舞うが如く5話-4「首斬りのマガツ」

「無茶苦茶なことをしましたねぇ」

 後ろ手に縛られた男は苦笑いを浮かべた。ルイカ達が戻った後も、三人は騒ぎの起きた場所に留まっていた。

「黙れ。時間が稼げたら何でも良いのだ」

 憮然と言い放つミズチ。

 先ほどの演説の半分以上は、その場しのぎの詭弁であった。


「それで、ボクは貴様のことをなんと呼べば良い?」

「シキョウ。ここに居るのは、あなたの知っている男ですよ」

 すぐにシキョウは言い返した。

「ボクは貴様の事など、ちっとも知らん」

 ミズチは廊下の真ん中で、どかっと座る。イハもシキョウの刀を抱えたまま、ちょこんと腰を下ろした。


「だが、マガツという男の噂は聞いている。人斬り集団の幹部。首斬りの専門家。どうにて、刀の扱いが上手いわけだ」

 ミズチは挑発的な口調で、口火を切った。

「どうして過去を捨てたがる。そんなに思い出すのが嫌なのか?」

 イハの手に落ちた刀を見て、小さく溜息をつくシキョウ。


 しばし後、答えに迷った末に、シキョウは話し始めた。

「思い出したくないぐらい、嫌なことはありましたね。そのせいで、刀を持っているのが虚しくなってしまった。その後に色々あって、マガツとして生きてきた人生を刀と一緒に捨てたんです。なのに……」


 いつもの穏やかな笑みを消し、虚無に満ちた眼でミズチを見上げた。

「ダメだった。所詮、人斬りは人斬り。あなたの試合を見て、急に熱がぶり返してしまった。あわよくば再び刀を取り戻し、貴女と仕合って、消し炭同然の命を使い果たそうとも考えた」


「そこまで潔いなら、いっそあの未亡人の手に掛かってしまえ。ボクよりずっと、お前を殺したがっている」

 吐き捨てるようにミズチは言った。


 しかし、シキョウは困り顔で首を左右に振った。

「本音を言うと、それも良いかなって、思ったんですよ。でもその前に、始末しておきたい厄介ごとが出てきてしまった。私の懐から小包を出してくれませんか?」

 頼まれたミズチは訝しげにシキョウの懐へ手を突っ込む。そして、紙の小包を取り出した。開けると、小さな弾丸が数発と、走り書きされた手紙が、露わになった。


「この船は密輸船だ」

 シキョウは真剣な面持ちで、ミズチを見据えた。正体を表した男は、いつにも増して精悍で、据わった眼つきは、あまりにも鋭かった。

「船底には、大量の武器弾薬が隠されている。首魁は、あのゲンソン。奴は三年前にも弟のシソンと共に、大公軍の物資を国外に横流していた」

「ま、待って。ルイカさんのご主人は、百鬼隊に殺されて、密輸の罪をなすりつけられたって……」

 イハは、あわあわと狼狽える。

「アレは嘘ってこと? まさか、ルイカさんは義理の兄に、ゲンソンに騙されてるの?」


「それとも、此奴が嘘偽りを言っているか」

 ミズチはまっすぐシキョウを睨み返した。

「船底とやらを調べれば分かることだな。詳しく話せ」

 女剣士の発言に、シキョウは苦い笑みをこぼした。

「この穴を潜れば、真下は貨物室だ。黒い板を探せ。それが目印だ」

 それだけ聞くと、ミズチは身体を曲げて、抜け穴に手を掛ける。

「イハ、見張りを頼む。もし不穏なモノを感じたら、こんな男を捨てて、早く逃げろ」

 と言って、返答を待たずに穴に飛びこむ。

「分かったけど、あたいは逃げないから! 不穏、大好きだかんね!」

 残されたイハは、暗い穴に向かって叫び返した。


……………


 穴を潜った途端、ミズチは見えない力によって、下へと引っ張られた。大昔に発見された、重力である。

「おっと」

 ミズチは空中で体を捻り、浮遊飛行の体勢を取る。そのまま、竜の尾をゆっくり回し、水中を泳ぐ魚のように、ヒラヒラと下に舞い降りた。


 竜人族は、世間一般には、人として認知されている。たとえ二本の脚の代わりに、大きな竜の尾を生やしていようとも、人間なのだ。

 しかし、彼らには、常人にはできない「浮遊」という力が、生まれつき備わっている。ミズチは普段からこの力を使って、生活して来た。


 ……さて、彼女が降り立った貨物室は、長さが数十平米にも及ぶ大きな空間であった。そして、未だ積まれたままの荷物が床を埋め尽くすように、所狭しと並んでいた。

「この中から探すのか?」

 げんなりしながも、ミズチは燭台を手に取り、荷物の間を縫って進んだ。


 程なくして、シキョウの言っていた「黒い板」が何枚も見つかった。どの板も、大きな木箱や重量感ある荷物が上に置かれ、隠されていた。

(隠し方が雑なのは、シキョウの仕業だな)

