phase9.こくはくするメイドさん
<side ♂>
甘美な拷問タイムがようやく終わる……そう思ってフラフラになりながら風呂場から出ようとした俺だったが、ふと耳にした言葉に思わず足を止めてしまう。
それは、注意していなければ容易に聞き逃してしまいそうなか細い少女の言葉。
「ねぇ……どうして、逃げるの?」
「今日子、お前、もしかして、わかってて……」
振り向こうとした俺の行動は、しかし、背後からからみついてきた暖かな身体の感触によって、強制停止させられる。
平たく言えば、全裸の俺の背中に、スク水一枚着ただけの今日子が抱きついているのだ。
「──あのね、俊秋くん、いくらボクが奥手だからっていっても、もう二十歳は過ぎてるんだよ? 男女関係のイロハぐらいは知識としては知ってるよ!」
そう言われてしまっては、俺としてはぐぅの音も出ない。
男時代からかなりの童顔だった清彦だが、「今日子」になってからはさらに若く──それこそ女子高生と言われても違和感のないルックスになってはいる。それでも「彼女」は俺と同い年の立派な成人女性なのだ。
短大とは言え女子校に2年間いたぶん、多少、同世代の男との交際に疎い面はあるとは言え、完全隔離された無菌培養の箱入り娘というワケでもない。むしろ、大概の女性よりは、男性の心理や生理には詳しいと見るべきだろう。
「だったら、なんで今まで……?」
「だって………」
俺が問い返した言葉に、今日子は蚊の鳴くような声で答える。
「怖かったから」と。
その言葉を聞いた瞬間こそ「?」とクエスチョンマークを脳裏に思い描いたが、それでも“好きな娘”のことを理解しようと思考を巡らせた結果、ひとつの結論に達する。
(そうか……)
「恐怖」にはふたとおりの種類がある。
ひとつは未知なる対象への、何かよくわからないが故の恐怖。
そして、もうひとつは対象をよく知るが故の、想像を踏まえた恐怖。
「清彦」であった今日子は、確かに男子時代からあまりセクシャルなことにガツガツするタイプではなかったが、それでも親しい友人とAVやらそのテの雑誌やらを見た経験くらいはある。
それらのアダルトコンテンツに載った「男女関係」というのは、往々にしてひどく生々しく、またアブノーマルだったり、常軌を逸して激しかったりするものだ。
無論、女性の猥談は猥談で、それなりにリアルでエロいものもあると言うが、それらはあくまで女性視点からのモノであり、少なくとも一方的に女性が貪られるだけのものではなかろう。
だが、大抵の男性向けのソレは(一部SM趣味なモノを除き)、女性が男性に従属的隷属的な立場に貶められているものが少なくない。
未だ精神的には完全に女性側に立っているとは言えないものの、それでも社会的に見れば自分が“若い女”以外の何者でもないことを理解できる程度には、今日子は物分かりがよかった。
だからこそ、“女”としての性的な行為への忌避感があったのかもしれない。
「じゃあ、なんで今になって」と先ほどと似て非なる疑問を口に出そうとして、かろうじて思いとどまる。
この状況下で彼が導きだせる答えなんてひとつしかない。
そして、少なくともこれまでの彼女の自分に対する態度を見れば、その解答があながち間違っているとも思えなかった。
「俺で……いいのか?」
本音を言えば、無茶苦茶嬉しいし、ドキドキ、ワクワクもしている。そのままイキつくトコロまでイッちゃいたいのは山々だったが、それでも俺は確認せずにはいられなかった。
「…………わかんない」
だから、今日子の口から返ってきたその言葉は、予想外であると同時に、どこか納得できるものでもあった。
つまり──今日子の正直な想いは、「俊秋なら、いいや」といった種類のものなのだろう。そう、「俊秋がいい、俊秋じゃないとダメ!」ではなく。
それは、好意であり許容ではあっても、決して恋慕でも渇望でもない。
それではダメなのだ。駄目というか、俺が「イヤ」なのだ。
心から信頼し愛し合う相手とこそ結ばれたい……なんて言うと、「ひと昔前の少女漫画かよ!?」と笑われそうだが、それ俺なりの信念であり、目指すところなのだから、仕方ない。
そろそろと溜息を吐きだしつつ、俺はゆっくりと振り返り今日子の頭にポンと手を置く。
「で、誰に何を吹き込まれたんだ? メイド長か? じいやか? まさか、親父やお袋だなんてこたぁないだろうな?」
新米メイドを、立場をかさに脅迫するほど根性ババ色な人間がこの家にいるとは思いたくない。
だが、「今日子がこの家にいられるのは俊秋のおかげ」で、「俊秋が今日子に女性としての魅力を感じている」と、それとなく匂わせるぐらいならやりかねない。
俺自身にとっては迷惑なことこの上ないのだが。
「えっと……その全員、かな? あ、それと賄いのハナさんと源じぃさんも」
「SHIT! この家の古株の大半じゃねーか!」
いたいけな女の子追い込んで、何やってんの!? と、憤る俺を、あわてて今日子がなだめる。
「あ! 別に、俊秋さんの夜伽をしろとか言われたわけじゃないからね? ただ……」
「ただ?」
「──鈍感も過ぎると罪だ、って」
「む……」
まぁ確かに……と内心頷きつつ、それでもその純真さが今日子の持ち味だと知ってる俺は、あえて彼女を責めるつもりはなかった。
「ふむ……そうだな。それじゃあ、ひとつ前に進もうか。俺とお前はこれまで友達──それも、わりと親しい仲だったと思うけど、これを機会に新たに別の関係を築こう」
「……ソレって、婚約者(フィアンセ)とか?」
もじもじする今日子に苦笑する。
「さすがに一足飛びにソコまでは要求しないって。そうだなボーイフレンド&ガールフレンドってあたりで、手を打たないか。おっと、無論、字義通りの「男友達」「女友達」って意味じゃないぞ?」
「う、うん。えっと……友達以上恋人未満、って感じ?」
「言葉にするとこっ恥ずかしいが、まぁ、そんなトコロだ。俺は今日子にとってボーイフレンドで……」
「ボクが、俊秋さんのガールフレンドになるんだね♪」
顔を真っ赤にしながら、何となく嬉しそうな今日子。
その笑顔に、ドキリと萌えてしまい、反応してしまったナニを隠すべく、俺は慌てて浴槽に飛びこむ。
「ま、まぁな。お前に異論がなければ、だけど」
「うん、もちろん! ありがとう、俊秋さん」
その時の、彼女の満面の笑みを、俺は一生忘れないだろう──そう、強く思った。
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