舞うが如く6話「閑話」
舞うが如く6話-1「閑話」
女剣士のミズチは謹慎を受けていた。
商人ゲンソン一味の武器密輸、未亡人ルイカの仇討ち。この二つにミズチは巻き込まれ、大勢の死人まで出し、余計に騒ぎを大きくしてしまったのである。
特に武器密輸は大事になり過ぎてしまい、ミズチの後見人である、市議会執政主・カクハまで、けん責を受ける羽目になってしまった。
たとえ悪党共を成敗したとはいえ、大きな被害が出てしまったのは事実である。ミズチは責任を感じ、大人しく処分を受ける事にした。
「……それにしても、謹慎だけで済むとは。まさか、警察を脅したんですか」
役人のシキョウは、柔和に微笑み、毒を吐いた。
今日は珍しく、着古した稽古着をまとい、肩に木剣まで担いでいた。
「黙れ。一人だけのうのうと逃げた癖に」
腹を立てたミズチは、声を荒くして言い返す。彼女もまた、木剣を腰に差していた。脚の代わりに大きな尾を持つ彼女は、竜人族用の行燈袴を穿き、上は白い道着といういで立ちであった。
「ボク一人が罰を受け、そもそもの原因である貴様は、一切お咎め無しだなんて。世の中、間違っている!」
実の所、シキョウもまた、一連の事件に関わっていた。
……というより、そもそものきっかけが、彼の過去にあった。
しかし、彼は途中で海に落ちたのを良い事に、そのまま現場から離脱。ミズチが気を回して隠しているのを良い事に、知らぬ存ぜぬを決めていた。
ミズチは「ヤツの正体含めて、すべて白状した方が良かった」と、ちょっぴり後悔していた。
「私はあの時、船には居なかったんですがねえ。何を仰るのです」
「くそッ」
シキョウはとぼけ、ミズチは小声で毒づく。口撃すれば、いつも躱される。舌戦は向こうが上だと、ミズチは渋々認めるしか無かった。
「それにしても、ちっとも冬らしくありませんね」
と、シキョウが口を開く。彼のいう通り、今年はいつもより暖かい冬であった。二人が立つ、カクハ邸の庭には、雪など見当たらない。
「……まだ減らず口を叩くか。いつになったら試合を始めるのだ?」
呆れたミズチは、気の緩みから、つい視線をズラしてしまう。
これがまずかった。
「號ッ!」
突如、シキョウがミズチとの間合いを詰め、木剣で斬りかかったのである。ミズチは斬撃を横にいなしつつ、竜の尾で地を叩いて飛翔。後方へ退がった。
「きさま」
ミズチが言いかける前に、シキョウの殺気を孕んだ一太刀が頭上に迫る。
躱せないと判断したミズチは、体を沈ませながら、木剣で受けた。
激しい衝突が起きる。しかし、両者の体は微動だにしない。
(ボクよりチビの癖に!)と、ミズチ。
(見かけどおり重いッ!)と、シキョウ。
二人はほぼ同時に後方へ下がり、距離をとった。
「貴様あ」
女剣士は頰を緩ませた。油断への後悔、奇襲への賞賛。そして何より、勝負に対する高揚感が、自然と彼女の心をざわめかせた。
見た事もない変則的な剣技。ちらりと思い出したのは、我流の喧嘩剣法であった。
(たぶん、ちがう)
ミズチは構え直して、再びシキョウに対峙する。
「そんな腕を持っていながら、喧嘩は苦手だとぬかしていたのか?」
「本当なんです、喧嘩は苦手。だって……」
シキョウの体が傾ぐ。爪先で乾いた砂を掬い、ミズチめがけて蹴り上げた。
舞い散る砂がミズチの顔に降りかかる。反射的に腕を振るい、砂を防いだせいで、ミズチの構えに隙が生まれてしまう。再び元の態勢に戻る暇を与えず、シキョウは逆袈裟でミズチを斬った。
手応えなし。シキョウは含み笑いをしながら、逃げるミズチに追撃。
無数の連打が、変則的な軌道を描いてミズチを襲う!
「ちいッ」
回避と防御を繰り返すミズチ。攻撃の切れ目を狙い、強引に鍔迫り合いに持ち込んだ。
「見ての通り、手加減ができないもので!」
シキョウは闘志に満ちた目を輝かせ、にんまり笑った。もはや、普段の昼行燈は見る影もなかった。
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