 目印を露わにして、臨検に来た役人に、見つけさせようとしたのか。

 これ幸いとばかりに、ミズチは箱をズラして、黒板を尾で叩き壊した。


 シキョウの言う通りであった。床板を一枚隔てた空間に、大小様々な木箱が、みっしりと敷き詰められていた。

 ミズチは呼吸を整え、興奮する己を律した。そして、刀の鞘で手近な箱の留め具を破壊。おそるおそる、蓋を開けた。

「うわっ……」思わず声が漏れ出てしまった。


 箱の中には、大量の小銃が山のように収められていた。種類は分からないが、手付かずの新品であるようだ。

「何てことだ」ミズチは青ざめた顔で、頭上の抜け穴を見上げた。

 これで、シキョウの言い分が正しいと、証明された。いや、されてしまったという表現が正しいのかもしれない。

(話がややこしくなってきた)ミズチはほぞを噛んだ。


 ゲンソンは商会の蒸気船で武器の密輸をしている。相手は不明だが、商品の量からすると、よほど大口の客なのだろう。

 もう一つ、ミズチは強い疑念に駆られた。

(まさか、三年前の密輸事件も?)


 ルイカの主人、シソンが大公軍の物資を横流したのが露見して、シキョウに手打ちにされた、忌まわしい事件。ゲンソンは、百鬼隊に罪を着せられたとルイカに説明している。

(シソン……ルイカの夫も密輸に絡んでいたのか。それとも、実兄に陥れられたのか?)


 とにかく、疑惑が深まって来た以上、ルイカには仇討ちを中断してもらう必要がある。事によっては、仇討ちの正当性が失われ、ルイカが処罰されるやもしれない。

(どうする?)

 ミズチが考えを巡らせていると、頭上からイハの悲鳴が轟いた。


「ルイカめ、早まったな」

 ミズチは身を沈めて、力いっぱい跳躍。竜人の体は弾丸めいて、上空へと翔ぶ。

 そして、瞬く間に抜け穴に辿り着いた。

「イハ、どうした!」

 穴から上半身を突き出して、友の名を叫ぶ。


 答えを待つまでもなく、事態は直ぐに呑み込めた。

 廊下の中央には、死装束姿のルイカが立っていた。長ドスを握りしめ、死人のような顔で仇を見据える彼女は、まるで怨霊である。

 対峙するシキョウは、イハを背後に隠して、まっすぐルイカを見つめ返す。

 いつもの柔らかい笑みは消え、死地を覚悟した男の面構えになっていた。


「待たれよ、ルイカ殿!」

 ミズチは穴から這い出て叫ぶ。

「ゲンソンは、この船で武器の密輸をしている。三年前、ご主人が殺された事件にも、何か裏があるかもしれない」

 女剣士の言葉に、ルイカはポツリと返す。

「だから?」

 ミズチは絶句した。二の句も継げない程に。


「まさかミズチ様は、私が何も知らないで、義兄様の悪事に利用されている。そのように考えているのでしょうか。でしたら、それは見当違いです」

 ルイカは死人のような表情で、訥々と言葉を紡いだ。

「義兄様は体良く騙しているつもりなのでしょうが、私は兼ねてより、存じ上げております。あの方がどのような悪行に手を染めているのか、三年前に主人が死んだのも、自業自得である事も、承知しております」


「知っているのなら、何故……」

 仇討ちを止めない。ミズチの質問を待たずして、ルイカは言った。

「たとえ罪人でも、あの人は、私の最愛の夫でございました。心の底から愛し尽くしておりました。だから許せないのです。あの人を殺した、マガツを。たとえ主人が罪人であろうとも、世の理に反していようとも、無念を晴らさなければ、あの人は浮かばれません」

 ルイカの内面は、グツグツ煮えたぎる怒りに満ちている。ミズチはそのように受け取った。


「それならどうして、いつまでも喋っている」

 ここでシキョウが挑発を始めた。

「仇討ちなど所詮は憎しみのはけ口。どんなお題目を掲げようが、クソの塊に過ぎん。無駄話をしている暇があったら、早く殺しに来たらどうだ。ほら、今が絶好の機会だぞ」

「ちょ……ちょっとおぉ!」

 背後のイハが激しく狼狽する。


 ルイカは長ドスを脇に抱えるように持ち上げた。

「やはり主人を殺したのは……鬼だったのですね……」

 だっと、彼女は駆けだした。

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