舞うが如く第4話-5「刀剣好きにはご用心」

「まさか、武器を仕込んでいたとは」

 間一髪でムガイの奇襲から逃れたシキョウ。彼は家を飛び出し、近くの林へ逃げ込んでいた。


 赤鞘に収まった湾刀『新月』を大事に抱え、一先ず木陰に身を隠す。

「さて、どうする?」

 乱れた呼吸を整え、精神を落ち着かせようと努める。しかし、味わった衝撃が強すぎる余り、立ち直るのが遅くなっていた。


(アレは鬼だ)

 シキョウは、ムガイの放つ禍々しい邪気を感じ取っていた。もしかしたら、以前襲われた時よりも、遥かにおぞましくなっているかもしれない。そんな気がした。

 

 そうこうしている内に足音が聞こえてきた。

 

 つまり……。

「ちぃっ!」

 シキョウは勘を頼みに前へ跳ぶ。直後、隠れていた木に鎖付き小刀が巻き付いた。

 もし遅れていたら、鎖に拘束されていたであろう。


 起き上がったシキョウは、反射的に新月の柄へ手を伸ばした。


(人斬りは所詮、人斬り)


 女の声と共に、過去の光景が走馬灯のように次々と蘇ってきた。


 赤ムカデの旗、燃え盛る街、有象無象の敵、山のように積まれた生首。


「畜生」シキョウは俯き、歯ぎしりをした。


 二本の小刀が、鎖の尾を引いてシキョウに迫る。

 シキョウは目を見開き、新月を抜き放った。

 薄い刃が夜気を裂き、飛来して来た小刀を弾き飛ばした。


「……話にならん」

 シキョウは鞘を捨て、刀を軽く振った。

 新月はまるで筆のように軽かった。扱いやすいと感じる反面、シキョウは物足りなさを感じた。

「この刀……命を預けるには薄すぎる」

 と、近づいてくるムガイに言う。かつて、幾度となく刀に命を預けた男の言葉には、確固たる重みがあった。


「酷い。妾の子どもを粗末にするなんて」

 やって来たムガイは、全身に大量の武器を装備していた。妖しく揺れ動く度に、武器がジャラジャラと音をたてる。そして、蒼白の細面は艶かしい笑みで歪んでいた。

 これほどまでに、ぞっとする笑顔が作れる人間が、果たしているだろうか。

 シキョウは湧き上がる慄きを無理やり殺し、刀を構えた。


「教えろ。キメキの刀は、トロンザ一人で持ち出したのか?」

「いいえ。本当はね、妾一人で刀を連れて行くつもりだったの。でも、一人ではダメだった。だから、トロンザを唆した。それだけのこと」

 ムガイは両刃の杖に頬ずりをする。キメキの目録によると、「双刃棍そうばこん」という武器であるそうだ。

 不気味さを覚えながら、シキョウはまた質問。

「トロンザに暗殺稼業を勧めたのも貴様か」

「ええ。この子達を養うには、其れ相応のお金がいるんですもの。もちろん、妾もちゃんと働いた。亭主と一緒に手を汚した。でもおかげで、愛しい子供達がたくさん増えたわ」

(夫婦で暗殺をやっていたか)

 シキョウは眉をひそめた。


 一方、口に油が乗ったのか、ムガイは更に言葉を続けた。

「それなのに、彼奴は職を失った途端、刀を全て売り払ってしまった。ずっと大切に育ててきた子供達を、金の為に売るなんて。酷いと思わない?」

「さて? 数奇に狂う貴様よりは、ずっと現実的な男だと思うぞ」

 敢えて挑発をするシキョウ。仮にムガイが、趣味を否定され、激昂してくれれば恩の字だ。冷静さを欠いた敵は弱みを見せやすい。そこを一気に突いて崩すのだ。

 そう考えていたシキョウだったが、思惑は直ぐに外れてしまった。

「つまらない男……死ね」

 彼女の立ち振る舞いに動揺の類は見られない。精神は全くの平坦だった。


 アテが外れた。シキョウは溜息の後、切っ先を地面に向けて下段に構える。

 そのまま、ジリジリと距離を詰めるシキョウ。ゆっくり近づく彼に、痺れを切らしたムガイが仕掛けた。


 彼女は杖術の要領で正面から突く。しかし、これはあくまで陽動。本命はシキョウが突きを避けた直後の斬撃である。シキョウは懐に飛び込まなければ、反撃できない。

 ムガイの双刃棍がシキョウに迫る。彼は左右どちらにも動かない。真正面から向かって来るばかりか、新月を下から上に振り上げた。


 甲高い音が響き、双刃の片割れが宙を舞う。シキョウは、迫りくる刃を根元から切り落としてしまったのだ。ムガイは棍を回転させ、もう片方の刃でシキョウの足元を薙ぎに掛かる。

