舞うが如く第5話-3「首斬りのマガツ」
貨物船「氷山」はいわゆる貨客船で、二十の客室が設けられている他、食堂などの設備も充実していた。
船内に客の姿はなく、廊下ですれ違うのは、もっぱら船員たちばかり。
洒落た白い水兵服で身を固めた水夫もいれば、機械油の染みこんだ作業員もいた。
彼らはミズチの顔を見るや否や、慌てて上官を呼びに行った。
「お客様。今は船の点検中でして。できれば、船内をうろつかないで頂きたいのですが」
いそいそとやって来た士官らしき男がミズチを咎める。
「連れの者が厠へ行ったきり、戻ってこないんです」
「でしたら、我々で捜索します。どうか、下船を」
事務的な口調には、嫌悪が滲みでていた。反感を覚えたミズチは戻るフリをして、別の入口から、再び船内に潜り込んだ。
捜索続行。密かに船内の奥深くまで赴いた。
…………
ミズチは士官室を通り過ぎ、梯子を伝って下層に降りた。すると、狭い廊下の曲がり角に、小さな体が見えた。
ダ権守の若き新妻、イハである。
「イハ! まったく、こんな所で何を……」
彼女に近づき、叱ろうとするミズチ。しかし、咄嗟に振り返ったイハに、口を塞がれてしまった。
「ばれちゃう。ばれちゃうから」と、イハは角を曲がった先を指さした。
もごもご塞がれた口を動かしながら、ミズチも伺い見た。
イハが指を差した先には、野良着姿の男がいた。刀を腰さし、ミズチ達に背を向けて蹲っていた。
せわしなく両手を動かしている。どうやら、大きな機械をガチャガチャ弄り回しているようだ。
不意に男が横を向いた。露わになった横顔に、ミズチは危うく声を出しかけた。
(シキョウ?)
男の正体は、ミズチ達の顔なじみで、役人のシキョウであった。
額に汗を浮かべ、ひっ迫した表情を浮かべていた。普段の昼行燈は陰も形もなかった。
「……どうしてアイツがこんな所に?」
再び身を潜めた、ミズチはイハに問う。
「知らないよ。戻る途中、下に降りて行くを見たの。だから、こっそり追いかけた」
「また何か妙な事件に首を突っ込んでいるのか?」
二人が首を捻っていると……。
「そろそろ出て来ませんか。実は人手が欲しい所なんです」
突然、シキョウが話し掛けてきた。驚いたミズチ達は、その場で飛び上がった。
「バレた?」おそるおそる、姿をさらすイハ。
「さっきからずっと。ああ、やっと開いた……。こっちへ」
シキョウは二人を手招きする。シキョウは金属製の蓋を開けたらしい。四角い入口が露わになっていた。
「いやはや、丁度良かった。貴女に助太刀を頼みたいと思っていた所でして」
ぽややんとシキョウが言う。さっきとは打って変わり、雰囲気はいつもの昼行燈に戻っていた。あまりの変わり様に、ミズチは不気味さを覚えた。
「貴様。今度は一体、何をしている」
たまりかねたミズチが尋ねた。
「まあまあ。詳しい説明はコレを見てからという事で」
近づいた二人が、中を覗き込もうとした、その時だった。
悲鳴が轟いた。振り返ると、ルイカとゲンソンが廊下に立っていた。
「ルイカさん?」イハが目を瞬く。
「ああっ!」真っ青な顔でルイカがわなわな震える。
一方のゲンソンが唐突に叫んだ。
「貴様は……マガツ!」
ミズチとイハはギョッとして、マガツと呼ばれた男……シキョウに視線を向けた。
(シキョウがマガツ?)
混乱するミズチ。一方でシキョウは、ヘラヘラ笑いながら、腰の刀に手を伸ばそうとする。
反射的にミズチはシキョウの足を、竜の尾で刈り払い、転倒させた。
「およ?」
目を白黒させるシキョウに、ミズチは覆い被さって腕を捻り上げる。そして、耳元でこう囁いた。
「口裏を合わせろ」
ミズチは近づいてくるルイカ達に、掌を掲げて制止させた。
「イハ殿をかどわかす不逞の輩とばかり思ったが。そうか、違うのか。ルイカさん、この男がご主人の仇なのか?」
動揺するルイカに変わり、ゲンソンが口を開く。
「そうです、その者こそ……」
「黙れ! ボクはルイカさんに訊いている」
一喝してゲンソンの言葉を遮る。そして、再びルイカを見上げた。
「如何か?」
「……そうです。この男の人相。ゲンソンより聞き及んだ、主人の仇に違いありません。ミズチ様。どうかこの場で、仇討ちをさせて下さいまし」
手を震わせながら、ルイカは涙声で懇願する。
その様子をしばし観察した後、ミズチは……。
「ならぬ」と、低い声で答えた。
「ち、ちょっと。ミズチちゃん?」
おろおろするイハを尻目に、ミズチは堂々とした態度で口を開く。
「あなたがマガツに仇討ちをする権利があるのなら、このマガツにも、あなたを返り討ちにする権利がある。よって、双方が正々堂々と戦う機会を、あらためて設けたい」
「何を無体なことを。今が絶好の時だというのに!」
抗議をするゲンソン。ルイカは顔を蒼白にしたまま、口を閉ざす。ただ、死人のような眼で、仇を見下ろしているばかりだ。そしてシキョウは、彼女の視線を受け止め、まっすぐ見返していた。
「だから駄目だと申しておるのだ、バカモノ。作法の心得も無く、一方的に相手を殺すのは、仇討ちなどではない。殺人だ。それにルイカさん。あなたは今、書状を持っておいでか。あれが無ければ、不当に人を殺した、という汚名を免れますまい。そんな醜態を、ご主人が望んでいるとでも?」
ミズチは語気を強めて反論を続けた。
「この場は一旦、ボクが預かる。これ以上の反論、いっさい受け付けぬ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます