舞うが如く第2話「眉の軍団!?」

舞うが如く第2話-1「眉の軍団!?」

 「肉だけ順調に着いていないか、ボク?」

 女剣士のノエ・ミズチは姿見の前に立ち、己の体をあらためた。

 彼女は竜人と呼ばれる山岳民族の出で、下半身が竜の尾となっている。竜人は歩かない代わりに尾の力を使い、宙に浮いて移動できた。そして、尾が太くて大きい程、浮力が増すと、古くから伝わってきた。


 しかし、年ごろの娘でもあるミズチにとって、太い尾は悩みの種だった。おまけに最近は、腰回りの肉付きが豊かになっていると、屋敷女中達から言われる始末だ。

「道場稽古を増やした方が良いのかな? それとも……」

 嘆息するミズチの脳裏によぎったのは、食事制限の四文字。

「いいや、それだけはダメ」

 かぶりを振り、禁断の言葉を追い出す。

「そうだ。稽古を倍に。運動で減量!」

 こうして、決意を固めたミズチ。しかしこの後、朝食の雑穀粥を見た瞬間、頭の中から「減量」の二文字は消し飛んだのであった。


………………………


 ミズチが朝食に舌鼓を打っている頃、市庁舎の書庫では本の雪崩が起きていた。

 役人のシキョウは隣にいた同僚を身代わりに、雪崩を避ける。これを皮切りに、各所の棚は次々と倒れ、部屋全体が揺れた。

 瞬く間に床中が書類や本で埋め尽くされてしまった。

「これは、これは。大惨事ですねえ」

 シキョウは困惑と苦笑を混ぜた表情を作り、頭を掻いた。

「馬鹿言ってないで助けろ。一人だけ難を逃れやがって」

 足元で同僚役人がうめく。

「はいはい」

 同僚を救出していると、部屋のドアが開いた。

「これは何なのですか!」

 甲高い声を響かせながら、若い男がドアを潜った。瓜長の顔に薄く白粉をまぶし、眉墨まで描いている。事務官達は彼の姿には慣れっこで、特に驚いたりしなかった。


「ええとですね、カナタ様。ご覧のとおりの大惨事です」

 惨状に見舞われたにもかかわらず、シキョウはのんびり口調で言った。

「見れば分かります! アタシが知りたいのは、どうしてこうなったのか、です。シキョウさん!?」

 カナタと呼ばれた男は感情的に喚いた。

「先ほど、とつぜん床が揺れましてね。弾みで棚から書類や本が落ちたんです。一旦崩れたら、あとは連鎖的に雪崩が起きて、この有様」

「けが人はいませんね?」

 と、カナタはまた尋ねた。彼はシキョウ達の上司で、筆頭書記という役職に就いている。いわゆる、事務方の責任者だ。

「みなさん無事なら、さっさと元通りになさい。アタシ達には、山ほど仕事があるんですからね」

 カナタは、キンキン声かつ女性めいた言葉づかいで、皆に言った。


「特にシキョウさん。最近のアナタ、執政主様への使いと称して、仕事をサボっているそうじゃありませんか」

「人聞きの悪いこと言わんでください。使い走りも楽じゃないんです」

 床の書類を拾い集めながら、シキョウはやんわり抗議する。

「なぁにが『楽じゃないんです』ですか。先日も仕事をすっぽかして、若い女性とお茶を楽しんでいたそうじゃあないですか!」

 上司の言う「若い女性」とは、先日の辻斬り騒ぎで知り合った、竜人の女剣士ミズチの事だろう。

(余計なちょっかいを出すんじゃなかった)シキョウは心の内でぼやいた。


「いつも言ってますけど、シキョウさん」

 カナタは片付けに加わりながら、シキョウにガミガミ説教を始めた。

「アナタからは仕事への熱意が感じられません。いいですか。我々、役人というものは……」

 それからシキョウは、上司の小言を聞くフリをしながら、片付けに忙殺されたのであった。


………………


 ミズチは道場稽古の帰りに、「子ぐま亭」という、惣菜屋へ立ち寄った。

 店の戸を潜るなり、煮物が放つ醤油の香りや、肉の焼ける音がミズチを出迎え、女剣士の空腹を刺激した。

