舞うが如く6話-2「閑話」


「見ての通り、手加減ができないもので!」

 シキョウは闘志に満ちた目を輝かせ、にんまり笑った。もはや、普段の昼行燈は見る影もない。

 ミズチは狂喜を押し殺して言い返した。

「そのようだ。いや、むしろ好都合」

 力任せにシキョウへ体当たり。彼を弾き飛ばして反撃の機会を得る。


「しいィっ!」

 ミズチは平突きの構えをとり、突進。

 渾身の突きがシキョウの肩を掠った。紙一重で躱されたのだ。

 両者、再び間合いの外へ跳ぶ。


 激しい攻防から一転、今度は重苦しいまでの沈黙が二人の間に流れはじめた。


(なんて馬鹿力)

 シキョウは息を整えながら、心の内で呟く。ミズチの突きは間一髪で躱せた。しかし、掠っただけで道着の布が裂け、肌も赤く腫れてしまっている。


「貴様、いったい何者なんだ?」

 ミズチは警戒を続けたまま、問うた。

「勝ったら教えると言ったでしょう」

 動揺を隠して、シキョウは真顔で答える。

「ではその口、すぐに割らせてやる」

 と言いながら、ミズチが前に飛んだ。遠い間合いは一気に詰まり、シキョウの鼻先を、木剣の鎬が掠めた。

「おっと」シキョウは横なぎに剣を振る。当てるつもりはなく、二撃目を邪魔するのが狙いだった。思惑通り、ミズチが離れる。


 ぞくりと、シキョウの背筋に雷が奔った。恐怖ではない。歓喜である。

 いつぶりだろうか、この高揚感。

 低く腰を落として、刀を肩に担ぐ。

「號ッ!」

 突撃。雑念全てを捨て、一太刀に全力を注ぐべし。

 髪の毛一本でも早く打ち下ろし、確実に敵を仕留めよ。

 それこそ、シキョウが師に教わった、たった唯一の「教え」であった。


 木剣が女剣士の頭上に振り落される。

 ……その時、ミズチは目をかっと見開いた。まるで狙っていた機を逃さんといわんばかりに。


 ミズチはそっと剣先を上げる。シキョウの強烈な一太刀を剣で受けた瞬間、彼女は己の両手首を小さく、そして緩やかに回した。


 すとん、とシキョウの木剣が空を切った。ミズチの木剣を打った感触さえない。シキョウが「躱された」と気付いた次の瞬間、眼前に樫の剣先が突きつけられた。


「勝負あったぞ」

 と、ミズチは静かに言う。彼女はシキョウの真正面に立っていた。

「……私の剣を掬って、それから、落としたんですか? それとも、上に払ったんですか?」

 シキョウは低い声で尋ねた。全身から汗がにじみ出ている。

「それがだな……」

 ミズチは剣を突きつけたままの体勢で言葉を続けた。

「ボクも覚えていない」

 返ってきた言葉に、シキョウは苦笑いを作った。

「……なるほど。参りました」


 ………


 体じゅうに燻る火照りが心地良い。

 いつもの稽古より、良く動いた気がする。

 ミズチは縁側に腰を下ろし、冷たい風を心から味わった。シキョウも隣に腰掛けており、ぼんやり青空を見上げている。

 こちらも、まだ勝負の余韻が抜けていないようだ。

「おい。勝負に勝ったぞ、マガツ。約束通り聞かせろ。貴様の過去を」

 ミズチはあえて、シキョウを本名で呼んだ。


 マガツ・ヨツミ。

 三年前の内乱で名を馳せた剣客。

 大公軍直属の遊撃部隊「百鬼隊ひゃっきたい」の督戦隊長。

 部隊の綱紀粛正、捕虜の斬首刑を受け持ち、敵味方問わず、大勢の人間の首を刎ねたと云われている。

 あまりの苛烈さゆえに、『首斬りのマガツ』と味方にさえ、畏れられた。

 それがシキョウの、本当の顔だった。


「捨てた名前で呼ばないでください」

 マガツと呼ばれた男は、寂しそうに笑う。そして、静かに語り始めた。


「……ええと。マガツって男は、浪人の子どもだったそうです。実は、親が誰なのか、本人でさえ知らないとか。どうやら赤子の頃から、田舎の小さな寺に預けられていたんです」

 あえて他人事のように話すシキョウ。寂しげな彼の言葉に、ミズチは黙って耳を傾けた。


「分別のつく年頃になると、彼は田舎の剣術道場に、里子として出されました。読み書きと雑事以外、特にやる事がなかったので、自然と剣を習うようになった。これが、首斬りマガツへの第一歩」

「あの奇妙な剣術は、どこの流派のモノなんだ?」

 ミズチはそっと尋ねた。


 するとシキョウは、眉を八の字に曲げてしまう。

「道場主は古流剣術の一派と喧伝していたようですが、実際はマユツバでしてね。もしかしたら、看板にハクを付けるための出まかせだったのかも。

 とにかく、剣の道にハマったマガツは、正体不明の田舎剣法を下地に、日ごろの喧嘩で覚えた技を組み合わせ、我流に近い『何か』を作り出してしまった」

(どうにて、あんな荒々しい動きだったワケだ)

 合点のいったミズチは腕を組み、頷く。


「当時のマガツは手の付けられないバラガキでしてね。終いには道場荒らしまでやるようになった。そしてある日、ゴウエイ館という道場で、とある師範に半殺しにされてしまった。その人が……後の百鬼隊の総隊長だった」

 マガツは頭をボリボリ掻く。

「名前はゼク。豪快だが変わった男で、半殺しにしたマガツを手当てして、自宅に住まわせた。以来、まるで弟のように可愛がって、どこにでも引き連れていった。

 マガツが百鬼隊に入ったのも、ゼクに首根っこを掴まれて無理やり、という感じで。でも、嫌いになれない人だった。まるで、どこかの誰かさんにそっくり」

 と言うと、彼はミズチに寂しげな目を向けた。


「そこまで言われると、会ってみたいものだな」ミズチは不敵に笑う。

「あの人もそう言ったと思います。残念ながら、三年前に死にました」

 ミズチは笑顔を引っ込めた。

「……内乱のあった年だ。戦死か?」


「いいえ」

 元人斬りは、やや間を置き、より低い声で答えた。

「マガツが斬った」

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