舞うが如く5話-5「首斬りのマガツ」
ルイカは長ドスを脇に抱えるように持ち上げた。
「やはり主人を殺したのは……鬼だったのですね……」
だっと、彼女は駆けだした。
(やめろ!)
ミズチが叫ぼうとした、次の瞬間――。
廊下じゅうに強烈な雷鳴が響いた。
同時に、走って来たルイカが前のめりになる。長ドスを投げ出した彼女は、シキョウに覆いかぶさり、ばったり倒れてしまった。
すぐにミズチは、廊下の奥向こうにいるゲンソンを捉えた。彼は回転式の拳銃を握っていた。
「げ、ゲンソン!」
イハが声をあげる。ゲンソンは顔中の筋肉を強張らせ、悪魔的な高笑いを始めた。
「良かったなあ、ルイカ。これで愚弟の下へ逝けるぞ」
「貴様あ!」憤慨したミズチは声を荒げた。
「ルイカ。馬鹿な死に様を晒した義妹よ。仇討ちの代役は、このゲンソンが請け負ったあ!」
ゲンソンは両手で拳銃を構えなおす。
狙いは勿論、シキョウだ。
彼は今、ルイカの下敷きになって身動きが取れない。ゲンソンはシキョウを封じ込める為に、ワザとルイカを撃ったのだ。
銃口がたて続けに火を吐き、弾丸を飛ばす。ミズチはイハを抱きかかえて、床に伏せた。
銃弾は、どれも狙いが外れ、床や天井に穴を開けた。
「ぬぅあぁぜ当たらん! 新商品だぞ、これはあぁ!?」
ゲンソンが狂ったように喚く。
「あなたの腕が悪いからです」
駆けつけた士官が冷静に言う。更にぞろぞろと、単発式の騎兵銃を携えた水兵の一団がやって来る。
「小銃隊、前に」
士官はゲンソンを庇いながら、部下に命令をだす。この間にミズチは、シキョウとルイカを物陰に引っ張っていった。
「ルイカさん!」イハがぐったりしたルイカを抱きおこす。
すると、頭を支えた手が、赤い血で染まった。後頭部を撃たれていたのだ。
「手遅れだ」
シキョウはかぶりを振った。ミズチはルイカの顔に手をあて、そっと瞼を閉じさせた。
「これからどうする?」
女剣士は、シキョウの手を縛った縄を刀で切断した。
「さっきまで、連中は生きたまま警察に突き出そうと考えていたが……」
刀を取り戻したシキョウは、怒気を孕んだ目で、ゲンソン達を睨む。
「今は無性に、この女の仇討ちをしたい気分だ」
「ならば、ボクも加勢しよう」
「あ、あたいも!」
ミズチとイハが揃って声をあげる。二人の返答に、シキョウは一瞬だけ、苛烈な態度を和らげた。
「では、よしなに」
………
シキョウは煙幕玉を投げた。瞬く間に、廊下一帯に灰色の煙が立ち込める。
驚いた水兵が煙に向けて銃を撃ってしまう。これがキッカケとなり、散発的な銃撃が始まる。
「阿呆どもめ」シキョウは鞘から刀を抜いた。
打ち直したばかりの
シキョウは刀を肩に担ぎ、吼えた。そして、弾丸飛び交う煙幕の中へ突貫。
たちまちの内に、大勢の耳をつんざく悲鳴が響き始める。シキョウが暴れ、数で優勢の敵を圧倒しているのだ。
「……怖ッ」
身震いするイハ。マガツに戻った彼は、もはや別人であった。
「ボク達も動くよ」
ミズチは別方向の出口に体を向けた。
ちょうど、扉の向こう側から、複数人の慌ただしい足音が近づいていた。
ミズチは腰を低く落とし、力を溜める。食いしばった歯の隙間から、蒸気の噴き出すような音が漏れ出た。
勢いよく扉が開けられて、水兵たちがなだれ込んできた。拳銃を持っているのが二人だけ。あとは皆、軍刀や棍棒で武装している。どうやら、同士討ちをおそれているらしい。
(ゆくぞ!)