「女将さん。ミズチです。ファルカタの道場より、今月の掛け金を持って来ました」と言って、ミズチは女将に小包を渡した。

 剣術を教えるファルカタ道場は、いつも門弟たちの弁当を、この子ぐま亭から注文していた。


「いつもありがとうね、ミズチさん。コレは駄賃の代わりにどうゾ」

 恰幅の良い女将は小包を店棚に仕舞うと、焼きたての腸詰焼きを、紙に包んでミズチに渡した。腸詰焼きには、見慣れない黄色の香辛料が掛かっていた。

「あちち……いただきます」

 ミズチは早速、腸詰焼きにかぶり付く。パリッと皮が破れ、中から豚肉の旨味が脂と一体となり、口の中に押し寄せた。

「おいひぃ」

 自然と目尻が下がり、表情がトロけていく。

「良い顔してくれるねエ」女将がコロコロと笑った。


「変わったスパイスを使ってますが、コレは何です?」

 ミズチは尋ねた。食欲を引き立てる香辛料の絶妙な辛さは、病みつきになりそうだった。

?」

 女将は聞き慣れない外来語に戸惑ったが、すぐに理解した。

「ああ、香辛料のことかい。カレー粉って言うのサ。試しに使ってみたらウケが良くてネ。こうして料理に使っているのサネ」


 しばし後、ミズチはようやく店主の存在に気付いた。店主は店奥の座敷に体育座りをして、ボンヤリと天井を見上げていた。

「あの、ご主人はどうしたんです?」ミズチはおそるおそる尋ねた。

 子ぐま亭の主人は粗忽者だが威勢の良い男だった。ついでに言うと、太くて濃い眉毛は眉間を埋め尽くして、繋がっていた。そんな男が、今日はどういう訳か抜け殻のようになっているのだ。

「気にしなさんナ。どうせ明日にはケロッと元どおりになってらア」

 などと言って、女将は意地の悪い笑みを作った。


 ……女将の説明によると、子ぐま亭の主人は、先週の晩、酒の席で知り合った男に、仕事を持ち掛けられたのだという。

 ミッケンと名乗った男は、主人と同様に眉毛が繋がっていた。そしてミッケンは、自分と同じ、眉毛の繋がった人物に仕事を頼みたいと言い出したのだ。

 酒に酔っていたせいなのか、それとも、繋がった眉毛の同士であるミッケンに親近感が湧いてしまったのか、主人は二つ返事で仕事を請け負ってしまった。


 さて仕事の内容というのが、ミッケンが書いている、料理本の監修だった。本に記したレシピの構成、調味料の配分や手順が間違っていないか、確認して欲しいのだという。

 提示された報酬は、惣菜屋の売り上げ半年分に匹敵した。

 翌日から主人は空き時間を使って、ミッケンの本屋で作業を始めた。

 主人は書斎にこもり、レシピの間違いや助言を料理本に書き連ねていった。

 作業の間、ミッケンは本屋の蔵で自分の仕事をして店にはいない。客が来たら主人がミッケンを呼びに行く事になっていたが、客など一人も来なかった。

 そして時間になったら、主人は本屋を出て店に戻る。


 このような日々が一週間続いた。

 そして今日も主人は本屋に向かった。ところが店前にはこんな立札があった。


『閉店』


 驚いた主人は近くの住人達に尋ねて回ったが、皆が口を揃えてこう言った。

「知らない」

 そもそもこの界隈に本屋は無いのだと、住人達は答えたのである。そして、ミッケンという太眉の男のことも、誰も知らなかった。

 謎の事態に不気味さを覚える一方で、大金を逃したという失態も大きかった。

 主人は繋がった眉をクニャリと曲げ、大いに落胆したのであった。


「……とまあ、こんな感じサネ。きっと狐か狸が化かしたんだろうねエ。ガハハハ」

 女将は意気消沈する主人を見て、豪快に笑った。一方のミズチは、疑問符を頭の上に浮かべていた。

「でも、不思議だ。近所の人が、誰もミッケンという男を知らないと言うなんて。眉毛が繋がった人の顔を、そう簡単に忘れるものかな?」

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