舞うが如く第3話-5「ナマズ侍は暴れん坊」
「当寺は女人救済の場であり、男の入寺を固く禁じておる。いかな理由とて、そなたらを招き入れるワケには参らぬ」
妙齢の尼が、門の向こうにいる無頼達に向け、凛と言い放つ。
「この門は決して開けぬぞ。さあ、早う去(い)ね」
「断る!」即座にテダキザの甲高い声が返ってきた。
「お前達が門を開けないのなら、破るまでのこと!」
口笛を合図に、門の外では物々しい足音が聞こえ始めた。そして、掛け声と共に、寺の門が大きく揺れた。鎚で門を叩いているのだ。
衝撃はだんだんと強く激しくなっていく。尼は決然とした態度で、その場に留まり続ける。
「破られる前に、いっそ開けたらどうです?」
のんびりした声。振り向くと、シキョウとミズチが立っていた。
「寺を預かる私に寺法を破れと申すか!」と、尼は鬼の形相で拒否。
「でしたら、このダメ役人に開けさせましょう。部外者が勝手にやったとなれば、面目も潰れますまい」ミズチが憮然と言い放つ。
「そういう問題では……」
尼が抗議しようとする前に、シキョウは門へ近づき、鍵を外してしまう。
すぐに門の隙間から男達がなだれ込んできた。腰を抜かした尼は、駆け付けた付き人に引っ張られて、後退した。
無頼共をかき分け、テダキザが前に出る。革のベルトに拳銃を挟んでいた。
「大人しく、イハさんを返してもらおうか」
顔は病人のように青白いのに、目は生気で満ち、ギラギラ光っていた。未だに屋敷で味わった、名状しがたい恐怖(被害妄想)が抜けていないらしい。
「あたいは、アンタのモノじゃないやい!」と、寺の中からイハが叫び返す。
「おお! おお! イハさん。そこにいるのですか。探しましたよ。さあ、こちらに戻って来なさい。あなたを真に愛せる男、テダキザがお迎えに上がりましたよ!」
「キモい! ウザい! キショイ! 変態! 死ね!」
怒り狂うイハは、寺の仏具をテダキザ目がけて投げた。尼たちが悲鳴をあげたのは、言うまでもない。一方のテダキザは、仏具に頭をぶつけても怯まずに愛がどうとか、演説を続ける。まさに地獄絵図だ。
「芸術的な狂い方だなあ」
シキョウはミズチの隣に戻ると、楽しげな面持ちで言った。
「我慢の限界だ」
腹を立てたミズチが刀に手を掛けた……その時だ。
「そこまで!」
低く鋭い声が境内に響き渡った。
一同の視線が寺の隅に向けられる。
灯された松明の灯りを背に、ナマズ顔の侍がゆったり歩いて来た。
「ドジョウノ介さま!」
イハは障子戸を開けて外に飛び出す。
「遅れてすまぬ、イハ殿。俺が来たからには、もう大丈夫だ」
大きな口をにっと広げ、ドジョウノ介は不敵に笑った。
「貴様、何者だ?」と、テダキザが吠える。
ドジョウノ介は笑みを消し、極太の眉を吊り上げた。
「俺か? 俺は天下(が)の素浪人、ウナギ・ドジョウノ介だ」
「ウナギだと?」
怪訝な顔をするテダキザに、ドジョウノ介は更に言う。
「その様子からして、キサマは恋敵の顔すら知らなかったと見える。全く、片腹痛い」
この発言を受け、ようやくテダキザは気付いたらしい。
「な……ナマズ公!」
情けない声をあげ、目の前のナマズ顔を指さした。
素浪人ウナギ・ドジョウノ介は仮の姿。
その正体は、元大公家剣術指南役、ルルイエ・ダ権守・ヒョウネン。
「そんな。ドジョウノ介様が……ダ権守?」
初めて知った衝撃の事実に、イハは狼狽する。テダキザ率いる無頼たちも、戸惑いを隠せず、どよめいた。
一方で……。
「ミズチさん、あの人……」
「言うな。本人なりに、努力して偲んでいるんだ。たぶん……」
ミズチとシキョウは呆れ半分にぼやいていた。
外野があれこれ騒ぐ中、ダ権守は良く通る声で話を始めた。
「その方、テダキザとやら。嫌がる女性につきまとった挙句、自らの願いが叶わぬと知るや、誘拐という暴挙に出るとは不届き千万。全くもって不甲斐がない。即刻、この場から退き、イハ殿の前から消えるが良い」
「断る!」
テダキザ、即答。
「ここで退けば、只の臆病者。ならばいっそ、愛の戦士として、ここで果ててやる!」
「そう言うと思ったぞ、阿呆め」
呆れるミズチは、さりげなくイハの前に出て庇った。
「お前達。このナマズを斬ってしまえ! 公儀への釈明など、何とでもなる!」
テダキザの言葉に背を押され、無頼どもは武器を手に、ダ権守を囲み始めた。
「ははは。典型的な悪役だ」と、シキョウは苦笑い。
「愚かな」
ダ権守も本差しを抜いた。彼の刀には刃がなかった。切れ味を失った、刃引きの刀である。
そして、
(デーンデーンデーン♪ デデデデデデ デーンデーンデーン♪)
……などという伴奏を合図に、乱闘の幕が切って落とされた。
先陣を切って襲い掛かる無頼ども。彼らは息を合わせてダ権守に斬り込むが、瞬く間に刃引き刀で叩き伏せてしまう。