ミズチが弾丸めいて突撃。水兵たちとの間合いを一息で詰め、その一人を串刺しにした。
刺された水兵は胴体をくの字に曲げて血を吐き、周囲の人間も、刺突の衝撃で四方に弾き飛ばされてしまう。
ごおおんッという音が遅れて廊下を奔り、船を揺らした。
……………
それからミズチ達は、敵を蹴散らしながら、甲板への脱出に成功した。
「ここが正念場だな。イハ、船を降りて警察を呼んでくれ。敵は銃をありったけ持っているとも、伝えろ」
女剣士は友人の背中を押して、階段へ走らせる。一方で、双眸は大勢の新手に向かった。
「聞け! じきに警察が来て、貴様らの悪事は明るみになる。投降するか、それともこの場で、刀の錆となるか。選べ!」
返ってきた答えは無論、「否」であった。水兵たちは刀や棒を手に、一斉にミズチを取り囲む。対するミズチも刀を両手に二本持ち、覚悟を決めた。
そこに……。
船内から凄惨な悲鳴が轟いた。続けて、船室のドアを破って、士官の死体が転がり出て来た。
「號ッ!」
一同が事態を呑み込む間も無く、血濡れた乱入者が、甲板に躍り出た。
シキョウだ。彼は全力疾走で一気に敵との間合いを詰めてしまった。
襲来するシキョウを迎え討とうと、槍を持った巨漢が振り返る。
「ここは俺が……」
巨漢の口が止まり、ドサリと大きな体が崩れ落ちる。さらに一瞬遅れて、大きな頭が、ボトリと落ちてきた。シキョウの逢魔刻によって、首を切り落とされたのだ。
そのままシキョウは、巨漢の死体を踏み越えて跳躍。
着地と同時に、立ち竦んでいた敵二人を斬り倒す。ミズチも襲い掛かる水兵たちを、二刀流で次々と切り捨てた。たちまちの内に、甲板は死傷者の山が築かれた。
しかし、斬っても切っても、続々と敵は甲板に押し寄せ、ミズチ達を取り囲んでしまう。
やがて二人は背中を合わせ、強固な包囲陣を睨み据えた。
「貴様。良い顔をしている」
そっとミズチが言った。
「真正の人斬りの顔だ」
「そうか。やっぱりそう思うか」
二人の剣士は不敵に笑った。
そこに……。
「きいぃ様らあぁ!」
頭上からゲンソンの叫び声が轟く。見上げると、上階デッキに、ゲンソンの姿があった。傍らには巨大なレンコンのような大砲が佇み、持ち主と共に、ミズチ達を睨みおろしている。
「なんだアレは?」と、ミズチは思わず驚きの声をあげてしまう。
「機関銃だ。洪水のように弾を吐く異国の兵器。まさか、あんなモノまであるとは……」
シキョウも動揺を隠せず、声を上ずらせた。
「見いいいいッよおぉッ! これが我あああッが天の軍勢が誇る、審判の鐘え!」
ゲンソンの血走った目は、今にも飛び出てしまいそうだ。
「マガツうぅ! 今こそ天の裁きを受けるがぁよおおいッ!」
狂ったように叫びながら、ゲンソンは機関銃のハンドルに手を掛けた。砲門は眼下のシキョウへ。
咄嗟にシキョウはミズチを突き飛ばし、横に跳ぶ。その直後、機関銃が火を吐き出す。バリバリと、怒涛の爆音が鳴り響き、弾丸の豪雨が甲板に降り注いだ。
逃げ遅れた水兵たちが弾雨の餌食となり、バタバタと倒れて行く。ミズチ達に斬られ、手傷を負っていた者は、逃げる事すら叶わず、命を散らした。
ゲンソンは味方の死さえ眼中になく、ただシキョウを狙ってハンドルを回す。
「あの男……許さん」
ミズチは憤怒した。そして、「一刻も早く、あの邪悪の塊を片付けなければ」という激情に駆られた。
やがて弾が切れたのか、弾雨は唐突に止んだ。ゲンソンが慌ただしく、足元の箱から新たな弾薬を補充し始める。
「ミズチ、こっちだ」
舷側へ逃げ延びたシキョウが叫ぶ。ミズチはすぐに動きだす。同時に、装填を終えたゲンソンが、機関銃をミズチに向けた。
女剣士は弾雨の中を疾駆する。そして、シキョウはミズチの到着を待たずに、舷側から飛び降りる。
(貴様に賭けるぞ)
ミズチは尾を振って飛翔。自らも船べりを飛び越えた。
海に向かって、真っ逆さまに落ちる彼女を、シキョウが力強く掴む。彼は片方の手で垂れた綱を握り、船体に張りついていた。
シキョウは船体を蹴って反動をつけ、振り子のように揺れ始める。ミズチは意図を察し、共に振り子の錘となって、体を大きく振るう。
三往復目。シキョウは今まで以上に力を込めて、より上空を目指した。
孤の終点に差し掛かった時、ゲンソンの機関銃が対空射撃を始める。
弾の雨は上空で緩やかな曲線を描き、シキョウ達に迫った。
咄嗟にシキョウはミズチの手を離した。
「行けッ、ミズチ!」
二人は上空で分かれた。シキョウは海へ落ち、ミズチは迫りくる弾幕に、正面から挑みかかる。
身をよじって弾を躱し、竜の女剣士は滑空を開始。尾を振るごとに、彼女の体は加速していく。
「覚悟おぉッ!」
ミズチは刀を前に突きだした。
刀の切っ先が、ゲンソンの胴体を貫く。同時に轟音と震動が巻き起こり、デッキが陥没。機関銃は砕け、上下真っ二つに割れたゲンソンは、船内へと落ちた。
ミズチは穴の手前に、倒れるように着地する。
「体が……」
両腕を投げ出し、呻くように呟く。
全身がしびれて、自由が利かない。トドメの一撃に、相当の気力をつぎ込んだ結果である。
ぜえぜえ息を吐きながら、やっとのことで腕を動かす。見ると、手にしていた刀が、鈨(はばき)から折れてしまっていた。
「未熟者め」
ミズチは擦れ声を発する。罵倒の矛先は己自身だ。
刀は剣士の魂だと誰かが言った。
まさにその通りだと、ミズチは考えてしまう。己の刀が折れた途端、動くことすらままならない状態になってしまった。まぶた一つ動かすことさえ、苦に思うほど、疲弊していた。
そのせいで、ルイカの死に対する悔恨や悲哀といった、あらゆる負の感情が押し寄せてくる。
しかし、終わってしまったことを悔む余裕など、今のミズチには無かった。
疲れ果てた彼女に出来る事は、重い瞼を閉じる事だけであった。
(了)
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