舞うが如く第2話-3「眉の軍団!?」

 穴の下には通路があった。壁や天井、そして足元までもが、レンガと木材でしっかりと補強され、さながら古代の地下墓地のような様相だった。

 しかし、長らく放置されていたせいなのか、土砂が流れ込み、地下水が漏れ出ている場所も見受けられた。


「一体、ここは何なんだ?」

 ミズチはカンテラを首に提げ、うねうねと曲がりくねった通路を浮き進む。

 刀は腰に戻し、代わりに棒を持った。狭い空間で刀を振り回せない。刀より長い棒も振るうことはできないが、刀と違って、遠い間合いから攻撃ができる。

 ミッケンという男に敵意があるとしたら、ここでの戦いは避けるべきだ。出くわしたら、急いで地下室まで退いてしまおう。


 そう考えていた矢先、物音が聞こえた。前方は突き当り。このまま進めば、曲がり角で出くわすだろう。

 ミズチは立ち止まり、カンテラの火を消した。音は尚も近づいている。濡れた砂地を踏む、人の足音だった。

 ミズチは竜の尾でとぐろを巻き、棒を水平に構えた。相手はミズチのことに気付いていないのか、足音は止まることなく、こちらに近づいてくる。

 ミズチは棒を握り直し、奇襲に備えた。やがて、ランプを持った男が、突き当りを曲がって現れた。

「止まれ!」

 ミズチは鋭い声で警告。すると男は、素直に立ち止まり、頭を掻き始めた。

「……どうしてここに?」

 聞き覚えのある声に、ミズチは眉をひそめる。男はランプを顔の近くまで上げ、己の顔を照らした。


「シキョウ?」

 あ然とするミズチ。相手は先日知り合った、あの胡乱な小役人だった。

「なぜここに?」

「それはこっちのセリフです。あの、そんな物騒なもの、いい加減に降ろしてください」

 と言いながら、シキョウは壁側へ体をずらす。棒の切っ先から逃げたのだ。

「まあいい。聞け、少し奇妙な話になっている」

 ミズチは立ち上がり、先に事情を打ち明けた。


「――それで、不審な穴に飛びこんだと。無鉄砲過ぎません?」

 聞き終わったシキョウは、困惑雑じりに言った。

「うるさい。お前こそ一人で探検しているだろうが」

「そういえば、そうですねえ」

 柔和な微笑みを作るシキョウに、ミズチは不審感を抱くが、一先ず後回しにした。


「シキョウ。この道はどこまで続いている?」

「市役所の裏庭にある枯れ井戸から。実は、その井戸を解体している、マユマという小間使いがいるんですが、彼も立派な太眉の持ち主なんです」

「なに?」

 ミズチ形の良い細眉をひくひく動かした。

「もしかして、毛が眉間で繋がっていた?」

「はい。立派な橋になってました」

 彼女の問いにシキョウがにっこり笑顔で答えた。ミズチは腕を組み、唸った。

「……その小間使い、マユマは市役所にいるのか?」

「それがね、急にいなくなっちゃって。それで、彼を探している内に、井戸の中に通路を見つけましてね。いやはや、こいつは怪しいですねえ」

(怪しいのはお前もだろう!)と、ミズチは心の中でツッコミを入れた。


 二人は市役所の枯れ井戸に向かいながら、話を続けた。

「おそらく、小ぐま亭の主人を誑かしたミッケンと、小間使いのマユマは同一人物でしょうねえ。ご主人を店番に置き、自分は地下通路への侵入口を掘っていた」

「何の為に?」

「考えられるのは、道の確保でしょう。裏庭のすぐ隣は銀行だし、大方、強盗でも働くつもりなのかも」

 ミズチは「まさか」と声を挙げたが、直後に頭を振った。


「銀行も、まさか市役所側から侵入されると思わんか」

「市役所側の監視は手薄になっているでしょう。そして賊は、井戸を通って本屋まで逃げる。知恵の回る盗人さんだこと」

「感心するな」

 ミズチは窘めた後、引っかかっていた疑問を口にした。

「この通路もミッケ……マユマが作ったのか?」

「いいえ。この通路は大公軍が建設したそうです。内乱の時、連絡通路に使われていたそうです。マユマは通路に無理やり穴を開け、通る所だけ補修していた。今朝がた市役所の床が揺れて騒ぎになったんですが、アレは工事のせいでしょう」


