舞うが如く第4話-6「刀剣好きにはご用心」
ムガイが仕掛ける。獣声をあげながら、乱れるように斬鵺を振り回す。
息つく暇なく押し寄せる猛打は、シキョウから反撃の機会を奪った。
不慣れな武器での戦い、武器ごとに戦法を変える敵。不利的状況が重なり、シキョウを段々と追い詰めていく。
……そしてついに、新月までもが折れた。ムガイの放った力強い連続攻撃に、薄刃が限界を迎えたのだ。折れた刃は虚空を舞い、シキョウの背後に落下。
「最悪」シキョウは用済みになった新月を、足元に捨てた。
「また折ったああぁっ!!?」ムガイ、更に憤怒。
「貴様がやったんだろう」
理不尽な憎悪、現代で言う所の「逆ギレ」に呆れるシキョウ。ムガイは大上段に刀を振り上げ、彼にトドメをさしに行く。
シキョウは諦観の篭った目で立ち尽くした。
(死ぬのか?)と、彼は思った。
3年前。戦が終わり、拠り所を失った時、彼は過去と名前と刀を捨てた。
ようやく訪れた死を前に、彼は思い出してしまった。
あるいは、気付かされたというべきか。
(私は、真剣勝負が好きだったのだ)
かつて首斬りのマガツと呼ばれた男は、そっと目を閉じた。
……その時である。
横合いからミズチが割って入り、ムガイの一撃を刀で受け止めた。
想像以上に重い膂力が、ミズチの体を沈めた。
「ちぃっ!」
竜人の女剣士は太い尾で地面を蹴り上げ、ムガイを強引に弾き飛ばした。
ムガイは態勢を整えられず、四つん這いになって着地。ぐるぐる唸りながら、新手を睨みあげた。
ミズチはシキョウの前に立ち、刀を構え直した。
「どうして邪魔をするんですか?」と、シキョウは残念そうに呟く。
「勝手に死ぬな。ボクが許さん」
毅然とミズチは言い放った。
「良い刀を持っているようだな。ボクの刀と何が違う」
と、ミズチは言う。ムガイの持つ刀剣と違い、彼女の刀は無銘であった。
しかし、その事についてミズチは何ら引け目を感じていない。
「名刀? 業物? それがどうした。刀など、骨肉を切り落とせれば良いのだ」
シキョウと同様に、ミズチも挑発をした。
ムガイが前傾姿勢でミズチに突撃する。対するミズチは腰を深く落とし、刀を水平に構えた。
あっという間に両者の距離はぐんと縮まる。ムガイはミズチを間合いに捉えた途端、大きく跳躍。獲物を襲う肉食獣のように、刀を振り下ろした。
ミズチも狙いを研ぎ澄まし、頭上から襲いかかるムガイに、必殺の平突きを放った。
両者交錯。
ミズチは上空で体を捻って体勢を整え、着地した。
無事では無かった。切り結んだ際、肩に浅い傷を負っていた。空色の着物は裂け、切り口は血で染まった。
一方のムガイは、受け身をとることなく、頭から地面に落下した。一間置いて、彼女の手を離れた斬鵺と、千切れた右腕が、ボトリと落ちてきた。
凄まじい威力を誇るミズチの刺突が、ムガイの腕を貫き、骨をも捻じ切ってしまったのだ。
「見事」シキョウは称賛の声をもらした。
ミズチの技は、見紛うこと無き、美しい剣技だ。シキョウはそう見込んだ。
かつて身を置いた百鬼隊や、知っている限りの剣客の中でも、あの竜人の女剣士は、特に抜きんでている。
(どうして、もっと早くに出会えなかった)
シキョウは場違いだと知っていながら、悔んだ。
戦場で彼女と出会い、死力を尽くして戦いたかった。堅苦しい真剣勝負でも良い。
とにかく、彼女と命のやり取りをしたい。そのような邪念に駆られてしまった。
……さて。
腕を切り落とされ、無残な姿となったムガイは、地面に転がり、身悶えていた。
自らの血で体を真っ赤に染め、獣の声を挙げる姿は、壮絶極まりないものだった。
シキョウは彼女に止血をしようと近づき、ミズチも最後の一振りを破壊しに向かおうとした。
するとムガイは、血の涙を流しながら、
「妾の子に触るなあッ!」と、再び吠え狂いだした。
身構えるミズチとシキョウ。しかし……。
「嗚呼ッ! ああッ! アアッ!」
彼女はシキョウの脇をすり抜け、斬鵺に抱きついた。
そして、残っている手で刃を直に掴み、自らの腹に突き刺した。
悲鳴が夜気を裂いた。
ミズチとシキョウが絶句する中、血濡れた刃は、ムガイの細い背中を突き抜けた。
「渡す……ものか……妾の大事な子、渡さ……」
粘っこい血の塊をげえげえ吐きながら、ムガイは地面に這いつくばる。そして、芋虫のように体をくねらせて前に進む。行先には、折れた新月の刀が落ちていた。
彼女を止めようとするミズチだったが、シキョウが手を伸ばして制止させる。彼はそっと首を振ってみせた。
「妾の子……可哀想に。一人……ぼっちには……させ……ないよ」
もはや彼女の体は、血で濡れていない場所が無いほど、真っ赤になっていた。
ムガイは、折れた新月の刃を掴んだ。
「お前も、一緒……に……」
焦点の定まらない目を潤ませ、刃を下腹部に刺した。
「みんな……みんな連れて……妾の子……」
腹に刺した刀を抱きかかえたまま、彼女は地面に蹲った。
そして間をおかず、刀達と共に息絶えた。
動かなくなったムガイに対し、ミズチは静かに黙とうした。
「あ……」
ふと、シキョウは空を見上げる。戦いに気取られていたせいで、冬の夜空の下にいた事をすっかり忘れていた。思い出した途端、空気が突然冷たくなった。
「雪だな」
ミズチも見上げる。真っ暗な夜空から、小さな雪がちらちらと降って来た。
シキョウはしばらく雪を見つめた後、ムガイの死体に、悲哀のこもった目を向けた。
「この程度の雪では洗い流せませんね」
「何が?」
ミズチは尋ねる。
「血ですよ」
と、シキョウは呟くように答えた。
(了)
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