舞うが如く第5話-2「首斬りのマガツ」

 昼下がりのイカサ市内。ミズチ達を乗せた馬車は、運河を目指して、大通りを進んでいた。

「何度も言いますが、仇討ちを終えた後は、速やかに警察へ出頭してください。その時は必ず、先ほど書かせた書状を忘れないこと。書状は、あなたの仇討ちの正当性を証明する、大事な証拠になりますから」

 ミズチは念を押して言った。


「はい」

 ルイカは頷いてみせたが、虚ろな目をしているせいで、本当に分かってもらえたのか、ミズチは少し不安になった。


 そもそも、仇討ち行為は法律で禁止されている。未だに士族間で行われる決斗、無礼討ちも、立派な法律違反だ。しかし、近代化の波は人々の意識を変えるまでに至らず、未だに古いが根強く残り続けていた。


 市井では違法な筈の仇討ちや決斗は黙認され、逮捕はされるが、不起訴処分という形で放免されるのが殆どであった。


 例えば、ルイカがみごと仇討ちに成功したとしよう。彼女は手筈通り警察に出頭し、書状を提出。立ち会ったミズチとイハ、そしてマガツ側の立会人が証言をする。

 然る後、裁判所が、ルイカへの処罰を決定する。

 無罪の場合は一ヶ月の謹慎が相場だ。逆に有罪が言い渡されると、禁固刑と家禄没収という罰が与えられる。


(しかし、上手くいくのだろうか?)

 ミズチは悩みに悩んでいた。

 

「でも、よく分かったわね。三年間も分からなかった仇の居場所を」

 徐にイハが口を開いた。

「義理の兄君が、方々へ探し回り、ようやく見つけてくれたのです。あの人は、百鬼隊のマガツが主人を殺した現場を、目撃していたそうです」

 ルイカは俯いたまま、ゆっくり口を動かした。



 ……かつてこの国では、二つの勢力が激しい内乱を繰り広げた。

 俗に言う「勤王きんのうの乱」である。この戦いで勝利した大公軍が国の実権を握り、現在に至る。


 当時、大公は直属の遊撃部隊を有しており、各地の戦場に彼らを投入した。

 その名は百鬼隊。破竹の勢いで敵を撃破していく彼らの姿は、多くの者達に畏怖を植え付けた。


 しかし、戦場の英雄たちにも陰はある。ルイカの仇、マガツは百鬼隊の陰を象徴する人間であったようだ。


 当時、マガツは百鬼隊の秩序維持を任務とする、督戦隊を預かっていた。彼は規律を破った隊士や、捕虜にした敵兵の処刑も担当しており、「首斬りのマガツ」と、味方にすら忌避されていた男だった。


 そんな凶悪な男がある日、任務外で味方の分隊を手に掛けた。その犠牲者の一人が、ルイカの主人、シソンだった。見つかった遺体は、首が綺麗に刎ね飛ばされていたという。


 マガツは騒動の後で、

「彼奴等は徴用した民間船を悪用し、補給物資の横流しを行っていた。よって軍紀に則り、その場で処刑した」

 などと、上官に報告。数日後、報告書と証拠品を提出して、己の潔白を認めさせた。


 しかし、粛清の現場を影で目撃していたルイカの義兄は、ルイカに打ち明けた。

「横流しの真犯人は百鬼隊だ。殺された弟は、その場に居合わせただけで、口封じの為に、マガツに殺された。そして、罪を被せられたのだ」

 ……この話を端に、ルイカは、マガツへの仇討ちを決心したのである。


 味方に殺された挙句、死んだ後も利用される。あまりにも理不尽だが、殺された人間に文句を言う事はできない。だから、生き残った人間は、無念を晴らそうと奮起するのである。

 しかし……。

(妙だな。ヤケに引っかかる)

 傾聴していたミズチは、微かな違和感を覚えた。


……………


 運河は大小様々な船が行き交い、岸辺の船着場も、和洋入り混じった装いの人間達で、ごった返している。溢れかえった行列は道路にも広がり、時折、馬車の進路を阻んでしまう。

 御者は悪態をつきながら、馬車を小刻みに蛇行させて、行列を避けて行った。


「写真は如何かなぁ!? 最新のカメラで撮る、銀版写真は如何かなあ!?」

「シント市行きの汽車に乗りたい方は、こちらに並んで。乗り合い馬車は、まもなく到着します」

 小窓を開けると、ひっきりなしに活気付いた声が聞こえてくる。


 季節は冬真っ盛り。これから更に寒くなるというのに、活気に衰えは感じられない。勤王の乱から三年。戦後の傷を覆い隠すように、新しい時代の波が、押し寄せて来ているようだ。ミズチはそう感じた。


 程なくして、馬車は大きな船宿の前で止まった。ルイカは数日前からこの宿を拠点に、仇討ちの準備を進めているという。

「ちょいと、ミズチちゃん。見て、でっかい船だよ」

 馬車から降りるなり、イハは宿の背後で錨を下ろす、大型外輪船を指差した。ミズチも目を見開き、言葉少なく驚く。

「こんな大きな船、見た事ある?」と、イハは尋ねる。

 いいえと、ミズチは首を振った。

「この街に来てからというもの、とにかく驚きっ放しだ」

 つまり驚きが尽きない程、この世界は広いのだ。


 感慨に耽っていると、男が宿から出て来た。赤い詰襟シャツの上に着物をまとい、長い髪は油で後ろに撫で付けている。

「ルイカさん。おかえりなさい」

 男は目鼻立ちのくっきりした濃ゆい顔に、微笑を浮かべた。


「いま、戻りました。あの、こちらはダ権守様の奥方様で……」

「イハです。こっちがノエ・ミズチさん。この方が、ルイカさんの手助けをしてくださります」

「どうも」

 ミズチは軽く頭を下げるだけに留める。そして、男も名乗った。


「義妹がお世話になります。私はモフベ商会のゲンソン。蒸気船『氷山』の船主です」

「蒸気船……もしかして……」

 ミズチは船宿の後ろにそびえる、巨大な船体を見上げた。

「はい。あれが氷山です。我がモフベ商会が誇る、当代随一の船です。よろしかったら、見学でもいかがですかな?」

 人好きのする快活な笑顔で、ゲンソンは申し出た。


……………


「すっごい!すごく眺めが良い!」

 イハは舷側でピョンピョン跳ねた。小柄な体躯と振る舞いのせいで、いつもより子どもっぽく見えてしまう。

「はしゃぎ過ぎて落ちないでよ」と、ミズチはまるで保護者のように嗜めた。


 ゲンソンの計らいで、ミズチ達は外輪船を見学する事になった。どっしりした船体は、冬の寒風に当てられても揺るがず、抜群の安定感をみせている。

 ふと、ミズチは、地上にいるような錯覚を覚えてしまった。


 不意にイハは舷側を離れ、ミズチのもとに戻ってくる。

「どうした?」ミズチは怪訝に尋ねる。

「小便」

「せめて厠と仰って下さい、ヒョウネン夫人」敢えて苗字で呼び、注意する。

「下に降りるから。迷子になったら探しに来てね」

 イハはそう言い残して、船内に続く階段をパタパタ降りて行った。

「……本当に同い年なのか、あの人?」ミズチはこめかみを抑えて呻いた。


 そして案の定、イハはしばらく経っても戻ってこなかった。

「やっぱりね」

 呆れながら、ミズチも船内に降りた。



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