 しばらく歩くと、行き止まりにあたった。頭上からは月明かりが差しこんでいる。

「あれが出口か」

 ここまでにマユマとは出会わなかった。地下通路にいなかったとなると、彼は既に……。

「銀行の中でしょうか。ひょっとしたら、務めを始めているかも」

「ならば都合が良い。戻ってきた所をボクらで返り討ちにできる」

 と言って、ミズチは己の湾刀をあらためた。目には早くも闘志が宿り、爛々と輝いている。彼女の豹変にシキョウは慌てた。

「私を手数に加えないでくださいね。喧嘩は苦手なんですから」

 先日、彼は同じ方便で、辻斬りとの戦いから逃げている。

「分かった、わかった……と言う訳にはいかない」

 そう言うと、女剣士はシキョウに棒を渡した。

「今回ばかりは、人手が必要だ。そこで、お前にも加勢してもらう」


「あの、だから喧嘩は……」

 シキョウは棒から逃げようとして、壁に頭をぶつけた。

「辻斬り騒ぎの時、銃を持った警官隊をあしらっただろうに。逃げながら、棒を振り回すだけでいい。何かあったら、助けてやる」

 ミズチは棒を差し出したまま動かない。シキョウが受け取るまで、その体勢でいるつもりらしい。

「手伝え」

「……はい」

 シキョウに棒を渡すと、ミズチは着物の袖を、たすきでまとめた。そして、ひと飛びで地上まで上がってしまった。

「いいなあ。竜人族は上り下りに苦労しないんだから」

 置いてけぼりを食らったシキョウはボヤきながら、積石を伝って昇り始めた。


…………………


 ミズチが枯れ井戸の外に出た、ちょうどその時……。

 壁の向こう側、銀行の建物から甲高い笛の音が轟いた。

「やはり始まっていたか」

 ミズチがほぞを噛んでいると、シキョウも井戸から這い出てきた。

「もう駄目。戦う力も使い果たしちゃった」

 気の抜けた声をあげながら、シキョウが地面にへたり込んだ。

「諦めろ。連中が来た」

 ミズチは壁に掛けられた鉤爪を睨む。盗賊どもは鉤縄を伝って、壁を昇ろうという腹積もりなのだ。

「さあて、乱捕りの始まりだ」ミズチは腰の刀を抜いた。


 あっという間に山賊たちは壁をよじ登り、中庭に降り立った。

 人数は十人を超え、誰もが面頬と頭巾で顔を隠している。その隙間から覗かせる双眸を見て、ミズチはぎょっとした。

 全員、太い眉毛が眉間で繋がっていた。さしずめ、である。

「……おい、シキョウ。マユマには兄弟が沢山いるのか?」

「落ち着いて。血は繋がってません。眉毛が繋がってるだけです」

「まさか、手下も眉毛が繋がってるだなんて」

「コダワリなんでしょうね。なるほど、本屋周りの住人達が、ミッケンの顔を覚えていなかったワケだ」

「どういうことだ?」

「みんな眉毛に気を取られて、ミッケンに手下、それに総菜屋の主人の顔をハッキリ記憶できなかったんですよ」

「そんな馬鹿な話、あってたまるか」

 二人は肩を寄せ合い、ひそひそ声で話し合う。


「何者だ、テメエら!」

 太眉盗賊の一人が脇差を抜き、怒号を発する。

 実の所、彼らも狼狽していた。順調に進んでいた筈の強盗に、思わぬ邪魔者が現れたのだから、無理もない。しかも一人は、たすき掛けをした女剣士である。


「カシラたちはまだか?」

 不意に盗賊の誰かが呟くのを、シキョウは聞き逃さなかった。

(ほう?)

 小役人が考えを巡らせている間に、ミズチは刀を構え、盗賊たちに叫んだ。

「貴様らの退路は既に断った。悪い事は言わぬ。降参しろ!」


 案の定、盗賊たちは彼女の言う事を聞かず、それぞれ武器を構え始めた。

 脇差に短槍、鎖鎌を持つ輩までいる。

「女一人で何が出来る!」

「あら良かった。私は手数に入ってない」と、シキョウが安堵の声をこぼす。


 ようやく騒ぎを聞きつけて、市役所の窓に役人達が群がり出す。疎らについていた灯りも数が増え、中庭は段々と明るくなりだした。

「アニキ、早いトコ、逃げねえと」

「分かってらあ。野郎共、この女を殺せ!」

 乱闘の火ぶたが切って落とされた。

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