「いいぃやああっ!」シキョウは素早く刀を振り落とす。

 上段から落とされた新月は、下段攻撃を食い止めるどころか、双刃棍の最後の刃を、粉々に砕いてしまった。

 ムガイは酷く狼狽えたが、反射的に棍を左右に振り、シキョウの追撃をけん制。そのまま後方に退く。

そして、変わり果てた愛刀の姿に慟哭した。

「妾の子どもが……ああ、痛かっただろう……さぞ悔しいだろう。あとで治してやるからねえぇ」


 女は棍を下へ置いた後、背中の大型武器を手に取った。姿は鉈に近く、厚くて幅広い刃も相まって、もはや刀とは呼べない代物だ。

「大剣鉈は初めて使うのだけれど。一緒に仇をとってやろうなあァ」


 ムガイの体がフワリと舞ったかと思うと、空中から大剣鉈が落とされる。

(間に合わない!)

 シキョウは敢えて体勢を崩し、側面に逃れた。代わりに斬られた大木に、鉈が深々と突き刺さる。

「良い。良いわぁ! お前は良い子だよおおおォ!」

 ムガイは頰を紅潮させ、歓喜の声を挙げる。先程の哀しみは影も形も無い。

「ほォら、役人さん。もっと、もっと、妾の子ども達と遊んで頂戴な!」

 大剣鉈を抜き、大型武器を手元でクルクル回してみせた。


 シキョウは密かにほぞを噛んだ。

 大量の武器を体に括り付けているにも拘らず、常人を上回る速さで動き、男顔負けの腕力で打ち込んでくる。これを鬼と呼ばずして、何とする。

(勝てるのか、この女に?)

 腕の衰えを悔みながら、それでもシキョウは己を奮い立たせた。

「行くぞ!」


…………


 真剣勝負の音を聞きつけ、ミズチも林の中に入った。そして、目を見開いて驚愕した。

 シキョウとムガイが戦っている!

 ムガイは大きな武器を軽々と振り回し、シキョウは抜身の新月を片手に、攻撃を避けているのだ。


 ぶうんッと、ムガイの剣が音を立てて唸って舞う。そのまま、返す刀で再びシキョウの脳天に剣を落とす。シキョウは避けもしなければ、受けようともしない。ほぼ同時に、真正面から迎え撃った。

 ガツンという、鈍い音が鳴る。シキョウの繰り出した正面打ちが、ムガイの剣の柄を、真っ二つに斬ってしまったのだ。


 柄の折られた大剣鉈は、ボロボロと分解して、地面へと落ちていった。

「貴様……貴様、キサマ、きさまあァッ!」

 激昂するムガイは、腰に吊るした刀を二本抜く。

 今度は三叉の刃を持つ刀。外見は、南方の武術で使われる釵(さい)に近い。


 反撃に転じたシキョウは大きく踏み込み、袈裟がけに斬る。しかし、斬月の刃は、分かれた刀身に引っ掛かり、絡め取られてしまった。

 互いの鍔と鍔をせり合わせ、両者は零距離でにらみ合う。

「殺す、殺す! コロスううゥ!」

 交差する刀と刀を隔て、ムガイは憤怒に狂った顔でシキョウに吠えた。


「その顔が見たかった」

 シキョウは、ムガイの手を無理やり掴んで動きを封じ、顔に頭突きをかました。不意の一発をもろに浴びたムガイは、鼻血を吹きながらのけ反る。

 ダメ押しと言わんばかりに、シキョウは彼女の脾腹を蹴って突き飛ばした。

 三叉から新月が抜け、両者も離れる。さらにシキョウは、ムガイの剣を二つとも、手早く叩き壊した。


 無手になったムガイは、鼻血を拭うのも忘れ、野犬のように吼え狂う。そして、後ろ腰から最後の刀を抜いた。

 反りのない直刀。それも切っ先から半分が両刃で、残り半分は鋸めいて波立つ片刃であった。

 目録によると銘は斬鵺きりぬえ


「まだ来るか」

 シキョウは驚き半分、呆れ半分にぼやく。しかし、ムガイは何も言い返さない。獣のように牙をむき出しにして、殺意に塗れた眼を光らせ、唸るばかりだった。

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