舞うが如く第9話「雨後」
舞うが如く第9話-1「雨後」
「お前……」
ミズチは刺客の前に立ちふさがった「彼」に驚き、ただただ、唖然とした。
濃紺色の羽織を夜風にはためかせ、刀を手にした優男。
「……シキョウ?」
「マガツうぅぅッ!!」
同時にネストも吼えるように、乱入者の名を口にした。
「シキョウです。そんな男は死にましたよ」
名を呼ばれた乱入者は、にっこり微笑んだ。場にそぐわぬ温和な態度は、もはや挑発といっても過言ではなかった。
「お前……どうして?」
ミズチは涙で潤む目を見開き、乱入者の背中を見上げた。
「情けないですよ、ミズチさん」
シキョウは穏やかな口調で言った。しかし一方で、細めた目は冷たい光を宿していた。
「あなたともあろう方が、この程度で心を折ってしまうとは」
この挑発にミズチは何も言い返さない。口を閉ざしたまま、俯く。そして、視界の端にガボ師範の亡骸が映ると、彼女は刀から手を放してしまった。
横目で始終を見ていたシキョウは、笑みを消してゆっくり口を開く。
「……そこで待っていろ、泣き虫」
それから腰を低く落とし、刀身を肩に乗せるように構えた。
ネストも前傾姿勢になり、シキョウと対峙する。刀は片手で持ち、もう片方の手には「打ち根」という投げ矢が握られている。変則的な二刀流だ。
両者は出方を伺うこともせず、ほぼ同時に、動いた。
號ッ!
唵ッ!
二匹の獣が、どす黒い殺気が噴き上げながら、草地を疾駆。互いに獲物の懐を目指して、真っ正面から飛び込んでいく。
同時に振り落とされた刀が夜風を裂き、激しくぶつかり合った。
勢い余った持主の頭と頭が、交差する刀を越えて衝突。獣達は歯を食いしばり、獲物の体を崩さんと全身に力を込める。
ここで、ネストが投げ矢を逆手に持ち直し、シキョウの首に振り下ろしてきた。
シキョウは咄嗟に刀を捨てて、後ろに飛び退く。鼻先を投げ矢の先端が掠めていった。
弾かれたシキョウの刀、
「刀が無くなっちまったなぁ! どうやって逆転する気だ、マガツぅ!」
「ご心配なく。勝ってみせますから」
シキョウはさらに目を細めて、こわばった笑みを作る。虚勢なのは火を見るよりも明らかだった。
(だめだ、シキョウ)
ミズチはヨロヨロと手を伸ばす。
(逃げてくれ。頼む、勝負なんて、捨てろ)
重い口を必死で動かすが、声が出ない。
(お前まで死ぬな!)
ミズチの思い虚しく、ネストは腕を振り、シキョウに打根を放つ。一直線に飛ばされた矢は、シキョウの胸に吸い込まれ……
ゴンッ!
……という、鈍い音を鳴らして、弾かれた。
目を見張るネスト。しかし、彼はすぐに見抜いた。
「羽織の下に鉄板を入れたな。アジな真似をしやがって」
「小細工には小細工ですよ」
シキョウはヒクヒクと頰を動かしながら、胸をさする。指摘通り、彼は羽織の裏側に、鉄板を縫い付けていた。
(弱ったなあ)
シキョウは胸の痛みに堪えながら、次の手を考える。
最優先すべきはミズチの救出。よって、機を見てこの場から撤退するのが、最善であろう。
しかし、それが至難の技である事を、シキョウは「誰よりも」よく知っていた。
(よりにもよって、面倒な奴が敵になった)
……などとシキョウがボヤいていると、気を取り直したネストが、再び攻めの態勢をとった。
「死ねやあぁ、マガツうぅ!」
ネストが刀を逆手に持ち直し、踏み込む。
その時だ。
一発の銃声が轟いた。弾丸はネストの三歩先に着弾。低い音が響いて土が舞う。
ネストは突撃を止めて後退。草の中に伏せて身を隠す。
更に三発の銃弾がネストの周囲へ着弾して、彼の再突撃を妨害する。
好機と見たシキョウは、刀を拾いながらミズチのもとへ走る。
そして女剣士の腕を掴んで無理やり起こすと、彼女のひ腹を刀の柄頭で殴った。
くの字に体を曲げるミズチ。
「逃げますよ、ミズチさん!」
ゲホゲホと咳き込み、動けなくなった彼女を抱えて全力疾走。
「待ちやがれ、マガ……」
不意に顔を上げるネスト。しかし、頭上を甲高い音が通り過ぎると、慌てて首を引っ込めた。
「連発銃か」と、断続的な発砲から推測する。
やがて銃声も段々と遠くなっていく。どうやら、追跡を邪魔する為に、後退と発砲を交互に繰り返しているらしい。
それから唐突に、銃声がぱったりと止んだ。これ以上の追跡は不可能だ。ネストは冷静に判断する一方で、激しい怒りを抑えられなかった。
「マガツうぅ! 俺は貴様を……殺すっ! かならず、殺すうゥッッ!!」
ネストは土に爪を立てて、夜空に向かって吠え狂った。
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