舞うが如く12話-3「舞うが如く!」
「伍長、味方が来ました!」
けたたましい砲声の中で斥候兵が叫んだ。
マシュマロの屋敷から放たれ続ける弾雨によって、ミズチを援護していた一行は、山の反対側へ逃れていた。
伍長のシバミは尚も降り注ぐ弾雨に脅かされながら山頂に戻って屋敷を覗き見た。
部下の言う通り、屋敷の正門側には国軍の部隊が殺到していた。
屋敷内の機関銃や臼砲が小山に潜むシバミ達を狙っている間に、うまく接近したようだ。
叛乱軍側は近づいてくる国軍に対して銃口を向け直し始めたが、もう遅い。隊列を組んだ国軍が一斉射を始めて、門の上で応戦する部隊を撃ち倒してしまった。
掲げられている旗はシバミ達の属する第六歩兵大隊。本来なら後方に陣取っていなければならない筈の支援部隊だった。それがどういう訳か、敵の本陣に一番乗りを果たしている。
「なんで第六が先陣を切っていやがる?」
シバミは疑問の声をあげたが、部下の中で答えられる者は居なかった。
………
その一方で、女剣士のミズチは、叛乱軍の頭目であるマシュマロ伯との死闘に身を投じていた。
そして戦いの中、彼女はあらためて、対峙する敵がただならぬ使い手であることを痛感させられた。
マシュマロ伯はまるで踊るように体を回転させ、ミズチに絶え間ない斬撃を浴びせてきた。
薙刀対刀。薙刀を持つミズチが圧倒的優位に立つ筈なのに、実際に優勢なのはマシュマロであった。
一見すると、彼の動きは舞踊の如き緩慢なものであった。しかし、受けた薙刀を通して伝わる膂力は、人並み外れている。
剛の剣ならミズチにも自信があった。しかし、マシュマロ伯という剣客は、その上を優に超えていた。
おまけにミズチの繰り出す反撃は、翻る狩衣の袖にすら当たらない。
そしてとうとう、マシュマロの一太刀によって、薙刀の柄が切り落とされてしまった。
「ちいっ!」
ミズチは薙刀をマシュマロに投げつけ、間合いの外に避難した。
怒りの炉はまだ安定している。これなら冷静な思考回路を保ったまま、継戦できる。
刀を再び鞘から抜き、構えた。
すると、外の喧騒がまた一段と大きくなった。
「敵襲!国軍が来たぞお!」
兵が声を張り、屋敷中に報せて回る。
「どうやら貴様らの企てもここまでらしいぞ。降伏するなら……」
ミズチは勝ち誇ったように言った。
「ほほほ。降伏とな。それは、それは。なんとも片腹痛い!」
マシュマロ伯は、白粉を塗りたくった丸顔に満面の笑みを浮かべた。
「良い。実に良い」
それは場違いも甚だしい、無邪気な喜びようであった。
この公家。自軍が劣勢だというのに、なぜ笑っているのだ。
「なぜ笑っていられる?」
訝しむミズチはつい尋ねてしまう。
「国軍は屋敷の前にまで迫っているんだぞ。街中で戦っている貴様の兵達も劣勢。もはや勝敗は決したんだぞ!」
するとマシュマロ伯は、ミズチを真っ直ぐ見たまま口を動かした。
「……だから?」
心底不思議そうに訊ね返す様に、ミズチは唖然とした。
「それがどうした。元より戦の結果なぞ興味ない」
「興味ない……だと?」
おうむ返しに訊き返すミズチに、マシュマロは冷めた哄笑で応えた。
「麻呂は戦がしたかった。そなたのような剣客、精強な軍を相手どり、一世一代の大戦に興じてみたかった。だから軍を作り、準備をして、今日この日に戦を始めた。ただそれだけの事よ」
「……それだけ?」
敵の言葉に、ミズチは意識が遠ざかるような感覚に襲われた。
「この戦には始めから目的がないとでも言うのか?」
「くどい。そう申したでおじゃろう。大公打倒なぞ、所詮は有象無象を束ねる方便。ほほほ。しかし、いまにして思えば、良い甘言だったらしい。多くの者共が素直に信じ、従ってきたのじゃからのう」
「そんな……そんなこと、あってたまるか!」
ミズチは吠えた。
目的を果たす為に手段があるとすれば、目の前の仇敵は手段である「闘争」そのものを目的としている。
これまでにミズチは、人の命を顧みない者共に会ってきた。その中でもこの公家は、最上級に危険な男であった。
「ますます貴様を倒さねばならなくなった」
ミズチは腰を低く落とし、刀を水平に構える。
彼女が最も得意とする、突きの構えだ。
呼吸をより深く、全神経をより研ぎ澄ませていく。対するマシュマロは、悠然と刀を掲げ、上段に構えをとった。
ミズチは周りのあらゆるものが、泥のように溶けていく感触に陥っていた。その中で前方のマシュマロだけがはっきりと形を保ち、的のように佇んでいる。
(あの一点を目指して……)
ミズチの体がわずかに揺れる。
(突く!)
ミズチは一条の光となり、マシュマロ目掛けて突進した。
みるみる内に世界が泥濘化していく。ゆっくり、ゆっくりとミズチはマシュマロ伯の懐へ吸い込まれる。
その到達まで一瞬にも満たない時間で、ミズチは己の体が急速に冷めていくのに気づいた。
悪寒。
(まずい!)
彼女の脳裏に浮かんできたのは、師匠が果てたあの晩の光景だった。
(この公家はどうしてガボ師範に勝てた!?)
そうこうしている内に、ミズチはマシュマロ伯の間合いに到達。彼女の体は自然に必殺の距離で、刀を前方に突き出す。狙うは胸の一点だ。
ここでマシュマロ伯の体が後方に退がり始めた。
ただ退がったのではない。己の体を、ほんの少し左側へ捻りがならの後退である。
更に言うなら後退の幅も大きくなかった。半歩にも満たない、足の指一本程度の僅かなズレだ。
それだけでも、マシュマロ伯はミズチが狙い澄ました位置から離れ、威力を削ぐことに成功した。
しかし、それ以上に彼女は一連の流れに恐怖した。攻撃を放つまさにその瞬間こそ、戦いにおいて最も無防備な瞬間となる。
マシュマロ伯の本当の狙いは、突きに対しての反撃!
ミズチは急停止を試みる。着地した竜の尾で踏ん張り、上体を大きくのけぞらせる。
待ち構えていたマシュマロ伯は、上段から刀を振り落とす。
断頭台のごとく迫りくる刃を、ミズチは……間一髪、潜り抜けた。
そのままミズチは仰向けの状態で床を滑り、再びマシュマロ伯から離れていく。
それを追うマシュマロ伯。
急ぎ起きようとするミズチだが、疲弊した体が鉛めいて重く、すぐには立ち上がれない。
(まずい)
歯をくいしばるミズチ。
そこに……。
號ッ!
赤黒い辻風がマシュマロ伯の死角を狙い、突撃してきた。
マシュマロは追撃を止めて、辻風を斬り払おうとした。
しかし、風の力が上回っていたのか、公家は弾かれ、後ろに飛び退く。
「何奴!」
マシュマロ伯が上ずった声をあげる。
乱入者はミズチの前に立ちはだかると、素早く彼女を引っ張り起こした。
返り血にまみれた墨汁色の羽織と、傷だらけの革鎧は、ここまでの地獄を駆け抜けてきた何よりの証だ。
「お前……」
ミズチは驚愕の表情で乱入者を見た。
「ずるいですよ、ミズチさん。私も混ぜてください」
役人のシキョウ……否、元百鬼隊督戦隊長『首斬りのマガツ』は赤い面頰の下で、ミズチに優しく微笑んだ。
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