「行け、行け! 数ではこっちが有利だ!」
「死ねやあ!」
敵の一人が大上段から刀を振り下ろすも、ダ権守は最小限の動きで刀を払い落とした。無手になった敵は逃げようとしたが、間髪入れずに刀で腰を叩かれる。
それから一人、また一人とダ権守に襲い掛かるも、誰一人として傷一つ負わせることができない。
むしろ逆に、反撃をもらって打ち倒されるばかりだ。
「ヤツの刀は刃引きだ。切られても死にはしない。怯まず攻めろ」
と、浪人らしき男が仲間に指示を出す。そこに、ミズチが強襲を掛ける。
浪人は斬撃を紙一重で避け、間合いに入った女剣士目がけ、刀を振るった。
それを受け止めるミズチ。両者はにらみ合った末、同時に距離をとる。
「ミズチさーん。お寺ですからね、流血は極力避けて下さいよぉ」
寺の中を逃げ回りながら、シキョウは呼びかける。ミズチは面倒くさそうな面持ちで舌打ち。そして、八そうの構えをとり、刀の峰を浪人に向けた。
前に踏み込む浪人。乱暴に刀を左右に振り回し、ミズチに迫る。
「でえぇやあぁぁっ!」
刀を振り切った一瞬を狙い、ミズチは浪人の肩に刀を叩き落とす。
骨の外れる手応えが手に伝わった。武器を落とした浪人に、ミズチはダメ押しの一打を加え、昏倒させた。峰打ちである。
続けて、後方から刺しに来た大男一人と、左右から同時に迫る筋者風の男達も、峰打ちで叩き伏せた。
テダキザはガタガタ震えながら、ダ権守に銃を向けていた。憎き恋敵は、寺の縁で大立ち回りを演じている所だった。
障子越しに短槍使いが突きを放つが、ダ権守は軽く体をズラして回避。槍が引く前に屋内へ入り、短槍使いを沈黙させる。続けざまに、袈裟切りで斬られた男が、障子を突き破って転がり出てきた。
「バケモノめ」
テダキザが発砲しようとした刹那、横から飛んで来た火箸が、テダキザの手に深々と突き刺さった。
歪んだ顔で振り向くと、羽織姿の優男が視界に映った。シキョウである。
「野暮な真似はダメですよー」
そう言うと、彼はまた無頼たちに背を向けて逃げて行った。
やがて、手下は全員残らず打ち倒され、とうとう、生き残りはテダキザだけとなった。
テダキザは拾った刀をダ権守に向けるが、へっぴり腰で持ち方も素人然としている。
「くるな……来るなあぁ!」
後ろへ下りながら、悲痛に叫ぶ。
「成敗!」と、ダ権守。
次の瞬間、テダキザの後頭部に鉄鍋が振り落とされた。
どさり。テダキザは倒れ、そのまま気絶してしまう。
「ざまあみろ」
鉄鍋を持ったイハが吐き捨てるように言った。鍋を相手に当てるだけの身長が足りず、ミズチに抱っこしてもらっていた。
「……でかした、イハ殿」
ダ権守は静かに納刀する。
「ドジョウノ介さまぁ!」
地面に下ろして貰ったイハは、すかさず彼に抱きついた。
「元から入り込む余地は無かったらしいな」
と、ミズチは感慨深げに言う。彼女が眺める先では、ナマズ顔の侍と娘が固く抱擁を交わしていた。
(美女と妖怪?)
ふと、シキョウはそのような言葉を思い浮かべた。
……………
ミズチとシキョウはダ権守達と別れ、屋敷へと戻った。
「……ということで、此度の騒ぎはダ権守様のご活躍により、落着しちゃいましたとさ。めでたいんだが、めでたくないんだか、私にはよく分かりません」
報告を終えたシキョウは、縁側に腰掛けて葛湯をすする。隣に座るカクハは、腕を組んで顔を曇らせた。
「まさか、テダキザが斯様な醜態を晒すとは。儂の考えが甘かった。バカは時に、予想を上回る馬鹿をしでかすのだなあ」
テダキザの身柄は、ダ権守が預かる事になった。残された手下たちは、その場で放免されると、クモの子を散らすように逃げてしまったという。
「おそらく近日中に、ダ権守様からテダキザの実家に『お話』が行くでしょう。何だかんだで、一番損害が大きいのは、馬鹿息子の後始末に追われる事になった、身内かもしれませんね」
「まるで他人事のように言うな」と言って、カクハは茶を湯呑に注いだ。
「他人のことですからね。テダキザの処遇とか、イハさんが今後、本当にダ権守と夫婦になるのかとか。何もかも、終わってしまえば、どうでも良い」
葛湯をすするシキョウの横顔は、笑っているようでその実、感情が何一つ表に出ていなかった。カクハは何かを言おうとしたが、黙考の末、止めることにした。
代わりに別の質問を投げた。
「ところで、ミズチの奴はどうしたんだ。帰ってからずっと、様子がおかしいのだが?」
カクハはこっそり後ろの座敷を覗い見る。ミズチは安楽椅子に座り、ぼんやりと懐剣を眺めていた。
「ダ権守の屋敷で、物の怪に化かされたんですって」
「物の怪ぇ?」
カクハは素っ頓狂な声を挙げた。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます