舞うが如く第2話-4「眉の軍団!?」
三人の盗賊が、それぞれ三方向からミズチに斬りかかった。
迫る刀を跳んで躱したミズチは、空中で体を捻り、ぐるぐる回転しながら横に薙ぐ。
女剣士の斬撃は、白鞘の刀身をへし折り、三人を一度に斬り倒した。
先鋒が返り討ちに遭ったのを見て、後続の足が止まってしまう。これを好機と見たミズチは、尾で地面を叩き、一気に敵との間合いを詰めた。
そして、相手が刀を振り上げるより早く、肩に刀を突き刺した。
「さあ、どうした! かかってこい!」
盗賊の下っ端を尾で蹴り、刺した剣を抜く。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
ミズチは真上へ飛翔。体をしならせて旋回した後、猛烈な速度で急降下。
頭目と思しき男めがけ、大上段から刀を振り落した!
シキョウは井戸の陰に隠れながら、ミズチの剣技を観察する。
(化物だ)
女剣士は空中から、敵に一太刀を浴びせた。凄まじい威力に、倒れた死体が地面を二度も跳ねていった。
「アニキがやられた!」
「もう嫌だあ!」
どうやら、倒されたのは敵の司令塔だったらしい。盗賊一味の動きが急に悪くなった。戦意を削がれたのだ。
広がった恐怖で盗賊たちの統制は乱れ、分断された者達は成す術なく斬られていく。無我夢中で反撃する者がいても、剣技に秀でたミズチに攻撃を捌かれ、逆に切り伏せられてしまった。
「それにしても、一方的だねえ」
物見遊山を決めていたシキョウだったが、不意に背後からの殺気に勘付いた。
「死ねやぁ!」
固太りの男が匕首を手に肉薄。シキョウは「おろ?」と、間抜けな声を出しながら、のんびり振り返る。
そして彼はあろうことか棒を捨て、両手をだらりと広げた。
固太りの男がシキョウに体当たり。同時に、匕首を体ごと突き上げた。
すぐに感触がない事に気付き、固太りの男はほぞを噛んだ。
見れば、シキョウは男の身体に覆い被さり、体当たりの威力を殺していたのだ。しかも、匕首を持った手は脇で挟まれ、がっちり固められている。
「何だこいつは?」と、男は疑問の声をあげる。
「西洋の柔らです」
丁寧に答えたシキョウは、男の首に腕を回し、素早く絞め落とした。
「あらら、付け焼刃はダメですねえ」
男を地面に捨てた後、そっと腕をあげた。羽織の脇が破れていた。
………………
しばらく後。警官隊が駆け付けると、盗賊たちは全員降参していた。
「また貴様か!」
案の定、警官隊の指揮官は、辻斬り騒ぎでミズチと因縁の仲になった警部だった。
「先日に続いて、またも……俺の町で刃傷沙汰を起こしやがって」
「ふん。何さ、茹ダコみたいに真っ赤になって」
ミズチは刀の血を紙で拭う。そして、挑発的に警部を見返した。
「ボクを逮捕するかい? 言っとくがね、ボクは功労者だぜ。たった一人で盗賊団を追っかけ、こうして捕まえたんだからな」
得意げに言うミズチを、警部は鼻で笑った。
「盗まれた金を取り返せないでよく言う!」
「え?」
ミズチは慌てて盗賊たちを見回す。
そういえば誰一人、盗んだ金品を持っていなかった。
「大方、頭目が独り占めして逃げたんだろう。ま、貴様の働きも半分は無駄になったということだ。ぶあはははははっ」
豪快に笑う警部。頭にきたミズチは、警部の股を尾で打った。
カン、という甲高い音が響き、逆にミズチが地面にうずくまった。
「甘い。こんな事もあろうかと、股用の防具を仕込んでおいたのだ」
警部はズボンの膨らんだ股を指さし、誇らしげに叫ぶ。
「畜生おぉ!」
ミズチは尾びれを両手で擦り、悲痛な叫び声をあげた。
………………
……さて、警部の推察どおり盗まれた金は、盗賊の頭目と二人の手下が持っていた。彼らは入り組んだ地下通路を走り、出発地点の本屋とは別の出口から外へ出た。
「ここまで来れば、官憲共も追ってはこれまい」
頭目の男が言う。彼こそ、子ぐま亭の主人を騙したミッケンにして、市役所の小間使い、マユマである。
「まさか、通路が北の峠に繋がってるなんて」
傷面の手下が驚き半分に言う。彼らが辿りついたのは、イカサ市の北、人々が『地蔵峠』と呼ぶ、小さな峠道であった。
「この峠にはな、大公軍の秘密基地があったのよ。んで、町と基地を繋ぐために、通路を伸ばしたって寸法さ」
マユマは金の入った風呂敷包みを地面に置く。じゃらり。金の擦れる音が寂れた峠道に響いた。
「カシラ。ずいぶん詳しいですね」
今度はしゃがれ声の手下が口を開く。するとマユマは、ケケケと笑いだした。
「そりゃあそうだ。実はな、オレは内乱の頃、大公軍の
「ええっ!」
二人の手下は揃って声をあげた。
「百鬼隊って、あの……大公直属の遊撃部隊?」
「たった二百人で政府軍の連隊を全滅させたっていう、伝説の人斬り軍団!」
マユマはしきりに頷き、得意げに微笑んだ。
「そうだ。赤いムカデの旗を掲げて、敵は片っ端からぶっ殺す。ああ、いい時代だったなあ、あの頃はよぉ。力があれば、何とでもなったんだ。こんな盗人稼業なんざやらなくても、金に酒に、女だって不自由なく……」
「くだらん」
凍てつくような冷たい声が響いた。
マユマ達は声がした方角へ一斉に目を向けた。
「見覚えがあると思えば、なるほど。元隊士か」
自分達が潜った通路の出口に、男が立っていた。
「それが今では賊に成り下がり、腐れ果てるとは。嘆かわしい」
彼は盗賊たちに背を向けると、持っていた燭台を、出口の出っ張りにかけ始めた。灯りのもとで、濃紺色の羽織が照らし出された。
「ブツブツうるせぇんだよぉ!」
しゃがれ声の手下が長脇差を振り上げ、男の背に斬りかかる。
「待て!」
マユマの制止が届く間もなく、手下の首がばっさり裂けて、鮮血が噴き出た。
「忠告を無視するから命を落とすんだ、阿呆めが」
振り返る男の手には、血濡れた匕首が握られていた。
「お前……シキョウ?」
マユマは擦れた声を振り絞った。
近づいてくるのは役人のシキョウだ。彼は匕首を捨て、長脇差に持ちかえる。
……昼間に会った時とはまるで違う。今のシキョウは、底の見えない虚無を孕んだ冷たい目をしていた。そして全身からは、ただならぬ殺気が迸っていた。
マユマは百鬼隊時代からの湾刀を握りしめ、じりじり後退する。
「そ、そうか。テメエも隊士だったのか。奇遇だな。どうだ、ここは昔のよしみで見逃がしちゃくれねえか? 同じ地獄を見た仲だろう。なあ?」
不意に足を止めたシキョウは、重く閉ざしていた口を開く。
「寝言は首を落としてから、好きなだけ抜かせ」
シキョウは腰を低く落とし、刀を肩の上に置いた。斬首刑で用いられる、変則的な居合の形であった。
マユマは、急に顔を真っ青にして喚きだした。シキョウの独特の構え方を見た瞬間、思い出してしまったのだ。
「思い出した! テメエは百鬼隊の督戦隊長……『首斬り』のマガツ!」
直後にマユマの視界は真っ暗になった。抵抗する間も与えられず、首を断ち斬られたのである。
「あああっ! うわあああっ!」
傷面の手下の足元に、マユマの頭がゴロゴロ転がった。そして、彼の意識が生首に向いている間に、シキョウは肉薄。ザブリと首を斬り落とした。
傷面の生首が鮮血を噴いて舞い、胴体だけの死体が地面に崩れ落ちる。同時に、折れた刃も地面に落ちた。
「……シキョウですよ。今の私は」
ポツリとシキョウは言葉をもらした。
それから、彼は転がる三つの死体をぼんやり見回した。
「あなたと同じ。赤ムカデに居場所など無いのです」
直前までの苛烈さは、どこに消えたのだろうか。死体の中に佇むのは、いつものシキョウ。しかし、彼の表情は悲痛そのものであった。
内乱の最中、政府軍を恐怖のどん底に陥れた集団がいた。
その名を百鬼隊。
彼らはムカデ印の赤い旗をなびかせながら、百の足で戦場を駆け回り、大地を真っ赤な血で染め上げた。
……戦いから時を経た今、赤ムカデの行方を知る者は少ない。
(了)
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