軍の斥候隊だ」
と、頰傷のある若い男が名乗り出る。ミズチはしばし見据えた後、敵意無しと判断した。
「俺は伍長のシバミ。お前がノエ・ミズチだな?」
「……そうだ」
「マシュマロ伯の本陣に向かうんだろう。ナマズ公から、道中の護衛につくよう命令を受けている。ついてこい」
ミズチは刀に手をかけたまま、シバミ達について行った。
…………
市内に突入した国軍は、次々と奪われた街の主要施設を取り返していった。情勢が傾くにつれ、イカサ市側の士気も上がっていく。中には勢い付いて、国軍の到着を待たずに建物を奪回する一団も現れた。
しかし、叛乱軍側もすぐには崩れない。立て直しに成功した何部隊かは、マシュマロ伯の屋敷近くまで撤退しつつ合流、強固な防衛線を張り直して、抵抗を試み始めた。
「……報告します。第二連隊、地蔵峠の地下通路から、市内への突入に成功しました」
「ようし。連隊へ伝令を出して、こっちに増援を回すよう言ってこい。ええい、シバミの斥候隊はまだ戻らんのか!」
国軍第六歩兵大隊の指揮官は、ガレキに身を隠しながら、部下に吠えた。
しぶとく抵抗する叛乱軍は、屋敷から最新式の機関銃を持ち出し、絶え間ない掃射で大隊を足止めしているのである。
「ナマズ公の私兵団へ伝令に出たきり、戻って来ません!」
側の下士官が首を引っ込めながら返答する。
「斥候隊が居ないなら、銃の扱いに長ける兵はおらぬか?側面から機関銃手を狙撃させるのだ」
「無理です、大隊長。歩兵の大半は元農民やら町人の寄せ集め。ようやくマトモに戦える程度なんですよ!」
喚き散らす二人の間を弾丸が通り過ぎた。
ガレキを貫通したのだ。
「……そんな素人集団の我々がなぜ、敵本陣に最も近い位置にいる!?」
「後続部隊に押されて道に迷ったんです!」
あどけない顔の士官が半ベソをかきながら答えた。
「なんてこった」
ガレキにもたれていた大隊長が、ズルズルとずり落ちる。呆れが怒りに勝ったのだ。
……後世の研究によると、この時の国軍は将兵共に士気が最高潮に達していたと云われている。本来なら喜ぶべき所なのだろうが、今回はその有り余るやる気が、裏目に出てしまった。
突入する全部隊が勢い付いてしまい、却って足並みが乱れる格好となったのだ。
今もなお、後続部隊が手柄を立てようと先を急ぎ、先行する部隊が展開し終える前に、次々と市内への突入を試みている。
煽りを食らった先行部隊は、同士討ちを避けるために道を譲り、予定地点にたどり着けない……という有様であった。
一方の叛乱軍は、国軍の異常事態に勘づいていた。防御陣地を厚くして、最初の大波さえ防げれば、いずれ足並みの揃わない国軍は攻め疲れを起こす。
今もマシュマロ伯の屋敷では、部隊の再編成と補給が行われており、それも間もなく終わる。
「いいか皆の者。いくら国軍とて、所詮は雑兵の群れ。士族である我らの勝利に揺らぎはない!」
守備隊長は刀を振り回して味方を鼓舞する。
「もうしばしの辛抱だ。子爵様が軍を率いて彼奴らをじゅうり……」
守備隊長の手から刀が滑り落ちた。
「あり……?」
体が石になったように動かない。そうこうしているうちに、目を開いているにもかかわらず、視界が真っ白になっていく。
周囲の兵達は狼狽えた。意気軒昂だった隊長が突然 倒れたのだ。
軍医が側に寄ってあらためると、後ろ首に長い鍼が刺さっていた。
「ぎぎ!?」
その軍医の目に、同じ鍼が撃ち込まれた。軍医がもんどりうって転倒すると、たちまち陣地内に動揺が駆け巡った。
「どこから攻撃された!?」
下士官は拳銃と刀を手に周囲を見回す。
「ここだえ」
女の声が後ろから聞こえてきた。
振り返った時にはもう遅かった。首の中心を鍼が貫き、彼の命を一瞬で奪った。
「御機嫌よう」
黒装束の女は不敵な微笑みを蠱惑的な顔に貼り付けながら、ゆっくりと守備兵達に歩み寄る。両の手には細長い鍼が何本も握られていた。
ミズチ達の協力者、女情報屋である。
守備兵達はどよめきながらも、突如現れた敵に刀や銃を向けた。
そこに……。
號ッ!
上空から更に新手が強襲してきた。その男は、真下にいた兵士の首を刎ね飛ばして着地した。
男は墨汁色の羽織に傷だらけの革鎧を纏い、手脚に赤い手甲と具足を巻いていた。
そして、ふいごのような呼気を漏らす口を、鬼の口を模した赤い面頬で覆っている。
その姿はまさに鬼であった。
兵士の一人が悲鳴をあげた。鬼の姿に見覚えがあったのだ。
「百鬼隊……こいつ、百鬼隊だぞ!」
「然り」
百鬼隊の男は刀を腰を落として、刀を肩に担いだ。変則的な居合型だ。
「百鬼隊、首斬りのマガツ。貴様らの首……すべて貰い受ける!」
過去の自分に戻ったシキョウ……否、首斬りのマガツは敵集団へ斬り込み、瞬く間に二人、三人と切り捨ててしまった。
「怯むな。所詮は二人、数で押し切れ……」
「吽ッ!」
本性を露わにした剣客は止まらない。無数の血肉が暴雨風のように舞い上がり、地面には大量の屍が積み上がっていく。たちまちの内に陣地は大混乱に陥り、機関銃掃射も止んだ。
何が起きているのか事情を掴めない大隊長だったが、さすがに好機を見逃すような愚か者でもなかった。彼は腰の軍刀を抜き、喇叭手に目配せをした。
「総員、着剣。突撃だああぁっ!」
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